第8話:苺の過去。
結局、オーベルジュのホテルの部屋で休憩はしたがなにも起きなかった。
一吾は案外紳士的だった。
酔ってふらついてる苺を無理やり襲ったりはしなかった。
苺は一吾がヤリチンじゃなかったことに少し安堵した。
酔いが覚めた苺は一吾に送ってもらって自分のマンションに帰って来た。
「おやすみなさい・・今日は楽しかったです」
「僕もだよ、苺ちゃん・・・ってことで来週また会えます?」
「はい・・・」
「次は苺ちゃんのマンションの前にミニを横付けしますから・・・」
「じゃ〜またね、おやすみ」
可愛い真っ白のミニは走り去って行った。
苺はこれから一吾との本格的な時間が始まるんだと感慨深げに思った。
さて苺の就職した会社は、少し変わっていて社員同士が干渉しない。
みんな個別に自分の持ち場で働いていて誰かに余計な気をつかうことはなかった。
黙々と働いて、みんなそれぞれの家に帰っていく・・・それは味気ないと言えば
味気ないことのように思えた。
やはり人は誰かとコミュニケーションを取って生活にハリを持たないと孤独に
なっちゃう。
そう苺は思った・・・だからかこの会社は長くはいられないかもって思っていた。
その後、一吾と苺の関係は揉めることもなく喧嘩もなく順調よく行っていた。
苺は最初は大富豪の息子の彼女ってよくないって私欲に走ったが今は、お金うんぬんよりも、素直な一吾その人に惹かれつつあった。
だから例の募集要項に書かれてあった、高額報酬はまだ一吾からはもらって
なかった。
今は、それさえどうでもよくなっていた。
一吾と付き合い始めて約一ヶ月。
その間一吾は、献身的に苺をいろんな場所に連れて行ってくれた。
だから今は少し落ち着いている。
そしてこの頃には敬語もなく一吾は苺のことを呼び捨てにしていた。
その日はふたりはどこにも行かずに一吾の高級マンションにいた。
苺はマンションの窓から、下界に広がる風景を見ていた。
その風景はもう何度も見ている。
無機質だけど生きずいてる街・・・この光景を見るのが舞子は好きだった。
「ねえ、苺・・・俺たちさ、付き合い始めてもう一ヶ月だよね」
「そうだけど・・・?」
「一ヶ月って早いのかな、遅いのかな?」
「なにが?・・・早いか遅いかって、なにが?」
「あのさ・・・俺たち中学生の恋愛じゃないんだから、いつまでもプラトニック
な関係って不自然だと思わない? 」
「ちゃんとそうだよねって確かめ合った訳じゃないけど俺たち恋人同士だよね?」
「そうだね・・・私は彼女募集に応募したその時点で彼女って言うか、恋人っていうか・・・そのつもりだけど・・・」
「・・・・あのね、イッちゃん・・・ひとつ言っておかなきゃいけないこと
があるの?」
「その話を聞いて、これからのこと判断して?」
「なに?なに?改まって・・・怖いな」
「もっと早く話しておきたかったんだけど、今頃になっちゃった」
「怖くはないよ・・・でも驚かないでね・・・私ね、以前デリヘルで働いてた
ことがあるの?」
「デリヘル?・・・デリバリーヘルス?」
「そう・・・お金が欲しくて、普通のOLしてたらお金が貯まらないでしょ?」
「それでデリヘルで働いたの?」
「そんなにお金が必要だったの?」
「私ね、郊外でもいいから花屋さんのお店が持ちたかったの・・・」
「デリヘル嬢がんばって、ある程度資金貯まったからデリヘルはやめたんだけど」
「でもせっかく貯めたそのお金、ロクデナシ男が全部持って他の女と逃げ
ちゃったから・・・一文無しになっちゃって・・・」
「だから、イッちゃんとこれ以上の関係になるまえに言っておきたかったの?」
「デリヘルやってたなんてこと嫌う潔癖な人もいるでしょ」
「自分の彼女が元デリヘルなんて許せないって人もいると思うからね」
「だからイッちゃん・・・そういうのダメって思うなら、イヤって言って」
「私、なにも言わずに身を引くから・・・」
「・・・・そうなんだ、ちょっと驚き・・・かな」
「でも・・・苺・・・やっぱり君は面白い」
つづく。
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