第18話 バターが無いなら作ればいい
テシッ、テシッ……頬を軽く叩くグレンの肉球を感じた。
『カリン、もうそろそろ起きた方が良いと思うぞ』
ゆっくり瞼を開けるとカーテンの隙間から光りが漏れている。
「ここは……」
私はボウッとする頭で何とか昨日のことを思い出し、ガバッとベッドの上で起き上がった。
「寝過ごした?」
『いや、それ程でも無いと思うが、何か良い匂いがするぞ』
そう言えば、グレンは昨日の夕食がとても気に入ったようで喜々として食べていたのを思い出した。
「グレン、貴方ご飯目当てね……」
『いっ、いや……そう言うわけでは……』
何やらもごもご言っているグレンに私はじと目を向けた。
それよりも、やっぱり少し寝過ぎたようだ。この国では朝食は10時頃と言っていたからきっともうその時間になるのだろう。
私は慌てて身支度をしてリビングに向かった。
「あの、おはようございます」
「あら、起きたんだね、ゆっくり寝られたかい?」
「おはよう、カリン、もうちょっと待っててね。直ぐに朝食だから」
リビングに行くとマギー婆ちゃんとセレンさんがキッチンから顔を出して笑顔で言った。
リビングには誰もいない。どうやらみんな農場で朝の仕事をしているみたいだ。
私はマギー婆ちゃんとセレンさんに何か手伝えないか聞いた。
最初はお客さんなんだから座って待っているように言われたが、手持ち無沙汰なので朝食の準備を手伝った。
とは言っても、ミルクを温めるだけだったんだけどね。
暫くすると農場で仕事をしていたダンテさんとロイ爺ちゃん、ラルクが戻ってきた。
ラルクも朝から農場のお手伝い、偉いね。
朝食はジャガイモ入りのスクランブルエッグと仄かに甘い煮豆にホットミルクだった。何と煮豆の甘さはまめ本来の甘さらしい。ホットミルクも濃厚で美味しかった。
「あの、お世話になりました。夕飯も朝食も美味しかったです。それで……その……よかったら……牛乳とか卵とか少し譲って貰えませんか? もちろんお金はちゃんと払います」
「まぁ! 何を言っているの? カリンちゃん! お金なんていらないわ。いくらでもあげるわよ! そもそも最初から色々持たせるつもりだったのよ!」
「そうだぞ、金なんて必要無い!」
「もちろん、何でも好きなだけあげるよ」
「そうじゃ、そうじゃ」
ダンテさん、セレンさん、マギー婆ちゃん、ロイ爺ちゃんが口々に言い、色々私にくれるために準備してくれた。
「ありがとうございます。それで、牛乳の瓶には状態維持の魔法付与はしなくていいです」
「あら? それじゃぁ、分離しちゃうわよ」
「それでいいんです。分離した脂肪は生クリームになるし、生クリームからもバターが作れるから」
「バター?」
私の言葉にセレンさんが不思議そうな顔をしていた。
「はい、私の国では牛乳の脂肪分を分離させてバターにして食べてました」
この身体の持ち主の国じゃないけどね。
私はこっそりと心の中で呟いたけど嘘は言ってないよね。今は私がこの身体の持ち主なんだから……
などと苦しい言い訳で心に湧き出る罪悪感を払拭するのだった。
私は生クリームとバターについて説明した。もちろん、生クリームからバターを作る方法と一緒に。
実はバターは意外と簡単に出来るのだ。
クランリー農場の牛乳のような余計な加工をしていない自然な生乳を使えばなのだが。
前世の殆どの牛乳は品質を均等に保つためホモジナイズされていてバターを作ることは出来なかった。つまり、時間が経って脂肪分が分離しないための処理を態々していたからだ。
結局、その場でバターを作ることになった。とは言っても、ダンテさんに瓶に3分の1の牛乳を入れて貰ってそれを分離するまで振るだけなのだが。
ダンテさんは私が言った通り、牛乳を脂肪分が固まるまで振ってバター作成を実践した。
