アングスト変奏

今日、わたしは仮釈放される。

鎖に繋がれ閉じ込められている奴らから受けた屈辱を常に忘れず慎重に計画を練ってきた。

これはわたしに対する不当な監禁の正当な対価だ。

わたしは懲役期間ずっと復讐計画だけ考えその発展・修正に時間を費やせると思っていた。

しかし、ある晩看守に起こされた。

面会者がいるという。

わたしは強制労働をさせられている際もずっと沈黙を守ってきた。思考に集中するために。そして時間外労働をして愉しみのための資金を貯めた。

わたしは完全におかしいと感じとった。

こんな深夜に面会など許可されるわけがない、それに廊下も消灯されて看守の警棒と足元(この日も黒光りした革靴だ。ここの看守は自分の吐いたツバで囚人に靴を拭かせるのが好きなのだ。)しか見えなかった。

こいつに導かれ部屋に入る。

面会室は初めてだ。少々明るすぎる照明が真っ白な壁に反射し目が眩む。近くで扉が閉まり鍵のかける音が聞こえた。

目が慣れて周囲の状況がわかるようになってきた。目の前には誰もいない、ただ机があるだけだ。向こうの机の影も覗きこんでみたが、人がいる気配がない。面会室は空だった。こちら側はおろか向こうにも外にも気配がない。逃げれないか、こちらと向こうを隔てる透明な板を軽く叩いてみる。特殊セラミックの一種だろう。生暖かい。普通の防弾ガラス等より強固にできているはずだ。ここに永遠に閉じ込められるんじゃないかと考え、急に不安に襲われた。だが、どんな環境にも適応して自分の考えるべきことだけに没頭できるのは、わたしの数少ない長所の一つだ。

この状況にも慣れ例の計画について考えを巡らせる。車をどう確保するか?女をどこで探すか?警察に遭遇した時は?得物は何にしよう?

頭の中の女に鉈が35回目(わたしは二度数え直さないと気が済まないたちなのでこの数字は間違いない!)振り下ろされたちょうどその時に向こうのドアが開いた。

現れたのはニヤケ面の二十代半ばの男だった。

来てそうそうわたしに計画を知っていると伝えてきた。わたしはひどく困惑した。いかなる場面でも沈思黙考してその計画の概観どころかここに来て一言も発したことはないからだ。

ここに入ってから計画を創ったのだから知るはずがない。

わたしは嘘をつくな!とここに来て初めて口を開くと男は笑みを浮かべながらわたしがここで考えた計画に関係あるものそれがまだ抽象的枠組みしかできてなく、空論の慰めに近いものだということ今さっきも鉈で女を切り刻んで殺す妄想していたと的確に指摘してきた。

男はわたしに何かするわけでなく、況んや邪魔しないと言ってきた。ただ、わたしを題材にした映画が撮りたいだけだと。

わたしを驚かせると悪いしあまりカメラを意識してほしくないと男は言って、それだけ言って部屋を後にした。わたしは自分の扉に向かい部屋を開けるとそこはいつもの独房だった。単に記憶が抜け落ちているだけかもしれない。

そう思い看守に聞いても知らん、そんな面会記録はなかったと言ってきた。

細かい文字がびっしり書いてある書面にサインし、刑務所からタクシーを拾いウィーンに向かう。

タクシーに揺られている間暇なのでサイドミラーを見ていると後ろに人を輸送できるとは思えないようなものがついてくるのに気づいた。後ろを振り向くと面会室であった男がアームの先端部の椅子に座りバズーカのようなカメラを回し自律移動するクレーンに乗ってニヤケ顔でついてくる。とても奇妙な光景だが皆平然としている。

わたしが収監されている間に世界の流行が変わってしまったのか?これは周りにとって見慣れた光景なのか?マイクも無いのに音声はどうするんだ?アテレコか?それとも今時サイレントか?

