第6話 神の庭

 1階の厨房は、前世に開店準備をしていた店舗にあったものと見た感じ変わらないようだ。店のカウンターを挟んでシステムキッチンに作業台がある。


 でも食べる物がないから何も作れない。

「先ずはなんか食べないといけないわね……この家の周りに木の実とか果実とかないかしら?」


 別にそんなにお腹が空いているわけではない。グレンが出してくれた命の水を飲んだお陰かも知れない。


 だからといって何も食べないわけにはいかない。この身体が飢餓状態で有ることには変わりは無いのだから。


 悩んでいると不意にグレンが私の目の前に浮かんだ。


『案ずるな。神の庭に行けば果実を手に入れることが出来る。先ずはそこへ行くと良いだろう』

『神の庭?』

 私はグレンの言葉の意味を掴めず首を傾げた。


『そう、神の庭だ。こっちだ、着いて来るが良い』

 何だか知らないが、グレンが促すので私はその後を黙って付いていく。


 グレンが足を向けたのは、休憩室の奥にあるさっき下りてきたばかりの螺旋階段だった。その螺旋階段の脇を通り奥の壁の前で止まった。


『さあ、この壁に掌を当て魔力を流すのだ』

 私はグレンの言うままに壁に掌を当て目を瞑って集中して魔力を流した。


 すると、魔法陣の光りが浮き上がり、今まで何も無かった壁に突然白い片扉が現れた。


「こっ、これは……」

 私はあまりの驚きに声を失った。


『さぁ、その扉を開けてみるが良い』

 グレンの声を受けて私はそっと取っ手を回し戸を開けた。すると下に続く階段が現れた。


「地下室?」

 私が呟くとグレンは私の横を擦り抜け、階段を軽やかに降りていった。私は一瞬躊躇したが、思い切ってグレンの後を着いていった。


 階段を降りた突き当たりには、銀色の扉が有り心なしか光りを帯びているように見えた。


『さあ、この扉に再び掌を当てるのだ』

 私はグレンの言葉に誘われるままにその通りにした。


 すると、扉は更に光りを放ち一瞬の内に目の前には言葉では言い表せない程美しい景色が広がっていた。


 風光明媚。その言葉が真っ先に頭に浮かんだ。


 学生の頃、こんな四文字熟語使うとき有るのかな? と疑問に思いながら勉強してたけど、あったわ、今。そんなことを思いながら現実とはかけ離れたような景色をじっくり眺める。


 色とりどりの花々が咲き乱れ、木々には様々な果実が生っている。太陽は見あたらないのに水色の空からは淡い光りが差し、空気がキラキラ輝いているようだ。


 信じられない。本当に信じられない。私は暫く声を出すことも忘れてその風景に見とれてしまった。あまりにも美しく清浄さも感じるその景色は天国だと言われても不思議ではない。


「えっ? ここって地下室だよね?」


『神の庭の一部をここに繋げたのだ』

 やっと絞り出した私の声を受けグレンが答えてくれたのだが、私はあまりのことに直ぐに意味を捉えることが出来なかった。


「えっ? 神の庭? 何それ?」


『其方の食生活を補うためにラシフィーヌ様が用意されたのだ。この場所にはラシフィーヌ様が地球を参考に再現した果実が生っている。とは言え、あくまでも地球の物をそのまま持ってこれるわけではない。アスティアーテに現存している物で代用しているに過ぎない。それでも、神の庭で育っているだけで味も栄養価も格段に良いのだが』


 グレンの言葉を聞いた私は、周辺を見回した。木々には様々な色を纏った果実が風景を彩っている。


『とりあえず、目に止まった果実を食すが良い。カリンに足りない栄養を補ってくれるだろう。それに身体を回復させる効果もあるのだ。因みにこの場所は他の人間は踏み入れることは出来ない。ラシフィーヌ様の加護を持つ其方だけがここに立ち入ることを許されたのだ。もちろん、神獣である其はいつでもここに来ることが出来るのは言うまでもないが』


