第2話


あれは妹が生まれて間もない頃だった。

両親の視線や注意は妹に集中し、当時の俺は疎外感そがいかんを感じていた。

要するに寂しかったのだ。俺は内向的になり、無口になった。

そんな俺を谷川は気に入らなかったのだろう。同級生らと閉鎖したボーリング場に入り込みサッカーをした際、俺の些細なミスを谷川は責め立て、腹に強烈な膝蹴りを入れた。

体を“くの字”にして倒れ込んだ俺に谷川は「スカしてんじゃねーよ!」と吐き捨て、他の皆を引き連れて帰ってしまった。

俺はしばしの間、地面に伏したまま痛みと屈辱感に泣いた。そして空が暗くなる頃に力無く立ち上がり、1人きりで帰路についた。


薄暗い竹藪たけやぶ沿いの道を歩きながら俺の中を様々な感情が渦巻く。そのどれもがネガティブで不快なものだった。その時、何かに足を滑らせ、俺は道路の上に仰向けにひっくり返った。空からチラホラと雪が舞い降りてるのが見える。俺は上半身を起こし、何に足を取られたのかを確認した。それは車の荷台なんかで使用する細くて硬いロープだった。薄汚れたロープの束を見ながら俺の憤りは一気に跳ね上がり、何らかの出口を強く求めた。


何故それをしようと思ったのか?何故そうしたのか?今では思い出せないが、俺は竹と街灯の間にロープを張った。

小学生だった俺は、それに車やバイクが当たっても、さほど大事にはならないと考えたんだと思う…。


ロープを結び付けると俺は竹藪にしゃがみ込んで悪戯の顛末顛末を見守った。

遠くからバイクのエンジン音が急速に近づあたと思ったら、まばたきをする間に全ては起こり、終わった。


ノーヘルで原付バイクに乗った茶髪の女のくちにロープがめり込んだ。

唐突に固定された頭部に反して身体だけは進行方向に進もうとし、一瞬、手足が道路と水平になる。だるま落としのように原付バイクだけが、すっ飛びしばし後に転倒。

重力により女の手足が下がり、かかとが道路に打ち付けられた。着ていたダウンジャケットの右肩がはだけ、グレーのスエットが見えた。次の瞬間、電灯側のロープがほどけ、女の身体は力なく地面に突っ伏した。


俺は事の大きさに呆然となり立ち尽くした。そんな俺を動かしたのは「誰かに知られたら」という恐怖だった。俺は竹に飛び付くとロープの結び目を手早く外し、強く引いた。倒れ込んだ女の頭が、ぶるんと震え、めり込んでいたロープが外れる。俺は力いっぱいロープを竹藪たけやぶに投げ込んだ。そして全力で走り、現場から離れた。いつの間にか雪が激しくなっている。雪が降りつけるなか俺はがむしゃらに走った。


家にたどり着いた俺は高熱を出し、二日間ほど寝込んだ。そして俺が起き上がれるようになった頃には全ての片が付いていた。

俺が逃走した後、女の遺体の上には雪が降り積もり、翌日その上を通過したトラックの運転手がそれを発見した。だが、トラックに乗り上げられた遺体は損傷そんしょうが激しく悪戯の痕跡こんせきには誰も気付かなかった。



全てを思い出した俺は再び発熱し、次の日をベッドの中で過ごした。そして寝ている間、断片的に様々な悪夢を見た。夢の中では会ったことも無い谷川の家族が慟哭どうこくし、トラック運転手が遺体を発見して絶望していた。


翌朝、まだ微熱はあったが、両親に「急ぎの仕事を思い出した」と告げて家を出た。

そう、俺は、またしても逃げ出したのだ。


俺はポケットに両手を突っ込み、何も考えないようにしながら駅までの道を足早に歩いた。目線は下げ、車道も竹藪たけやぶも眼に入らないようにする。自分の荒い息づかいだけが聞こえる。いや、それ以外の音が混じってるのに気づいた。


“トッ、トッ、トッ…”


まるで足音のような、アスファルトを裸足で走ってるような、そんな音。

それも背後から追ってきてるような…。

いや、違う。これは俺の動悸だ。早くなった心臓の鼓動を過敏に感知してるのだ。

だから俺は決して振り返らない。

音がさらに近づき、誰かが背後から俺の上着を強くつかんだ。心臓が絞られたように、ぎゅっと痛んだが、俺は振り返らない。振り返ったら全てが終わるのが分かるから…。



そこからどういう経路を経たのか、まるで記憶に無いが、気が付くと俺は新幹線のシートに身を沈めていた。全身に強い倦怠感と疲労感を感じる。上着を脱いで見てみると背中には泥まみれの手でつかんだような跡が複数ついていた。


俺は口の中で「だから田舎は嫌いだ」とつぶやき、ちょっとだけ泣いた。




 -Fin-


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