口裂ケ、オンナ

@tsutanai_kouta

第1話

数年ぶりに帰省した。

未だに街灯がとぼしい薄暗い歩道を歩く。

歩道の右側は竹藪たけやぶ、左側には1車線の車道とわずかな街灯、その先には畑が広がっている。要するに笑っちゃうくらい田舎なのだ、俺の故郷は。

寒さに首をすくめた時、歩道と竹藪たけやぶの間に置かれた花束が目に入った。ここらで交通事故でもあったのだろう。ますます寒々しい気分になる。これだから田舎は嫌なんだ…。俺は歩くスピードを少し上げた。



ようやく実家に到着。

家に入ると、あとはもう、手垢のついた懐かしい日常だ。妙にウキウキした母に迎えられ、居間で置物みたいになってる父に声を掛け、不用物の収納場所と化した自室に手荷物を投げ込むと居間に戻る。居間の炬燵こたつには既にコンロと鍋が設置されていた。

母が大きな声で「奈緒!ご飯!」と妹を呼ぶ。年の離れた妹がスマホ片手に仏頂面ぶっちょづらで登場。家族四人が揃ったとこで団欒だんらんの開始だ。


家族で鍋をつつきながら、母は俺に仕事のことや普段の食生活、結婚の予定などについて矢継やつぎ早に聞いてくる。俺は適当に返答しながらも母のテンションの高さに、もう少し帰省の頻度ひんどを増やした方がいいのかな…と殊勝しゅしょうなことを考えたりした。


質問が尽きたのか母は近々のローカルな話題を繰り出す。


「昔ボーリング場があった場所にイオンが出来た」

「少子化から小学校が統合する話がある」

「小学校の同級生だった谷川君の御家族は今年も献花しに戻った」


などなど、正直どうでもよい内容ばかりだ。しかし、何故か母親って俺が覚えてないような子供の頃のことを記憶している。

でも「谷川の家族が献花」て何だ?

俺はビールを口に運びながら


「谷川ってどんな奴だっけ?」


と聞いてみた。母曰いわく「体が大きくて、やんちゃだった」とのこと。ああ、なんか思い出した。粗暴な気分屋で苦手だったわ。ただ俺の中の「谷川」の記憶は小学生の途中で途絶えている。それを察した訳ではないだろうが、母は追加情報を語り始めた。谷川が小学三年生の時、姉を交通事故で亡くし、ほどなく家族で他県に引っ越したという。それでも姉の命日には家族の誰かが事故現場に花を供えに来るらしい。俺は帰り道で見かけた花束を思い出した。

そこから母は急に話題を変え─


「ねえ、あんたが地元に帰りたがらないのって、やっぱり“口裂け女”が怖いから?」


とニヤニヤしながら聞いてきた。唐突にイジってきたな…と俺が渋い顔してると、食事中もスマホから目を離さなかった妹まで顔を上げてこっちを見てきた。

俺は小さく溜め息をつくと、小学生の頃にクラスで「口裂け女」が流行したこと、俺が一時期、「口裂け女」の悪夢にうなされ、夜中に起きては泣いていたことを妹に簡潔かんけつに説明した。妹は興味なさげに「ふーん」と言うと、またスマホに視線を戻した。


「口裂け女」の話題が終わると妹は、そそくさと部屋に引き上げ、母も後片付けを始めた。父は相変わらず置物みたいにテレビを眺めてる。…本当に置物かもしれん。

俺も「疲れた」と言い残し、自室に引っ込んだ。自室とは言え、使わなくなった家電や雑貨の置き場所になっており、昔と変わらないのはベッドの上くらいだ。俺はベッドに少しだけ横たわるつもりが、いつの間にか眠ってしまった。そして子供の頃以来の悪夢を見た。



真っ暗な空間に女が1人、たたずんでいる。肩まである髪は赤茶けた色味をしており、肌には血の気がなく、まるで蝋燭のようだった。眼球がこぼれ落ちるほど目を見開いているが、そこに何の感情もこもっていない。口は耳元まで裂けており、幾筋もの血が滴っている。その血は女が着ているグレーのスエットに幾つもの染みを作っていた──。



ああ、これだ。俺が子供の頃に何度もうなされた悪夢だ。だが、大人になった今、改めて見る悪夢に違和感を感じる。

何故、女はピクリとも動かないのか?

悪夢なら追いかけてきてもいいもんだが…。それに黒髪じゃなく茶髪なんだ?

そして着ているのがスエットって…。


次の瞬間、俺は飛び起きていた。額には脂汗がにじんでいる。俺の脳内で曖昧だったり排除していた記憶の断片、聞き及んだ情報が徐々に合致していく。心臓の鼓動が早まる。口からくぐもった呻き声が洩れた。


俺が頭の中で復元した記憶は出来れば一生封印しておきたいものだった。


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