第8話 タブレットの機能

 チュチュッ……チュチュチュチュッ…………

 朝の訪れを告げるような軽やかな小鳥の声が微かに木々の中に響き渡り心地よい目覚めを促す。


 次第に温かくふかふかするベッドの感触が身体に伝わってきた。少しずつ覚醒するとカーテンの隙間から漏れる淡い光りが薄く開いた瞼の奥に届いた。


 クリーム色の天井には丸いライトが浮かんでいるが光りは放っていない。暗くなって灯りが必要な場合はこのライトに向かって魔力を放出すると灯りが点く。前世の電気と同じ働きだ。


 今部屋を薄く照らすのは、カーテンから漏れている灯りのみだった。


「ここは……」

 無意識に呟き、今の状況を思い出した。そうだ、私この世界に転生してきたんだった。


 あれから何だか疲れて眠ってしまったのだ。ベッドのシーツも掛け布団もとても手触りが良くてマットレスはフカフカでとても気持ちよくてしっかり熟睡したようだ。


 ベッドの上では、グレンが立ち上がり背伸びをしながら欠伸をしている。こうしているとまるで本当の猫のようだ。


「ふふっ……。グレンって神獣なのに眠るのね」


『今は、物体化しているため眠ることが出来るのだ。眠るのは気持ちの良いものだな』

 私の言葉にグレンがベッドから下りながら答えた。


 洗面所に行き顔を洗い身支度を調える。


 ふと、鏡に映る自分を見て気付いた。


「あれ? 昨日より随分顔色が良くなっている」

 頬がふっくらして艶も良く、パッチリした瑠璃色の瞳は昨日よりも澄んでいて美しい。


 藍色の髪の毛もサラサラして艶があるようだ。身体を見回すと骨と皮だけだった手足も昨日よりは肉付きが良くなっているように感じる。


「うそでしょう? すっごい身体が回復しているんだけど!」

『ふむ、それは当然だと言えるな。命の泉の水を飲み、神の庭の果実を食すればそうなるに決まっている』

「えっ? 決まっているの? これって物凄くやばくない?」

 グレンのその言葉に私は戦いた。


 グレンが何気なく言っているが、これって普通のことじゃないよね。でもまぁ、この世界の事はまだよく知らないし今は深く考えなくて言いかぁ。

 元来、事なかれ主義の私はスルーすることにした。


 さて、今日はこの家の周辺を探索したいと思う。とは言え、この家は森の入り口付近に位置する。例え森の入り口付近とは言え危険な動物がいないとは言えない。


 前世のあの平和な日本でさえ田舎に行くと熊の被害があったくらいだ。この世界ではどんな危険があるのか分からない。


 そう考えると外に出るのはちょっと怖い。


「ねぇグレン、今日は森の中を探索したいと思うんだけどこの付近に危険な動物とかいる?」


『この家の周りにはそれ程強い動物はいないが、森の奥には魔獣がおるな。だが心配には及ばない。結界がある故。それに其よりも強い魔獣はこの世界にはおらぬからな。其の傍にも近寄ることはないであろう』


 やっぱり魔獣っているんだ。さすが異世界。でも、グレンより強い魔獣はいないってやっぱり神獣だから格が違うってことかしら?


「なら大丈夫ね。グレン、今日は森を探索するわよ」

『あい分かった』

 

 今日は最初に着ていたシンプルな薄紫のワンピースを着て外に出ようと思う。魔導洗濯乾燥機で洗濯して汚れは落ちた。破れた場所は魔法で修復したから問題なく着られそうだ。


 こうしてみると肌触りが良いので割と良い生地を使っているのかも知れない。


 アラクネの糸で作った真っ白な服はこの世界では浮いてしまうかも知れない。万が一誰かに出会った時に訝しがられてもいやだからね。


 グレンの返事を受け、着替えると昨日残っていた果実を食品保存庫から出して朝食を取ることにした。



 店内にあるカウンター席に座り、お皿に乗った果実を1つ手に持ってジッと眺めた。

「この果実は何て言う名前かしら?」


『タブレットをそれに翳して「鑑定」と唱えれば情報を取得することが出来るぞ』


 なぬ? あのタブレットにそんな機能が!? それにしてもあの四角い魔導具を私がタブレットと言うものだからグレンの中でもタブレットと言う名称が定着したらしい。


 私は早速楕円形の黄色い果実にタブレットを翳した。昨日食べたバナナの味に似た果実だ。タブレットを翳すと半透明の画面を通して黄色い果実を捉えた。心の中で「鑑定」と唱える。


 ーーーー 名称バナヌ、生産地は南の島カタル島。ティディアール王国の最南端、クラシェ領にも僅かに生産されている。栄養価が高く甘みがある。消費期限は約一週間。消費期限が過ぎると黒ずみ次第に溶ける。一般市場にはあまり流通しない。貴族御用達商会により入手可能。ティディアール王国の平均販売価格約10000ロン ーーーー


 うん、結構やばい果実だった。これ、売ったらやばいやつだ。入手経路とか聞かれるに決まっている。表に出さないようにしよう。


 次に赤くて甘酸っぱいプラムに似た果実を翳してみる。何だか名称は予想がつくけど……


 ーーーー名称プラン、生産地はティディアール王国全域。春先のみ収穫可能。一般市場にも流通している。消費期限は約十日。消費期限が過ぎると苦みが増す。ティディアール王国の平均販売価格約500ロンーーーー


 ふむふむ……なるほど名称は予想通りだけど、バナヌと比べると大分安く見える。


 でも、平民の平均月収50000ロンで1個500ロンの果実は庶民にとっては高いよねぇ〜。


 この果物でスイーツを作ってお店に出しても大丈夫かしら?


 とりあえず保留ね。


 先ずは必要な材料を揃えなきゃ……


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