第12話 家に近づく者
『……ト……チェ…………逃げて……』
『お母様……いや……お母……様も……』
抱きしめられた細い腕。力なく掠れた声は儚げに消えていく。
どうして? どうしてこんなことになってしまったの? その疑問だけが私の心を覆っていた。
私? いえ、私じゃない……これはこの身体の記憶。
悲痛な叫びはいつしか諦念感で溢れ生きる力さえ失われていったこの身体に刻み込まれた記憶……
「カリン……カリン、起きるのだ」
私の頬にフニフニとした肉球の感触が伝わってきた。意識が覚醒し、うっすらと瞼を上げると目の前に心配そうに見つめるグレンの顔があった。
「大丈夫か? カリン、其方泣きながら魘されておったぞ」
グレンの言葉で我に返り、そっと頬に触れてみると確かに涙で濡れていた。
ハッキリとは思い出せないが夢を見ていた。心が潰れそうなほどそれは哀しい夢だった。生きることさえ諦めてしまったこの身体の記憶……。
私は転生するときこの身体が誰で何故死んだのか聞かなかった。そのことを聞くのを失念していたことが大きな理由だが、もう一つ聞くのが何だか怖かったと言うこともある。
何故なら、10代前半の少女が餓死って普通じゃないよね。いくら文明が地球より遅れているって言ってもおかしいよね。それでも、どうせ孤児で身内はもういないだろうし、それにラシフィーヌ様が生活基盤を整えてくれた上で恩寵も授けてくれるって言うから転生に同意したんだけど。
でも、今朝の夢だと何だかもっと複雑な事情がありそうな予感が……。杞憂だといいけどね。
「夢を見ていたみたい。でも、もう大丈夫よ」
私はそう言ってグレンを安心させるべく微笑んだ。グレンは何か言いたそうにしていたけど結局私に何も言うことはなかった。もしかしたらグレンはこの身体が誰なのか知っているのかもしれない。神獣だしね……
まぁ、ここでぐちぐち考えても仕方ないかぁ。私にはグレンもいるしきっと何とかなるよね。
私は心の中に広がっている悲壮感を振り払い、思考を反転させる。
それよりも今日はもっと範囲を広げて森の散策をしよう! もっと色々作る為の素材も集めたいし自分の居住周辺はある程度把握して於いたほうがいいしね。
洗面所で顔を洗い、今日は薄紅色のチュニックを着た。鏡に映った自分を見ると頬がふっくらして顔色が大分よくなったことに気付いた。こうしてみるとかなりの美少女だ。
身支度を調えてから朝食に神の庭で採ったプランとバナヌ、オレンジ色のリンゴを食べやすい大きさに切ってからお皿に乗せた。店内のカウンター席でグレンと一緒に食べる。カウンターテーブルの上で食べているグレンを見ていると只の猫みたいで可愛い。
デザートにはプランのシャーベットを作った。そう、フルーツシャーベットだ。フルーツの朝食にフルーツで作ったデザートはどうかと思ったが、今は神の庭から採ってきた果実しか無いのだから仕方が無い。
前世では、ジュースでシャーベットを作ったりしていたが、今回はプランを丸ごとラシフィーネ様が用意してくれていたミキサーで砕いてから魔導レンジで冷やして作った。
こんな簡単で料理とは言えるかどうか分からないが、一応この世界に転生して初めて作った料理がシャーベットと言う事になる。
砕いて冷やしただけだがそのままの果実を食べるよりも食感や温度が変化するだけで別物になるから不思議だ。
そうそう、魔導レンジを使った時出来上がると「チン!」と言う電子レンジらしい音がちゃんと鳴った。
ついついその音に苦笑いしてしまった。これ、やっぱり地球の電子レンジの真似っこだよね。
グレンはシャーベットを食べたときあまりの冷たさに一瞬ビクッ! として可愛かった。
でもとても気に入ったようでおかわりを所望した。
「グレン、冷たい物を食べすぎるとお腹壊すよ」
と言ってしまったけど、神獣がお腹を壊すのかどうかは分からない。まぁ、もう一杯くらいなら問題ないだろうと上げてしまったけどね。
でもなぁ、いくら神の庭の果実でもそれだけじゃなぁ……
「うーん、やっぱり食材、必要だよね。森の中にきのことかないかなぁ? 川とかあれば魚を釣ったりするのも良いかもしれない。この身体回復したとは言えまだ細いからもっと栄養採る必要あるよね」
食事が終わって私が一人でブツブツと言っていると、グレンの身体が何かに反応したようにピクリと動いて立ち上がった。
グレンが店内にある窓の方を鋭い目つきで凝視する。
『この辺りを誰かうろついているようだな。人数は一人だけのようだが……』
「えっ? 分かるの?」
グレンの言葉に驚き、私も窓の方に顔を向けた。
窓に近づきそっと外を覗ってみる。
『そんなにコソコソ見なくても大丈夫だぞ。外からはこの家の中は見えぬからな』
「えっ? そうなの? マジックミラーみたいな物かしら?」
『まぁ、そのようなものだ。この家には結界が張っておる。始めに言ったが、害意あるものはこの家を視認することはできぬ。そして、害意がなくともこの家の中を見ることも出来ないのだ』
「なるほど、防犯対策はバッチリだと。だから鍵も付いてないんだね」
『まぁそうだ。それにこの家にはカリンが許可した者しか入れない。しかも、カリンが家を離れていれば誰も中に入ることは出来ないのだ。
店がオープンすれば害意が無いものは客として入れるがそれは店内だけだ。厨房や居住部分などそれ以外の場所には許可が必要だ』
ラシフィーヌ様が創造した物だからこの家は安全だろうとは思っていたけど、本当に防犯対策がしっかりされている様で安心した。
それよりもこの家の周りを彷徨いている人物がどんな者達なのか気になる。そう思って、窓を見ているとこちらを観察する私よりも明らかに年下に見える少年が目に入った。
赤みがかった金髪を耳の下辺りで短く切りそろえて身なりは茶色のズボンにクリーム色のシャツと見るからにシンプルだ。
背中には竹で編んだような籠を背負っている。もしかしたら何かを採取しに来たのかも知れない。
「こども…………」
この家に近づく者が自分よりも年下の子供であることに何かちょっと安心してしまった。
多分、この森に一番近いヨダの町に住んでいる子供だろう。
こちらをジッと見ていると言うことはこの家が見えていると言うこと。なら多分害意がないのだろう。
外に出て声を掛けてみようか?
私は勝手口のドアを開けて外に出た。グレンが本物の猫のようにトトトッと私の横を擦り抜けて前を歩き、少年に近づいていった。
「あっ、ねこ!」
少年はグレンが目に入った途端声を上げこちらに駆けて来た。その様子からするとこの世界でも猫は珍しくないようだ。それに地球と同じように猫という種族名らしいね。
少年のクリクリした鳶色の瞳はグレンを捉えたまま離れない。
その様子に思わず笑みを零し私はグレンの後ろから少年に近づいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます