第4話 赤い屋根の小さなお家

「こっ、これは…………」

 私はグレンの背中に乗ったまま目の前に現れた赤い三角屋根の家の前で言葉を失った。


 正面は店舗の入り口で両開きのドアになっているようで前世で私が夢に描いていた家にそっくりだった。2階を見ればそこもまた私が描いていた通りちゃんとフラワーボックスまである。


 フラワーボックスには種類はここからでは分からないが黄色と紫の花が見える。きっと2階は住居になっているのだろう。


『ラシフィーヌ様が準備して下さったのだ』

「ラシフィーヌ様? ああ、あの胡散臭……綺麗な女神様ね」


『そうだ、其方の夢の記憶を見て理想の家を創造して下さったのだ。家の中の機能もカリンの記憶を読み取って色々と創造してくれたから直ぐに住めるぞ。ラシフィーヌ様は創造の女神様故』


「え? そうなの?」

 目の前の可愛らしい建物は私がいつも夢に描いていたお店が併設された家そのもので言葉にできないほど感動した。


 心なしか瞳が潤んでしまうことを押さえきれない。


 私は、ここに来て初めて心の中で女神様に感謝の言葉を告げた。


 ーー ラシフィーヌ様、ありがとうございます。 ーー


『この家は結界が張られており害意を持つ者には見えないようになっておる。では、早速中に入って確かめるが良い』


 私は、グレンの言葉を受けて正面にある赤銅色の両開きドアに手を掛けた。ふと見るとドアには「クローズ」と書かれたプレートがかかっていた。これを裏返してみたら「オープン」と言う文字が書いてあった。


 このプレートのオープンの方を表面にすると森の大通りからこの家に繋がる小道の分岐点にこの店への案内板が現れるそうだ。


『この家自体が魔導具のようなものだ』

「魔導具…………」

 グレンの言葉に私の目はキラキラ輝いていたに違いない。私は魔導具という異世界らしい言葉に期待感が膨らんだ。


 ラシフィーヌ様は本当に私の夢の続きを後押ししてくれたみたいだ。


「あれ? 私この世界の文字が読める?」

『それはカリンの身体の記憶であろう。文字も読めるし、言葉も分かると思うぞ』

 グレンの言うことには、身体に刻み込まれた記憶は例え魂が抜けても消えることは無いらしい。


 そう言えば前世でも生体移植をした際、記憶転移と言って臓器移植の提供者ドナーの記憶の一部が受給者レシピエントに移ると言う現象が囁かれていた。それは、記憶だけではなく、趣味、嗜好、性格などもドナーの影響を受けると言う。


 そう考えると、もしかして私もこの身体が持つ記憶の影響を受けるのだろうか?


「今考えても答えが出るわけではないし、後で考えよっと」

 思考の海に沈みそうになった意識を現実に戻して、家の中に足を踏み入れた。


 この家が私の物だと思うとワクワク感が止まらない。


 グレンは普通の猫サイズになってから私の後に続いた。


 中に入ると3畳ほどのエントランスがあり、その先に白い両開きの内扉があった。

 左右には男性用と女性用のトイレがあった。


 掃除が大変だなぁと呟くとグレンがこの家自体には自動洗浄機能が付いているから掃除の必要が無いと言うことだ。


 私は料理は得意だけど掃除があまり得意ではない。何とありがたい機能だろうか?

 それだけで私の中でこの家の価値が数段上がったのだった。


 白い内扉の両脇には、花を模した淡い彩りのステンドグラスがお洒落な雰囲気を醸し出している。

 内扉はスイングドアになっていて押して手を離すと元の位置に戻るタイプだ。


 スイングドアを押し開けて中に入ると、8畳くらいの広さの店内に4人座れる客席が3セット、その奥にカウンターテーブルがあり対面で調理するようになっていた。


 カウンターテーブルには5つの足の長い椅子が置かれており、カウンターテーブルを挟んで左側には調理スペースへの入り口があり、右側にはケーキを陳列する為のガラスケースが置かれていた。