そうこうしていると目的地ウィーンに近づいてきた。一番近い雑貨店によるよう運転手に言い。あまり後ろを見ないようにした。ブレーキパッドが擦り切れているのかキィぃぃという異音が鳴り響いた。こういう高音が特に苦手だ。頭の中でキィぃぃという音が残り続けた。

わたしは刑務所で自家製密造酒(発酵する条件さえ揃えば簡単にできる)を売って得た金でタクシー代を払うと(運転手はごぼごぼと濁った発音で話す男だった「キぃキぃごぼごぼになりbます。キぃぃぃじbぶんbで…ごぼぼぼぼ…さい。オロロロロロ」)シートベルトをこいつの首に巻き思いっ切り引き絞る自分の姿を想像して思わず勃起してしまった。バレると面倒だ。大きくなったイチモツをどうにか身体をひねって運転手から死角になるように調節して誤魔化しキィ雑貨店で鉈を探すが見当たらない。店員に聞くと鉈はないらしいのでバーベキューセットを買った。キィ それを選んでいる時に棚の間からカメラを構えたあの男が覗いていた。キィキィ目線を合わせると小声でわたしはKだと自己紹介してきた。Kはさらに、近くにダイナーがあるのでそこには君好みのスタイルの若い娘がよく利用するから獲物を物色できると言ってきた。キィ

ダイナーの場所を細かく教わり徒歩で向かうとなるほど確かにすらっとしてわたし好みだ。ダイナーでウインナーを頼み、女たちと対面になるような位置にある席についた。キィ生唾飲み込みながらマスタードのついたそれを食べ視姦していると女たちは外に出た。後をつけるため、バーベキューセットが入った長方形の鉄製のケースを持ちダイナーを後にする。キキッ

チラチラと女たちは後方確認してくるのでわたしに気があるのかと思い微笑みかけると彼女らは足を早めた。早歩きだったのがだんだんと速度を上げ終いには短距離走をしているかのようになった。結構な重みあるバランスの取りづらい手荷物というハンデを負っているとは言え女たちの足が速すぎる。心臓の鼓動が早まる度に幻聴の間隔も短くなっていく。キィキィキィキィキィキィキィキィキィキィキィ大事に胸に抱きかかえた鉄製の箱がいつの間にか少しずつ質量を増す。疲れているからそう感じるのではない、実際にどんどん膨らんでいるのだ。横に倒すように箱を持ち替える。

視界で女たちが合体し一つのうねうね動く生物になり、最早ダニのような”・”になった時わたしは追うのをやめた。耳元に大音量でキィキィキィキィキィキィキィキィキィキィキィキィキィキィキィキィキィキィとなっているのを想像してみてほしい。空気を吸おうと無意味に口をパクパクする。わたしは気分が悪くなり、身長を超えるくらい成長したバーベキューセットにもたれかかる。くたびれて辺りを見渡すと大きめの屋敷があった。

西部劇の酒場の開き戸を巨大にしたような扉。

押すと閂がかかっていない。キィずぼらな一家だ…なぜ一家だと思ったのか、しかしここは知っている気がする。足を踏み入れると頭の奥に異物感を感じた。バーベキューセットを引きずりながらじっくり観察するとキィ灰色にしかみえない芝、水垢のこびりついた汚い石畳、地下室から外まで繋がっているトンネル(ここからは一切見ることができないのにそれを直観した)、例のニヤケ面の男Kが電動車椅子に乗ってわたしを中心に円周上をくるくる進んでいた。玄関には鍵がかかっている。パラパラパラと上から音がする見上げると時代錯誤な空撮用ドローンが遥か頭上を旋回していた。異物感は今では酷い頭痛に変わっていた。侵入口を探すため裏手に回るとまるでわたしのためにあらかじめそうしてあったかのように窓ガラスが割れていた。キィキィ家にお邪魔し居間に原型のないバーベキューセットを置き、洗面台に向かい水を飲み干す。カメラが顔の真ん前まで接近し、幻聴も頭痛も収まるどころか激しさを増す。

