第16話 異世界農場【其の二】
「帰ったぞー、ラルクは無事だ!」
玄関の扉を開け、ダンテさんが家の中に向かってそう叫んだ。するとバタバタと数人の足音が聞こえた。現れたのは二人の年配の男女だった。
「まぁまぁまぁ、ラルク、勝手に家を出て行っちゃダメじゃない」
そう言ってラルクを抱きしめたのは白髪を後ろに纏めた女性だった。ふくよかで優しそうな雰囲気だ。
「そうじゃぞ、みんな心配しておったんだぞ」
白い髭を生やしたがたいのいい男性がその後ろから声を上げた。前世のアニメでアルプスの山で小さな少女と一緒に住んでいたあのおじいさんを思い出した。
「おや、見ない顔だねお嬢さん」
ふと、私に気付いたおじいさんが問いかけた。
「ああ、この子は森で拾ったんだ。両親を亡くして一人で森に住んでるらしい。成人前の女の子を一人にしておけないだろ? だから連れてきた」
ダンテさんがおばあさんとおじいさんの前に私の背中を優しく押した。
いや、それにしても拾ったって何だろう? 私は犬や猫じゃ無いんだけど。まぁ、確かにグレンの見た目は猫だけど……まぁ悪気は無いんだろうけどね。
「はっ、初めまして、カリンって言います。こっちは私の友達のグレンです。よろしくお願いします」
私はグレンを紹介しながら軽くお辞儀をして挨拶した。
「あらあらあら、可愛いお嬢さんね。私の名前はマギー。マギー婆ちゃんとでも呼んどくれ」
「じゃぁ、儂はロイ爺ちゃんだ」
「はい、よろしくお願いします。マギー婆ちゃん、ロイ爺ちゃん」
私がお辞儀をしながらそう言うと、マギー婆ちゃんは優しそうな笑顔を私に向けてくれた。
「さぁさぁ、お茶を入れておやつにしようかね。さあ、カリンちゃんも一緒にどうぞ。ああ、でもちょっと待っとくれね。先に薬を調合してくるからね」
「じゃあ、僕が案内する。マギー婆ちゃん。母さんの事よろしくね」
「ああ、任せとくれ」
マギー婆ちゃんは、ラルクにウィンクをして奥の部屋に入っていった。
マギー婆ちゃんは、かなり腕の良い薬師だと言うことだ。昔は領都で薬屋を営んでいたこともあり、結構有名だったらしい。
「カリン、グレン、こっちだよ」
私とグレンはラルクに促されるままにリビングのソファーに座った。グレンは私の足下にちょこんと座っている。
リビングは結構広くて、真ん中に大きなソファがデンッと置かれていた。多分十人以上は座れるだろう。
流石大家族。
ラルクのお母さんは腰を痛めてまだちゃんと歩けないらしい。でも何とか立ち上がることは出来る様になったのでそれ程心配はないとのことだ。
ダンテさんとロイ爺ちゃんは仕事を中途半端にしていたことを思い出し、仕事に戻って行った。みんなラルクをかなり心配していたようだ。
ラルクは愛されているね。
ソファに座るとマギー婆ちゃんがお茶とおやつを持ってきてくれた。
お茶を飲んだ私は戦慄した。
「こっ、これは!」
「ふふふっ、美味しいでしょう? このお茶はね、チャーゴ茶っていうの。こうしてミルクをたっぷり入れてのむのよ。家でお茶をするときはこれが定番なの」
思わず零した私の言葉にマギー婆ちゃんが得意げに答えた。
そのお茶は前世で外国を旅行した際に飲んだ「チャイ」にそっくりだった。
マギー婆ちゃんの言うことにはお茶は自家栽培、ミルクも飼育している牛から得られるからこの家では普通のことのようだ。
お茶菓子として干した果物が出てきた。大きさはサクランボ位で一つ一つに楊枝のような物がついている。早速楊枝をつまみ口に入れた。甘さに少しの酸味があって中々美味しい。
「美味しい……私、これ好きだわ」
「僕もチェリの実が大好き!」
思わず零れた私の言葉にラルクが賛同した。どうやらこの実はチェリの実と呼ぶらしい。
こっそりとタブレットにチェリの実のことを聞いてみた。
ーーーー チェリの実、ガイストの森に生息。春先に実がなる。干すことによって甘みが増し、長期保存ができる。ヨダの町の住民にとって馴染みの果実 ーーーー
なるほど、今度森で探してみよう。
お茶の後、ラルクが農場を案内すると誘いに来てくれた。この農場はクランリー農場と呼ばれ、クランリー一家が営んでいる。つまり、この家の人たちの姓はみんなクランリーと言う。
更に、従業員も住み込みで雇っているそうだ。ここに来たときには全然気付かなかったけど、この家が建っている後方に従業員宿舎があるそうだ。思ったより大きな農場のようだ。
飼育されているのは、牛が二十八頭、鶏が三十三羽(その内卵を産む雌鳥は二十五羽)、羊が二十頭。なんと鶏も羊も前世と比べてかなり大きい。二倍以上はあるのでは無いだろうか?
