本編

第1話――『商業都市ブラーノ』

 交易都市ブラーノ。

 大陸西部に位置する商業都市だ。


 この一帯で最大の都市であり、多くの商人や旅人が集まるため、どの組合ギルドも非常に規模が大きい。その広大な市場は勿論のこと、聖堂や学院も多くのきを連ねている。


 ギルド――職業別組合は、主に集団を統制するための共同体だ。ギルドに属さない者は、その都市で開業することすらままならない。

 その上、ギルドに属する者は様々な規制を守る必要があった。


 ギルドに属する利点として、品質が保証される。また、生活を保障するため、生産量と価格の調整にも関与している。これにより、過当競争を抑制する結果となった。


 つまり、品質は素晴らしいが、価格も非常に高い。


 この品質と価格は、ギルドに属する者――武装した無頼漢ぶらいかんたちにも当て嵌まった。

 その中でも冒険者は、種族はもとより老若男女も関係なくなれる職業だった。


 冒険者組合のロビーに入ると、朝だというのに大勢の冒険者で賑わっていた。


 大きな宿屋と酒場、それと役所を組み合わせたような施設。

 ここに集う者は皆、多種多様だ。


 仕事を探す者、報告に来た者、依頼を出す者――目的は人それぞれだ。


 様々な年齢の男女が思い思いに談笑している間を縫って、依頼が貼り出された巨大な掲示板の元へ向かう。既に大量の冒険者たちが見て、千切って持って行った為にだいぶ疎らだが、手頃なものも幾つか残っていた。


 確認し終えると、俺は受付に視線を向けた。


 受付は三つある。


 一つ目は、依頼の発注や登録、報酬の支払いを行う組合ギルドの窓口だ。

 二つ目は、冒険者へ仕事の依頼の発注や斡旋あっせんを行う斡旋所だ。

 三つ目は、素材や貴重品の鑑定と査定を行う買取所だ。


 買取所を除いた受付には、ずらりとした長蛇の列。

 職員たちが走り回り、冒険者たちが声をあげ、依頼人の説明が飛び交う。


 そんな喧噪の真っ最中に、俺は飛び込んで行く気力がなかった。


 俺は部屋の片隅に近い壁際の席に座る。

 待っている間、他の冒険者をそれとなく観察していた。


「はーい、次、56番の人、2番の受付までお願いします!」


「なあ、あんた戦士だろ? 俺たちと一緒に冒険に来てくれないか?」


「武器と防具の準備は? 水薬ポーションはあるな。あとは――」


「頼む、お願いだ! うちの一党に入ってくれ! 神官が足りてないんだ!」


 様々な武装、様々な種族……この人混みの波だけでも、いくら見続けようが飽きることはなさそうだ。やかましいと思えるほどの喧騒が妙に心を浮き立たせてくる。


 見るからに駆け出しの、真新しい装備の一党が円陣を組み、荷物を検めてギルドを後にする。人手が足りなければお眼鏡にかなう者に声をかけて、冒険を共有する。そのような光景がロビーの至る所で見られた。


 季節の変わり目、冬の寒さが追い払われるこの時期は特にそうだ。


 冒険譚に憧れて『自分もそうなれる』と信じて疑わぬ少年少女が、田舎の農村からやってくる。古びた武具を抱えてきた者や、扱いきれるとも思えない大剣を背負って、怪物と戦う。冒険者は顔と名を売るのも仕事のうちとは言うが、どれだけ見込みがあっても、どんなに装備を整えたところで、死ぬ時は死ぬ。そういう職柄だ。


 ――いや、悲観的な考えはやめるべきだ。どうも仕事柄、多くの惨状を見届けてきただけに、何かに悲観することが板についてしまったようだ。


 『悲観』と『憧れ』は、全くの別ものだろうに――。


 この場に集う者たちと比べれば、俺もまた『若者』の部類だ。

 だが、どうも陰鬱な雰囲気を纏いがちだからか、少し場違いなようにも思える。


 そのようなことを感じ始めた――その時であった。


「だーかーらぁ! 私一人でも大丈夫だって言ってるでしょ!」


「いやぁ、さすがに一人では無理じゃあないですかね……?」


 甲高い少女の声と、それを窘めるような青年の声が聞こえてきた。

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