第3話 異世界転生

 生温い風が頬を掠るのを感じた。気がつくと、灰色の世界で仰向けに寝転んでいた。辺りを見渡すと樹木は枯れ所々が白い霧で覆われていた。荒廃したその景色はこの世の終わりを告げるかの如く絶望感が漂う。


 呆然と周辺を見回し私は女神様の言葉に頷いたことを後悔せずにはいられなかった。


 それにしても無いわぁ〜。

 だって信じられる? この身体の持ち主のこと何の説明も無かったんですけど! 


 どこの誰かも分からないんですけど! 多分10代前半の少女だと思うけど年齢さえ分からないってどういうこと? それにここ何処? この世界、もう終わってるんじゃ無いかしら?


 これは女神様が私の考えが変わらないうちに転生させたかったのかも知れないわね。それだけ私をこの世界に転生させたかったのは何か思惑があるのかしら?


 もしかして、まんまと女神様の罠に嵌ったのかも知れない。何かあの女神様怪しかったし……


 まぁ、ここでグダグダ怒っていても仕方ないので、とりあえず自分の身体を見回してみる。特に怪我はしていないようだ。


 シンプルな薄紫のワンピースは所々泥のようなものが付いていて破れた箇所もある。胸まである藍色の髪はくすんで毛先はパサパサ、薄汚れた身体。長い間お風呂にも入っていない感じだ。


 それに手足が細すぎる。食事もまともに摂っていなかったに違いない。


「多分、死因は餓死ね……」

 私は自分の状態から死んだ原因を予測した。はぁ……これからどうしろって言うのよ! と思っていたら救世主が現れた。


『無事に転移できたようだな奄美根花櫚、いやこの世界での名を何と呼ぼうか?』

 頭に響いた声に反応し、顔を上げると白い猫が目の前でふよふよ浮いていた。あの白い世界で見たより小さい。そう、普通の猫サイズだった。


「あっ、私が前世で死んだ元凶の猫ちゃんだ! 確かグレンだったわね、そうね、カリンでいいわよ」

『ぐっ……そっそうか。ではカリン、その節は誠にすまないことをした。其には心の中で話せば声に出さずとも通じるぞ。』


「えっ? そうなの?」

『そうなの?』

 グレンの言葉に心の中で言い直した。

 うん、でも何かしっくりこないわ。


 だから普通に声に出して話す事にした。でも、周りに人がいて聞かれたくない話の時は念話で話す事にしよう。

「でもグレン、私あまり根に持つタイプじゃないからもう気にしなくて大丈夫よ。それにしても何でグレンまでここに来たの?」


『カリンだけではこの世界で生きるのは難しいのではないかと其が守護に付くことになった。元々は其のせいでカリンがこの世界に転生することになったのだ。幸せに導くのが其の責任でもある故な」

「本当に? ヤッタァー!」


 私は一瞬驚いたが、思わずグレンを抱きしめてしまった。1人で急にこんな世界に飛ばされてかなり心細いと感じていたから嬉しさもひとしおだ。いくら前世では40才近くまで生きていたとは言えね。


『こらこら、とりあえず落ち着け。苦しくて敵わん』

「あっ、ごめんねぇ」


『先ずはこれを飲むがよい、その身体は餓死したのだ。先ずは体調を整えねばならん』

 グレンの言葉が私の中に届くと同時に、目の前に水の塊が現れた。


「この水は何?」

『神域にある命の泉の水だ、其方の生命を維持することが出来る。其方の身体は限界だ。これを飲めば少しは回復するだろう』

「へぇ、丁度喉が渇いていると思っていたの」


 私はそう言って水の塊に口を付けてゆっくり飲んだ。そして、その味にビックリした。

「仄かに甘くて美味しい! 身体に染み渡るようだわ!」

『そうだろう、そうだろう』


 命の泉の水を飲んだ途端、体中に感じていた怠さが嘘のように消え、力が沸いてくるようだった。空腹感も収まっている。


『これで大丈夫だろう。身体は飢餓状態から脱したはずだ』

 満足げにグレンが呟いた。


 それにしてもこの身体の持ち主は何者だろう? 女神様は孤児だと言っていたけど、例え両親が亡くなったとしても出自くらいはあるはずだ。


『それと、後ほどカリンのその身体の身元を伝えよう。先ほど、その身体について何も説明が無かったと言っていただろう』

「えっ? もしかして私声に出して言っていたかしら? あっでも身元についてはまだ知らなくていいわ。何だか嫌な予感がするから。多分知らない方が良いような予感が……。じゃあ年齢だけ教えてくれる?」

