第17話 クランリー夫妻の提案
クランリー農場では、野菜畑と麦畑、そしてなんと田んぼもある。
私は目が輝いた。
米ッ! 米が食べられる! 日本人ならやっぱりお米でしょう。この世界に来てそんなに日にちは経っていないけど、やっぱり米は食べたい。
でもこの米、鶏の飼料なんだって……
「食べても美味しくないよー」
とラルクが言ってたけど、それは調理法に問題があるのではないだろうか?
多分、米の食文化が無いのなら米を精米する概念もないのだろう。もし、玄米のまま調理したとしても只炊いただけでは芯が残って美味しくない。
玄米には玄米の調理法があるのだ。
と言うことで、何とか米を譲って貰えないだろうか? 例え鶏の飼料だとしても米には変わりないのだから調理法次第では美味しく食べられる筈だ。
そんな事を考えているといつの間にか家の前に戻っていた。うっかり思考の渦に飲み込まれそうになるのは私の悪い癖だ。
「ああ、カリン戻ったか。ちょっとこっちに来てくれ。話したいことがあるんだ。」
私の姿を捉えるやいなやダンテさんに声をかけられた。
ラルクは農場の仕事があると言って出て行った。ラルクの仕事は鶏小屋の掃除なんだとか。まだ私よりも3つも下なのに毎日自分の仕事をこなしているそうで感心した。
呼ばれるままにリビングに行くと朱茶髪で鳶色の瞳の女性がソファーに座って私を待っていた。少しタレ目の可愛い系で年齢不詳だが笑顔に優しさが滲み出ている。
ラルクと同じ瞳の色を持つ女性……どう考えてもラルクのお母さんだよね。
「あら、貴方がカリンちゃんね、私はセレンと言うの。ラルクの母よ。さっきは顔を出せなくてごめんなさいね」
明るくて親しみのある笑顔を向けたセレンさんは思ったとおりラルクの母親だった。
「いっ、いいえ、初めまして、カリンです。あの、大丈夫なんですか? 腰を痛めたって聞いたんですが……」
「心配してくれてありがとね。もう大分良いのよ。母さんの調合した薬は良く効くから、ゆっくりなら動けるの。こっちに来て座ってちょうだい」
柔らかな微笑みは痛さを我慢しているようには見えなくてホッとする私。
どうやらマギー婆ちゃんの薬が本当に効いたようだ。
こんなに直ぐに薬が効くなんてマギー婆ちゃんの薬師としての腕はラルクが言っていた通りかなり高いようだ。
それにしても何だかこの家の人達は本当にいい人ばかりだわ。
私はこの世界に来て最初に出会った人達がこの家族であったことに感謝した。
セレンさんに促されるままに私はセレンさんの隣に座った。
「それでだな、今後のカレンの生活についてだが……」
「突然こんなこと言って戸惑うかも知れないけど、よかったら私達の子供になってここで一緒に暮らさない? カリンちゃん1人で暮らしてるって聞いたわ。だから……ね。どうかしら?」
ダンテさんの言葉に私の方を向きながらセレンさんが笑顔で続けた。
「えっ? でも、今日初めて会ったのに?」
私は思わず声を上げてしまった。
会ったばかりの見ず知らずの子供に自分達の子供になることを提案するなんてどれだけ寛大なのだろう。
私は驚きのあまり暫く硬直して思考が追いつかなかった。
セレンさんの言葉を噛みしめ嬉しさで瞳が潤んでくるのを感じた。ここに来て私は知らず知らずのうちに不安と寂しさを押し込めていたことに気付いた。
「セレンさん、ダンテさん……あの、とても嬉しいです。初めて会った私にそんな言葉を掛けてくれるなんて……。でも、私、森の家があるし、そこでお店を開きたいんです。セレンさんの言葉はとてもありがたいのだけど、やっぱり一緒には暮らせません」
「遠慮することはないのよ。私には息子達しかいないからカリンちゃんが私の子供になってくれたら嬉しいわ。可愛い娘が欲しかったのよ。ねぇ、考えて見てくれない?」
「本当にごめんなさい。でも、やっぱり…………」
何とか私がそう答えるとセレンさんは優しく微笑んで両手で私の手を包んだ。
「カリンちゃん、こっちこそごめんね。カリンちゃんは謝らなくていいのよ。私達が性急すぎたのだから。でもそうね、じゃあ何かあったら遠慮なく私達を頼ってちょうだい。約束よ」
「そうだな、カリン。困ったことがあったらいつでも俺達に言うんだぞ」
「ありがとうございます」
私はそう言ってダンテさんとセレンさんに頭を下げた。
そして、セレンさんがさっき息子達と言ったことに疑問を持ったので聞いてみた。
セレンさんとダンテさんにはラルクの上にもうひとり18才の息子がいるそうだ。
3年前、冒険者になると言って家を出て行ったんだって。
いやっ! ちょっと待って! 18才の息子がいるって事は中身アラフォーの私と同年代の可能性があるってこと?
思わぬ事に気付いてしまった私は、親身になってくれる2人に申し訳なさで罪悪感が沸き上がった。
その気持ちを逸らすためにダンテさんとセレンさんも昔は冒険者をやっていたと言う話に耳を傾け無理矢理思考を切り替えた。
その時2人は知り合ったのかしらね。
などど2人の出会いを想像することに頑張って意識を傾けることに集中したのだった。
そのせいもあってか気がついたら何故か今日は泊まっていくことになっていた。
セレンさんが
「今日は絶対泊まっていってね。ショウがいないから、ショウの部屋を使うと良いわ。ちゃんと掃除をしているし、シーツも洗ってあるから綺麗よ」
と圧を込めて言われたせいでもある。
ショウ? きっとダンテさんとセレンさんのもう一人の息子でラルクのお兄さんの名前だろう。
そんなこんなで夕食の時間になった。
え? もうそんな時間? と思っていたら
この国では一日二食で朝食を10時くらいに食べ、夕食を4時くらいに食べるそうだ。
12時頃と夜の7時頃にお茶の時間があり、おやつを食べたりするからあまりお腹が空くことはないらしい。
夕食の献立は、小麦粉と塩と水だけで出来たような堅いパン、野菜たっぷりのミルクスープ、鶏肉の塩蒸しだった。
茶色くて小さめのコッペパンは薄くスライスされているが堅すぎてそのままでは食べられないのでスープに浸しながら食べる。
スープは野菜の出汁がきいていてミルクが濃厚で優しい味がした。
鶏肉も塩だけの味付けながらふっくらジューシーで中々美味しかった。
全てマギー婆ちゃんのお手製だ。
ダンテさん家族の一員になったようで食事はとても楽しく頂く事ができた。
因みに、ちゃんとお風呂もあった。日本のお風呂と変わらなかったので安心した。トイレも思ったよりも綺麗で、この世界はそれなりに生活文化が発展しているのかも知れないと思った。
何でもこの国の魔導具技術は他の国に比べて優れていて各家に魔導浄化装置が付いていて汚水を浄化させて川に流しているそうだ。
元衛生大国日本に住んでいた者としては嬉しい限りだ。
私は、今は家を出ているショウさんの部屋に案内されてそこで休んだ。六畳くらいのシンプルな部屋にはベッドとタンスなどの僅かな家具しか無かったけど綺麗に掃除され、居心地は悪くなかった。
パジャマも下着も肩掛けバッグからお取り寄せ出来るので問題なかった。
その夜、私はグレンの温かさを感じながら眠りについた。
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