「この塊がバターなのね。これからこの塊……バターはどうやって使うのかしら?」
私はセレンさんの言葉に暫し考え、夕食に出てきたパンが残ってないか尋ねた。
そのパンは保存が効くように作られているからたくさんあるとのことだった。どうりで堅い筈だ。前世でも災害時用に保存食として乾パンがあったけどそんなものだろう。
あんまり美味しくなかったけどね。
パンを数個、牛乳、卵、そしてバターを使った料理をしたいと申し出たらセレンさんは快く材料を揃えてくれた。
朝食後なのでみんなそんなに食べられないかも知れないが残ったらおやつにでもして貰おうと思う。
そう、フレンチトーストを作るのだ。
キッチンを借りて私は調理を始めた。ダンテさん家族は興味津々で私の作業を見ている。
何だか見られていると緊張するね。
魔導コンロに火を付け、フライパンを温める。
因みに魔導コンロもフライパンもどの家庭でも普通に使われているそうだ。(タブレット情報)
バターを作った後に出来た脱脂肪乳が勿体ないのでこれで卵液を作り、パンを適度にスライスして浸けておく。温まったフライパンに出来たばかりのバターをたっぷり入れるとそれだけで美味しそうなバターの香りが漂ってきた。
卵液に浸かって柔らかくなったパンを溶けたバターが広がったフライパンに入れていく。
ジュッという音と共に香ばしい臭いが辺りを覆った。程よい焦げ目が付いたら皿に盛り、バッグから蜂蜜を取りだしその上から掛けた。
そう、シャンプーを作るときに手に入れた蜂蜜だ。
「えっ? 蜂蜜?」
「あっ、はい。この前森で見つけて……バッグに入れたままだったから……」
セレンさんの言葉に何とか笑って誤魔化したけどみんなちょっと驚いた顔をしていた。
誤魔化せてはいないかも知れないけど……でも森で採取したのは本当だから嘘を言っている訳ではないよね。
そんな高級品勿体ないとかみんな口々に言っていたけど、自分で採ったからとタダだと言って何とか納得して貰った。
「さぁ、よかったらみんなで食べて見て下さい。とは言っても材料は私が調達した訳じゃないけど……」
「まぁ、美味しそう、ありがたく頂くわ」
「うん、美味そうな匂いだな」
「じゃあ、早速食べて見よう」
「僕も食べる!」
口々にそう言って試食会が始まった。
口に入れると一瞬みんなが同じように固まる姿に家族だなぁと思ってしまった。
「これは美味い!」
「そうねぇ、牛乳の脂肪分にこんな使い方があったなんてねぇ」
「カリンの国では普通にこうして食べていたのね」
みんなとても気に入ったようだった。
その他のバターの使い方についてもザックリと伝えたけど、言葉だけでは分からないだろうから今度バターを使ったお菓子を持ってくることを約束した。
すると、そのお礼だと言って沢山の食材を分けて貰った。牛乳が1リットル位の瓶で5本、卵が12個入り2ケース、それに小麦粉、塩まで頂けることになった。
どう考えても私1人には多すぎる量だ…………
「えっ? こんなに?」
「心配するな、俺がカリンを送りながら一緒に運んでやるから」
「いえ、そう言う問題じゃなくて……」
「大丈夫よ〜、私付与魔法ができるの。だから瓶や袋、箱にまで状態維持の付与をしているから腐ることもないわ。因みに一ヶ月位はその効果は切れないようにしているのよ」
「いえ、そう言う問題でもなくて……」
ダンテさんとセレンさんが私が戸惑っていると安心させるように言ってくれた。
でも……本当にこんなにたくさん貰っちゃっていいのだろうか?
しかも泊めて貰った上にただ飯……
うん、やっぱり何かお返ししなきゃスッキリしないわ。
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