第5話 女郎蜘蛛の糸

 私は糸玉を手に取りジッと眺めた。どう見ても只の糸玉だ。


「なにこれ?」

『それは女郎蜘蛛アラクネの糸だ。ラシフィーヌ様からの贈り物の1つだ。その糸で好きな衣服をこしらえるが良い』


 アラクネ? ギリシャ神話ではあの闘いの女神アテナに蜘蛛にされて延々と機織りをし続けることになったあのアラクネ? とは関係無いかぁ。で、糸から服って意味分かんないんですけどぉ!


 それにしても、それってつまり蜘蛛の糸、と言う事よね。いや前世では芋虫(正確には蚕)の繭から作られた絹も高級品として有ったから問題ないのか?


 ふと我に返り、肝心な事をグレンに尋ねることにした。


「どうやって服を作れと?」

『ラシフィーヌ様から恩寵を授かったカリンなら魔力を使って創造の魔法が使える筈だ』


「えっ? 魔法? 私にも魔力があるの?」

『この世界の物には少なからず魔力が宿っている。カリンも例外ではない。いや、それ以上にラシフィーヌ様の恩寵によりカリンの魔力は他の者よりも強いと言える。転生させる際に、ラシフィーヌ様の魔力が付与された故、殆どの生活魔法と創造魔法が使えると思うぞ。』


「まじで?」

 グレンの言葉に私の目は輝いた。私にも魔法が使える。


 前世では定番だったファンタジー世界の魔法……なんて夢のある響きだろう。それが私にも使えるなんて……しかも生活魔法に創造魔法……


 生活魔法とは普通に生活するための魔法で火を出したり、水を出したり灯りを点けたりできる魔法らしい。創造魔法とは物を作る魔法だと言うことだ。でも女神様と違って、必要な材料が無ければ作ることは出来ないみたい。


「どうやったら魔法で服が作れるの?」

『自分の中にある魔力の流れを感じるのだ。そうだな、前世で言うところの「丹田」に何かを感じないか?」

 私はグレンの言葉を受けて目を瞑り丹田を意識した。


 丹田は三カ所。額にある上丹田、胸の真ん中辺りにある中丹田、下腹部にある下丹田である。身体の中心に垂直に並んでいるのだ。


 私は前世でダイエットの為にヨガをしていた時にこの丹田について学習した経験がある。なんせ、食べ歩きが趣味だったのでダイエットは切実な問題だったのだ。ヨガでは下腹部にある下丹田を意識して呼吸する。


 そのお陰かは分からないけど、丹田を意識するとそこを中心に僅かな熱を感じた。


「何か身体の中から熱が帯びてくる感じがするわ」

『それが魔力だ。魔力を感じたら掌に流すように導き魔力を集めるのだ。ゆっくりと』


 身体の中から沸き上がる熱に集中する。掌を上にして両腕を肩の高さに持ち上げると熱が移動し、魔力が集まってくるのを感じた。目を開けてみると掌に光りが纏っていた。


『よし、魔力が集まったようだな。それでは、自分の欲しい物を頭の中で描くのだ。出来るだけ細かくな。イメージが固定したらその掌を女郎蜘蛛アラクネの糸に向けて魔力を放出するのだ』


 私はグレンの言葉の通りに掌を糸玉に向けた。


 動きやすくて、伸縮性があって着やすい服が良いわね。

 私は着たい服をイメージした。


 掌に纏っていた光りは次第に魔法陣の様な形になり、徐々に複雑な文様を描き始めた。


 文様の構築が終了すると魔法陣から放たれた淡い光りが女郎蜘蛛アラクネの糸を包んだ。


 女郎蜘蛛アラクネの糸が光りに包まれ視認できなくなったかと思ったら、次第に光りが消えていった。


 光りが消えた場所には私が思い描いた膝上くらいのチュニックが存在していた。


「できたぁ!」

 あまりの感動に大きな声を上げてしまった。それから私は、同じようにスパッツ、パジャマ、下着、タオルなどの基本的な物を各3枚ずつ作っていった。


 触れてみてビックリ。肌触りが良いというか良すぎるというか……もしかしてこの世界の女郎蜘蛛アラクネの糸と言うのは高級品なのかも知れない。絹よりも肌触りが良いような気がするのは気のせいだと思いたい。


 だって、絹の下着は兎も角として、絹のチュニックにスパッツってどんな高級志向なのよって思う。正確には絹ではないけど……


 まぁ、いいかぁ……これしか無いんだし。

 私は即座にスルーすることにした。


 それと室内履き。これ重要。もちろんこれも女郎蜘蛛アラクネの糸を使う。これしか無いし……(二度目)


 今はこの身体が最初から履いていた革の靴のままだった。汚れているけど破損してはないようだから洗えば履けるだろう。


 元日本人としては、家の中でずっと靴を履いているのは頂けない。スリッパではなくて底を厚めにした踵まである室内履きを創造した。


 でも、気になるのが全部白いということ。まぁそれは追々考えるとして私はこの身体に宿ってからずっと気になっていることを解決することにした。


 それは元日本人としては耐え難いこと……

 身体が異常に汚れていて髪は指が通らないほどベタベタで軋んでいる。

 自分自身から嫌な臭いがするほどだ。

 これを何とかしなければならない。

 そう、お風呂だ。


 この家にお風呂、あるよね? 衛生大国日本で生きていた私としてはお風呂は重大な問題だ。


 寝室から出ると左側のドアを開けてみた。右側に洗面台と多分洗濯機、左側にトイレへのドアがあった。そして、引き戸をスライドさせると脱衣所、そしてその奥の引き戸を開けた。


 えっ? この匂い……まっ、まさか! 檜のお風呂! 竹筒のような物からお湯が出ている。もしかして!


「温泉?!」

『カリンが夢に思い描いていただろ?』


 グレンの言葉で思い出した。そう言えば、もし別荘地とかに家を建てるなら温泉付がいいなぁ、って思ってたわ! 


 何か感動の余り目がうるうるしてくるのを感じる。


 浴室にはちゃんとシャワーも付いている。


「至れり尽くせりね〜」

 私はそう呟きながら喜々として寝室に戻りクローゼットの引き出しからさっき作ったばかりの下着とチュニック、スパッツもどき、タオルを手に早速お風呂に入ることにした。


「う〜ん、石けんやシャンプーが欲しいところね。この世界にないのかしら? 後で作ろうかなぁ? 何てったって私には女神様から貰った恩寵があるからね」


 それでも何とか熱めのお湯で身体と髪を洗い大分サッパリした。


 はぁ〜。気持ちいい……

 なんで温泉に入るとおっさんみたいな声が出るのかねぇ?

 そう疑問に思いつつお湯に浸かりリラックスする。


 お風呂から上がると早速さっき作ったチュニックとスパッツを着て室内履きを履く。


 お風呂の戸を閉めた途端、中から雨が降るような音が聞こえて一瞬光った。

 「雷?」


『いやこれは自動クリーン機能だ。お風呂を使った後勝手にその機能が作動するようになっている。風呂だけではない。家全体が自動クリーン機能、自動空調機能がある』


 何て便利! と言うことは、いつでも綺麗で快適な温度で生活できるのね。私は寒さも暑さも苦手だから超嬉しい! 本当に何て便利! ラシフィーヌ様本当にありがとう。私はまたもや胸の前で手を合わせ感謝の言葉を述べた。


 さて、身体も綺麗になったし次は腹を満たす必要が有る。こんなやせ細った身体だと直ぐに死んじゃうからね。


 取り敢えず、食べ物があるか物色してみるかぁ……

 

 私は、螺旋階段を下りて厨房に向かった。

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