 カウンターテーブルの反対側にある前世でもおなじみのシステムキッチン仕様。そして、その後ろにカップボード、その中央には茶色い煉瓦のオーブンが存在を主張していた。


 店内は私が前世でオープン間近だった店の作りにそっくりだった。


 調理スペースの奥には左右の壁に沿うように一間程の下がり間口があり、右側には8畳くらいのパントリー、左側には6畳程の部屋に2階へ上がる階段がある。


 パントリーが家庭の物より広めなのは、お店を営むためには色々とストックしておく物が多いからだろう。


 パントリー内には銀色の2つの扉があった。ステンレスの様な金属で作られているように見える。実際にはどんな素材かは分からない。異世界だし……


 『左が食品庫で右が調理魔導具、カリンの前世で言う電子レンジのようなものだ』


 グレンの説明を受けて魔導レンジ(勝手にそう呼ぶことにした)にはつまみみたいな物と赤、青、緑、黒の四つのボタンが付いている。


「このボタンは何かしら?」

『赤が温め、青が冷やし、緑が乾燥、黒が熟成だ』


「まぁ、電子レンジよりも優れているのね」

『ラシフィーネ様がカリンの記憶にあった電子レンジにもっと機能を付けてアレンジしたのだ』

 これはいい! 温めたり、冷やしたり、更に熟成によって発酵食品が作れる! と思う。


 先ずは、味噌と醤油よね。日本人としてはこれは外せない。でも難しいかなぁ?


 それと、梅干しに、漬け物……


 色々と作りたい物を頭の中で考えながら他の場所も確認して行く。


 収納棚には見覚えのある調理器具や食器が収納されていた。


 フードプロセッサーにミキサーのような物がある。さっきグレンが私の記憶にあったものを読み取って再現したと言っていたから多分機能は予想通りに違いない。

 

でも、前世と違うのは電気で動くのではなく魔力で動くと言うことらしい。



 パントリーの手前の左壁には勝手口らしきドアがある。普段はここから出入りするといいだろう。



 その反対側の6畳くらいの部屋には丸テーブルと棚があり、ここは休憩スペースのようだ。その奥には螺旋階段があり、早速2階に上った。


 2階は住居スペースのようだ。階段を上った先には白い木で出来たシンプルな3つの扉があった。先ずは左にあるドアを開けてみた。


 6畳程の広さに本棚と机、それに小さめのソファーセットがある書斎のような部屋だ。


 そう言えば、前世で夢の家を妄想していたとき、仕事部屋が欲しいなぁと考えていたことを思い出した。もしかしたらその事が反映されたのかも知れない。


 次に真ん中の部屋のドアを開けた。


 そこにはセミダブルほどのベッドがあり、クローゼットにドレッサーまであった。どうやら寝室らしい。では、転生してから気になっていた自分の容姿を確認することにしよう。白木に花の彫刻が施されたドレッサーに近寄り、鏡を覗く。


 藍色の髪、瑠璃色の瞳は明らかに日本人には無い色だった。頬は痩け、目は窪み、手足はやせ細って明らかに栄養失調気味だと言うことが分かる。それにしても綺麗な瞳だ。


 ちゃんと栄養を取って年相応の身体になればそれなりに美少女になるだろう。今の状態は服は襤褸だし、髪の毛や肌は汚れてくすんでいるが……。

 う〜ん、お風呂に入りたいなぁ。


 衛生大国日本に住んでいた私としては、この汚れは耐え難い物があった。でも、取り敢えず家の中のチェックを続ける。


 グレンは色々説明しながら私の後ろに付いてくる。


「着替えとか有るのかしら? 流石にこの服汚れすぎだから着替えが欲しいんだけど」

「ならばそこのクローゼットとタンスの中の物が役に立つぞ」

 私はグレンの言葉を受けてクローゼットの扉とタンスの引き出しを開けてみた。


 クローゼットやタンスの中にはなにやら白い糸玉がたくさん積まれていた。


 え? 意味分からないんですけど……


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