 

 私は平和に過ごしたいのだ。余計な情報を得て惑わされたくはない。知らない方がいい情報があるのは前世でも経験済みだ。心の平穏の為に知りすぎない方が良いこともあるのだ。


 とはいえ、情弱すぎてもだめなんだけどね。そこんところのさじ加減は難しいのよねぇ〜


『そうか、その身体は13年の歴史を刻んでおる。先月の初風月三の日に誕生日を迎えたばかりだ』

「初風月?」


『この世界はカリンの前世と同じ12の月で1年となる。その12の月とは、冬の季節の初水月、次水月、参水月、肆水月、春の季節の初風月、次風月、参風月、肆風月、夏から秋の季節の初陽月、次陽月、参陽月、肆陽月である。そして、週6日一月は5週で30日になる。因みに1日は地球と同じ24時間だ』


「ふーん、日本と少し似ているわね。先月が初風月なら今は次風月で春の季節と言う事ね」

『まぁ、暦など人が作った物、我らにはあまり意味は無いのだが……』


 私は説明を受け、そんな暦覚えられんわ。と心の中で思ったが取り敢えず自分の(この身体の)生まれ月くらいは記憶しておくことにした。

 

 兎に角、初風月三の日が私の誕生日と……


『さて、それでは参ろうか? 其の背に乗るがよい』

 グレンはそう言うと2メートル位の大きさになり背には一対の白い羽が天に向けて出現した。そして、私が乗りやすいように屈んでくれた。


「えっー! 羽が生えた! それにグレンって大きくなれるんだね。やっぱり神獣なんだね! 所でどこに行くの?」

 私は目を丸くして驚きながらグレンに尋ねた。こうしてみるともはや猫と言うよりも白くて羽が生えた大きな豹にしか見えない。


『其方の夢の家だ』

 夢の家? はて? 私の頭の中ははてなマークでいっぱいになったけど、とりあえずグレンの背中に乗った。こんな不気味な場所にいつまでもいたくない。



 グレンのもふもふの背中はとてもふかふかして温かい。周りの景気が見えなくなるほどの速さで進むけど何らかのガードが施されているのか私の顔に強い風が当たることもなかった。


「ねぇ、グレンって神獣で精神生命体だったよね。何で私グレンに触れて、こうして乗ることができるの?」

『ああ、それはだなぁ、この世界は地球ではなくアスティアーテでラシフィーヌ様の神力が及ぶ場所だからだよ。神力にこの世界のエネルギーを圧縮させて肉体に変換させているのだ』


「ふーん、そうなんだ」

 グレンの背中に乗せられながら何とはなしに不思議に思ったことを尋ねた。グレンの言っている事は分かったような分からないような感じだけど、そう言う物だと理解して置いた。


 景色がハッキリ見えないほどの速さで走り続けるグレン。


 灰色の景色はいつの間にか緑色が多くなっていた。どれくらいの距離を走り続けてきたのだろうか?


 徐々にグレンの走る速さが緩んで遠くには木々が生い茂っているのが見えてきた。


 草原の向こうにはどうやら森があるようだった。空は雲1つない青空が拡がっており、地球の空と何ら変わりがない。とてもここが異世界なんて俄には信じられない風景だ。


 どうやらこの世界全てが最初に見た景色の通りでは無かったようだ。あの景色がどの場所か分からないけどその事に少し安心した。


 纏う空気が肌に伝わり温度を感じる事が出来た。季節は日本の春と言ったところだろうか? 


 陽の光が明るい割に気温はそれ程高くない。太陽が真上にあることを考えると時間は昼前後のように思えた。ぐんぐんと森が近よってきた。


 近寄っているのは私達の方なんだけど……。



 気がつくと視界が木々で埋め尽くされていた。森の入り口からは幅2メートル程の土を踏み固めたような道が見えた。そこから森の中に入り、途中から分かれた細い小道を進んで行く。


 良く見ないと見落としそうなくらい細い道だ。


 少し進むと、赤い大きな三角屋根に白い煉瓦の家が見えてきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る