久しぶりの会話
その声には聞き覚えがあった。もう何年も聞いていたのだ。間違えるはずがない。だがその事実を疑う。
何故今なのか。もう関わることはないと思っていたのに。
「旭…」
俺は久しぶりに声に出してその名前を呼ぶ。声がした方向に目を向けるとやはりそこには旭が立っていた。
信じられなかったが、この目で確認してしまえばそれは疑いようのない事実だった。
「旭から話しかけてくるなんてな…」
なぜだか知らないが皮肉を込めた話し方になってしまう。だが言葉とは裏腹に話しかけられて嬉しいと思っている自分がいる。そんな自分が酷く気持ち悪かった。旭から話しかけられないで悲しかったのなら自分から話しかければ良かっただろ。
「…そう、だよね。高校に入ってから全然話してなかったもんね」
少し寂しそうに笑いながら旭はそう言った。その表情を見るだけで胸が締め付けられるような感覚に陥る。違う。こんなことを言いたいわけじゃない。なのに言葉が出てこない。
「それでなんの用なんだ?」
「えっと…蒼緋って清水さんと付き合ってるの?」
旭の口から出てきた言葉は予想の斜め上の言葉だった。
「は?な、なんでそうなるんだよ」
「ってことは違うの?」
旭はどこか不安げな顔をして俺を見てくる。
「別に付き合ってなんかない。ただ委員会が同じで仲良くなっただけだ」
お互い恋愛感情なんて抱いていない。俺たちはただの友達だ。
「そうなんだ」
それを聞いた旭は何故か安堵したような表情になった。
「…」
「…」
俺たちの間に沈黙が訪れる。旭と話したのなんていつぶりだ?何を話したらいいか分からない。
「そ、そういえば前パンケーキの店行ってたのか?」
俺は苦し紛れにそう言った。
「そ、そうなんだよー。めちゃくちゃ甘かったんだー」
「でも甘いもの苦手じゃなかったか?」
「え?」
旭が驚いたような顔になる。
「あれ?違ったか?」
「う、ううん。覚えててくれたんだ…」
覚えている。当たり前だ。今は旭に対して恋愛感情を抱いていないとはいえ、中学生の頃は好きだったんだ。しかも小さい頃からずっと一緒だった女の子をだ。忘れられるわけがない。
「…まぁな」
俺は少し気恥ずかしくなりぶっきらぼうにそう言った。
「それに…昔はもっと口調が違っただろ?」
これは性格が変わったからとしか言いようがないだろう。
「そんなことまで覚えててくれたんだ…」
「なんだか少し窮屈そうに見える」
俺の勘違いかもしれない。だけどそう感じてしまう。
「…やっぱり本当の私を知ってくれてるのは蒼緋だけだよ」
「ん?何か言ったか?」
「ううん。なんでもない。そうね。ちょっと窮屈かもしれないわ」
旭の纏っている雰囲気がガラッと変わった。
「だろうな」
「えぇ。でも仕方ないの。みんなの求めている
そう言った旭は遠い目をしていた。
「みんなの求めているって…旭はどうなんだよ。本当の自分を殺し続けたままでいいのか?」
俺の問いかけに旭は少しの哀しみが混じった笑顔を浮かべた。
「私の意思なんてどうでもいいの。私は期待に応え続ける。それが私を産んでくれたお母さんへの恩返しだから」
「お母さんへの恩返しって…」
どういうことだ?旭の母親はとても人当たりがよく優しい人だった。そんな人が旭がしんどくなるような期待をするか?
「それにいいの」
「いいって何が…」
「蒼緋が本当の私を知ってくれていたらそれでいいの」
そう言った旭の顔は先程と違って純粋な笑顔に見えた。
「それじゃあ私は帰るから。今日は話せてよかったわ
」
「あぁ…」
教室から出ていく旭に俺は何も言えなかった。
結局旭が何を考えているのか全く分からなかった。
「何考えてるんだ?」
考えていることは分からなかったが、旭も案外変わって居ないのかもしれない。そう思うと少し嬉しい気持ちになった。
あとがき
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