そのせいか、飼育している数の割に牛乳も卵もかなり多くの量になるみたい。卵なんて一羽に付き毎日平均5個も産み落とすそうだ。因みに卵の大きさは前世の鶏の卵の大きさとあまり変わらない。
成鶏 が大きいからって卵も大きい訳じゃなかったんだね。
ラルクが大きな建物に案内してくれた。外観はシンプルな白い箱のような建物だ。
その中には数頭の牛がいくつかの囲われたスペースで搾乳されていた。
牛の乳と搾乳機が繋がれ、大きなタンクにミルクが溜まっていく。搾乳機は魔導具になっているらしい。そして、貯蔵タンクも魔導具で冷蔵の魔法が付与されているので十日程は保存することが出来るらしい。
魔導具、便利だね。そう思っていたら、魔導具の作成は魔導具師と言う高度な技術を習得した者しか作成できないからかなり高価らしい。でも、家業に不可欠だと認められた魔導具は領主様から補助が出るんだって。
この地区の領主様はいい人だね。
ふと見ると側溝の方に流れているミルクに気がついた。
「あれ? あのミルクはどうしてその溝に流れていくの?」
私は疑問に思い、首を傾げながらセレンに尋ねた。
「あのミルクは捨てるしかないんだ。搾乳は毎日しないと牛が乳腺炎という病気になってしまうから。だけど、この町で全てのミルクが消費できないから貯蔵タンクに保存出来ない分はこうして捨てるんだよ。」
何て勿体ない! 私はラルクの言葉に絶句した。
この貯蔵タンクには魔法で殺菌と分離防止効果、腐敗防止効果が付与されているらしい。
ということは前世で言うホモジライズされている牛乳に近いのかも知れない。
前世のスーパーなどで販売されている普通の牛乳は脂肪が分離されないような処理(これをホモジナイズと言う)や高温での殺菌によりタンパク質の性質が変化している。
その為、ホモジナイズされた牛乳は味が落ちたり飲むとお腹が痛くなる人もいた。それに、クリームもバターもその牛乳で作ることは出来ない。
実は私も牛乳を飲むとお腹が痛くなりやすかったのだが、低温殺菌したホモジライズされていない牛乳(ノンホモ牛乳と言う)を飲んだらお腹が痛くならなかったことに感動したことを思い出した。
でもよくよく聞いたら、魔法が付与されているのは貯蔵タンクなのでここから牛乳を出すと殺菌はされているが時間が経つと分離してしまうらしい。
つまり、この農場の牛乳はホモジライズされていないノンホモ牛乳ということだ。
出荷するときに入れ替える瓶にも腐敗防止と分離防止の魔法付与がされるそうだが、瓶に付与する効果は魔力の関係で十日程しか持たないと言うことだ。
どうやらホモジライズされる訳でも高温殺菌されるわけでもないようで安心した。と言うのは、ホモジライズされていない牛乳は時間が経つと脂肪分が上に浮いてくる。
そう、これが生クリームである。この脂肪分を掬ってそれを更に撹拌するとバターになるのだ。
「ねぇ、バターにして売ったら良いんじゃない?」
「バター? 何それ?」
ああそうか、ここでは牛乳の脂肪分でバターにすると言う概念がないのかも知れない。
でも、バター、あるといいよね。お料理にも使えるし、パンに塗っても良いし、それに、お菓子作りには必須なのだから…………
私は絶対にバターの作り方を伝授しようと決心した。もちろん私の野望……コホンッ、希望の為だけではなくて、この農場のためにもね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます