第2話――『理不尽な指名』

 ざわ、ざわ。

 組合ギルドの喧騒に、ざわめきが起こる。


 その渦中に、受付で兎人コータスの娘と只人ヒュームの青年が押し問答を繰り広げていた。


「なんでよ! 今までだって私、凶兆の大蛇ラムトン梟熊オウルベアを討伐してきたのよ!」


「そりゃあ、ラニさん。貴方が一党パーティを組んでいたからですよ。でも今は単独ソロじゃないですか」


 受付の職員が少女を必死になだめているが、当の本人は納得がいっていないようだ。


 少女は袖無しの革鎧を身に着けている。

 背は低く、華奢きゃしゃな体の上に幼気いたいけな女の子の童顔がちょこんと乗っている。


 年の頃は、14か15歳あたりだろうか。


 赤みがかった淡い栗色のストレートショートの髪は綺麗に切り揃えられ、勝気なつり目と合わせ、猫を連想させる。職員を見据える瞳は、美しい紅葉色だ。


 何より目を引くのは、その頭から生えた二本の長い兎耳だ。髪と同じく赤みがかった毛色をしている。耳は彼女の感情を反映するかのように、忙しなく動いていた。


 彼女の見て呉れは、傍から見ても駆け出しのそれだ。

 装備も最低限のもので、決して良いものとはいえない。


 大方、無茶な依頼を受けようとして止められたところか。そんなことを思いながら様子を眺めていたら、少女は後ろを振り返り、周り探るように見渡し始めた。


「一人じゃなきゃ良いんですよね?」


 そう言って視線を動かし、お眼鏡に適う人物を探し始めた。

 そして、一点で視線が止まる。


 ――俺と目が合った。


「それじゃ私、あの人を!」


「ええっ? ちょっと、あの……」


 少女は俺の方を指さし、そう宣言した。

 突然の宣告に職員の青年は唖然とするが、俺にだって何が何だか分からない。


 周囲の視線が此方に向き、突き刺さる。

 その殆どは好奇な眼を見張っている。あるいは、同情、哀れみだった。


 俺は仕方なく席を立ち、冒険者の並ぶ受付に向かった。


「えっと、その、貴方は……」


「そいつとは初対面だ。で、何事だ?」


「その前に、貴方のお名前を伺っても?」


「ノーマンだ」


 職員に名前を告げると、背後からクスクスと笑い声があがる。

 周囲のざわつきも一段と大きくなっているように感じた。


「ノーマン? 『何者でもない』って変わった名前よね」


「どう聞いたって通り名だろ。まぁ、それでも変なんだけどさ……」


「……来たか、ノーマン!」


「お前、誰か知っているのか?」


「いや、全く知らん!」


 遠巻きに様子を窺っていた者たちからのざわめきも、さざ波が重なるように大きくなる。その聞こえてくる大半の声は、人を馬鹿にするような嘲笑だった。


 俺のように『自分の名』を捨てて、新たに通名を名乗る者たちはいる。それら理由は、過去に犯罪歴がある者だったり、あるいは単純に、自身の顔と名前を覚えてもらうためだったりする。


 はて、周囲は俺をどのように認識しただろうか。

 少なくとも目の前の青年は、彼らとは違った認識を持ったようだ。


「ノーマン、さん? もしかして、ブリスクさんを助けて頂けたあの……?」


「ブリスク? ……ああっ、なるほど。あんたが客を寄越していたのか」


 どうもここ最近に訪れた客は、この青年の伝手から来たものだったようだ。

 俺も組合ギルドに属している身だ。一個人を照会することなんて造作もないわけだ。


「それで、本題は?」


「ああっ、その――この子が無茶しないように見守っていただけませんか?」


「これが無茶だと思っているのか」


「えっと、まぁ、その……」


 職員は苦笑を浮かべながら頬を搔く。

 俺の心境も鑑みてか、対応に困っているのだろう。


「この私がせっかく誘って上げたのに、そうウジウジ言わないの!」


 少女に至っては、 俺の隣で組んだ腕の上にその小さな胸を載せて見上げてくる。

 上目遣いに俺を見る少女の瞳は、期待に輝いていた。


「おいっ、後ろがつっかえてんだ! 早くしろ!」


 そして背後に控える待機者たちは、此方を急かすように促す。


 俺としては『憧れ』を探すという目的に沿った行動を起こしたい。その上で、目を見張るような行動を起こしたという点で見れば、この少女は俺の興味を引いた。


「良いだろう、依頼の内容は?」


「ああ、それはですね……」


 受付の職員は困った表情をしながらも、依頼書の束を捲った。

 俺はその依頼書を見て顔をしかめた。


 依頼内容は『悪魔の陵墓』と暫定的に名付けられた遺跡の調査だった。

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