耐えられない痛みだ。誰かに延髄から手を突っ込まれ前頭葉を握りつぶされてるかのようだ。わたしはソファーに座り休もうとした。いきなりブゥンと音がなりテレビが点いて青白い光が目を貫く。手には固くリモコンを握っていた。そこではここに似た部屋が鏡像になって写し出されていた。でも、全く同じではない。そこではわたしと正体不明の4人━そこの一家だろう、遺伝性疾患で全身不随の息子、メガネを掛けて教科書を抱えた若い娘、禿げ上がった頭がラテックス製の被り物のようにピンッと張りそれと対蹠的に目が垂れ下がり肉の中に埋没した酒樽みたいな爺さん、月の意匠が施された売春婦みたいな格好して家につくなり上着を脱ぎトップレス姿になった婆さん(家族公認で勃たなくなった夫の代わりに息子と━読み取れるその知性と反比例してぐんぐん育ったその巨根の持ち主たる息子とセックスしていたに[それも毎晩!]違いない)━が何やら喚いているようだった。画面の中のわたしは通帳を渡そうとしてくる初老の娼婦を殴りつけベルトで絞殺し、バーベキューセットを開け頭の寂しい老人をそこに蹴り入れ、家にあるダクトテープで唯一人間としてまともな姿をした娘を縛り上げた。rainbow frog biscuitsの『It's All Fake Anyway』を口ずさみながら息子が乗った車椅子を押し階段を登る。一段ごとに息子(と言ってもいい年いったおっさんだが)の飽満な身体が揺れる。身体丸ごとグロスターチーズの塊のようだ。意外なようだがブヨブヨしていない。固く脆い。今にも崩れ落ちそうだ。風呂場に着くと気の利くことに風呂桶にはお湯がなみなみと溜まり溢れていた。

幻聴とテレビの音声、頭痛の織り成す交響曲に飲み込まれ苦痛が極点を超えて快感に変わっていった。

突如わたしの身体は金縛りにあい、微動だにすることができなくなった。

目の前の息子は油の切れた立て付けの悪い肛門のような酷い音をたててゆっくり立ち上がり、ノロノロ風呂へ向かうと[わたしはボケっとしばらく入れていなかったんだろう。シャワーの方が時短になるのにそこまでして入りたいのかと思いを巡らせていた。]

いきなり、バキィという音を立て自分の首を180°捻じ曲げて頭から湯の中へ飛び込み何処かへ消えてしまった。

一瞬目が合ってしまい、わたしは小さい頃に親に命令されて子犬を捨てに行った時のことを思い出した。わたしはその子犬と離れたくなくて必要ないのにボートに乗り湖の真ん中まで漕ぎ出した。周囲には霧が立ち込めここが本当にど真ん中どうか、もしかしたら地球の端にいてそこから落ちて宇宙に投げ出されてしまうのではないかと不安になった。子犬の首輪に15キロのダンベルを括り付けじっと顔を見た。遊んでもらえると思ったのか子犬はわたしの顔を舐めてきた。その目は淀んで偏ったところのない澄んだ透明な黒色をしていた。そのまま見つめ合い、そういえばこんなに一緒にいるのに名前をまだ付けていなかったと思い考えそしてそれを確かにするために誰もいない、誰も聞いていないのにその名を声に出そうとした。「こ‥」っと一文字言ったその瞬間ダンベルの重みに耐えきれなくなったボートは底が抜け二人とも水の中に沈んでいった。水の中は青いところなんてない。白と黒のモノクロの無音の世界だった…

身体が動かせるようになり、風呂の中に手を突っ込むとそこには何か手で掴めるものがあった。握り込み水中から引き揚げ、手をひらき見てみるとそこには男根があった。それは萎びて縮まり皮を被(かむ)っていた。息子は男根だけ残して何処かへ消えてしまった。階下に戻り、女をガムテで縛り付けたドアノブ(┝こんな感じの取っ手になってて上下に動くやつ)の方に目をやると女はドアノブを壊してイモムシのようにズルズル這っていた。居間のバーベキューセットはいつの間にか中肉中背の人物を立たせて3人くらい収容できそうなロッカーのようになっており、開けると鉄の壁と老人が同化していた。ビール腹は一層膨らみ余り皮は跡形もなく引き伸ばされていた。その腹を触りぐぃっと力を込める。最初は指が埋まっていたのが手全体になり、前腕が完全に沈んだ。中に硬いものがあり、最初は背骨かと思ったがどうやら違う。一気に引き抜くとそれは面会室で妄想した鉈だった。それを利き手に持ち替え[無論ここでは読者諸君の利き手を想定している。少しくらい愉しみがあったって構わないだろ?]それを女に振り下ろした。[邪魔するのは野暮だ。後は諸君にお任せしよう。]