 何かそれってとってもすごいことのような気がする。身体を回復させるって、これはそうそう世に出してはいけない食べ物かも知れない。


 でも、今は深く考えずありがたく果実を頂く事にしよう。私の身体は死から蘇ったばかりなのだ。身体の回復は私にとって最重要事項だ。


 そう結論づけて神の庭に一歩踏み出そうとしたがふと気付いた。


「あっ、でも私、室内履きのままだわ」


『心配するでない。そのままでよい。神の庭では汚れることはないからな』

 グレンの言葉に安心して神の庭に踏み入れた。


 木に生っている様々な果実。前世で馴染みのある形の物からちょっと似ているけど僅かに違う物など様々な種類の果実が生る木を眺めていく。


『これなどどうだ?』


 グレンがそう言って口に加えて運んできたのは赤く熟したプラムのような果実だった。口元に持って行くと甘い香りがする。私はそれにかぶりつき口に含んだ。瑞々しく甘酸っぱい味が口の中に広がった。


「美味しい!」

 私はそう言うとあっという間にその果実を食べきってしまった。そこでふと、気付いた。


「あれ? この果物種がなかった」

『ああ、神の庭の植物は枯れることもないし、果実を捥いでも直ぐに同じ場所に同じ果実が生るからな。種は必要ないのだ』


「なるほど〜」

 増やさなくても無くなることが無いのならそりゃあ種は必要無いよね。私は妙に納得しながら木々の間を縫うように歩を進めた。


 少し行くと開けた場所に小さな白い石造りのガゼボが現れた。様々な色を成す果実の木に囲まれているそのガゼボの中には白い丸テーブルと白くて可愛らしい椅子があった。そして、その椅子に私は腰掛けた。


『暫し待たれよ』

 グレンはそう私に声を掛けると足早に木々の中を駆け巡り色とりどりの果実をどんどんガゼボの中の白い丸テーブルに置いて行った。


「すごい! 見た事もない果物がたくさんあるのね」

 私はこんもりと盛られた内の1つ、掌に乗るほどの楕円形の黄色い果実を取り香りを嗅いでみた。仄かに甘い香りに既視感を覚え、思わず一口囓ってみた。


「やっぱり思った通りの味だわ! これも美味しい!」

 口の中に広がる甘みは前世で食べたバナナに似ていてそれよりも後味がスッキリする。もったりした食感も香りもバナナそっくりだ。


 それから、オレンジ色の小さなリンゴの様な果実を食べると元々小さな身体の私はすっかりお腹いっぱいになってしまった。


 十分に果実を堪能した私はもう一度周りの景色を見回した。天国のような自然に溢れたこの景色、収穫しても直ぐに生る果実、本当に神の庭に相応しいと言えるこの場所をラシフィーヌ様が私に提供してくれたことに感謝した。


「グレン、ごめんね。折角たくさん取ってきてくれたのにもうお腹いっぱいで食べられないわ。でも、残したら勿体ないわね……」


『心配無用だ。時間停止機能がある食品庫に保管すれば問題ない』

 ションボリする私にグレンがとんでもないことを告げた。


「えっ? 時間停止機能?」

 グレンの言うことには、パントリーにあった食品庫には時間停止機能が付いているらしい。そこに食品を入れておけば入れたときの状態のまま食品を永遠に保管できるというのだ。


 つまり、採れたての果物は採れたてのままに、作りたての料理は作りたてのままに保管できるそうだ。


 そうか、あの食品庫は只の食品庫では無かったのね。で、私はさっきから感じた違和感を確信した。


 家の中が広すぎるのだ。いや、広すぎるから不満があるわけではない。でも、最初に見たこの家の外観を鑑みると家の中がこんなに広いのはおかしいのだ。


 いや、そもそも神の庭があること自体おかしいのだが。

 しかし、それを除いたとしても広すぎるのでは無いだろうか?


 グレンにその疑問を問うた。

 

「ねぇ、ちょっと疑問なんだけど。この家の中って外観よりも何かとても広い感じがするんだけど……」

『それはそうだろう。ラシフィーネ様がこの家を創造する際、空間拡張機能を施しておるからな』


「え? そんなことも出来るの? さすが女神様!」

 今更ながらにラシフィーヌ様の凄さを実感した。


 ーー ラシフィーヌ様、重ね重ねありがとう御座います。胡散臭いとか思ってごめんなさい。 ーー


 私は心の中でラシフィーヌ様にお礼と謝罪を述べながらグレンを伴って多すぎる果物を持って厨房へと向かった。


 因みに果物は持ちきれないので魔法で浮かせて運んでる。


 魔法……便利すぎる。

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