***

事を無事終えたわたしはやっと静寂が訪れ心地よい絶頂感に包まれて目を閉じると眠りに落ちていった。

そこは真っ暗な空間だった。隣にはあの娘が血まみれで横たわってるのがわかる。キレイな女性と一緒に狭い空間に閉じ込められるのは苦手だ。少し前にお互いにその身体の肉を口にしたのに。口の中に違和感がある。あるはずの感覚がない。舌のあった根から液体がごぼごぼ溢れ出し気管に入り咽せる。

どうやら車のトランクにいるらしい。そのブレーキ音に聞き覚えがある。しかし、どこから聞こえているかはわからない。ここにはスカラー場のように方向がない。今度は幻聴でない二人でごぼごぼとモーラを汚すあの運転手のタクシーに乗っているのだ。「ウィーンまで」わたしを本物のウィーンまで…世界の果てまで連れてって!

仰向けになって彼女の手を握る。冷たく握り返してくる。暗い虚空に模様が浮かんでる。目を閉じてもそれは消えない、どうやら網膜の中の文字らしい。初めは滲んで判読できない。目を凝らしているうち、カメラのピントが合うように文 字が 鮮明になる。そこにはこう書かれていた。

キィぃぃ…キィぃぃ…キィぃぃ…キィぃぃ…キィぃぃ…キィぃぃ…キィぃぃ…キィぃぃ…キィぃぃ…キィぃぃ…キィぃぃ…キィぃぃ…キィぃぃ…キィぃぃ…キィぃぃ…キィぃぃ…キィぃぃ…キィぃぃ…キィぃぃ…キィぃぃ…キィぃぃ…キィぃぃ…キィぃぃ…キィぃぃ…キィぃぃ…キィぃぃ…キィぃぃ…キィぃぃ…キィぃぃ…キィぃぃ…キィぃぃ…キィぃぃ…キモチぃぃ…キモチぃぃ…キモチぃぃ…キモチぃぃ…キモチぃぃ…キモチぃぃ…キモチぃぃ…キモチぃぃ…キモチぃぃ…キモチぃぃ…キモチぃぃ…キモチぃぃ…キモチぃぃ…キモチぃぃ…キモチぃぃ…キモチぃぃ…キモチぃぃ…キモチぃぃ…キモチぃぃ…キモチぃぃ…キモチぃぃ…キモチぃぃ…キモチぃぃ…キモチぃぃ…キモチぃぃ…キモチぃぃ…キモチぃぃ…キモチぃぃ…キモチぃぃ…キモチぃぃ…キモチぃぃ…キモチぃぃ…キモチぃぃ…キモチぃぃ…キモチぃぃ…キモチぃぃ…キモチぃぃ…キモチぃぃ…キモチぃぃ…キモチぃぃ…キモチぃぃ…キモチぃぃ…キモチぃぃ…キモチぃぃ…キモチぃぃ…キモチぃぃ…キモチぃぃ…キモチぃぃ…キモチぃぃ…キモチぃぃ…キモチぃぃ…キモチぃぃ…キモチぃぃ…キモチぃぃ…キモチぃぃ…キモチぃぃ…キモチぃぃ…キモチぃぃ…キモチぃぃ…キモチぃぃ…キモチぃぃ…キモチぃぃ…キモチぃぃ…キモチぃぃ…キモチぃぃ…キモチぃぃ…キモチぃぃ…キモチぃぃ…キモチぃぃ…キモチぃぃ…キモチぃぃ…キモチぃぃ…キモチぃぃ…キモチぃぃ…キモチぃぃ…キモチぃぃ…キモチぃぃ…キモチぃぃ…キモチぃぃ…キモチぃぃ…キモチぃぃ…キモチぃぃ…キモチぃぃ…キモチぃぃ…キモチぃぃ…キモチぃぃ…キモチぃぃ…キモチぃぃ…
















⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛

☀⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛🦅

⬛⬛『ネタバレ注意』⬛

⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛

⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛

⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛

🌝⬛⬛⬛モチ⬛⬛⬛⬛🐍

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

プロット @Yoyodyne

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る