第18話 妻の死

~族長執務室~

龍算の柘榴亭での守番が始まってはや半月、守番は順調だ。

龍希はまだ族長業務に慣れてない上、幼い子が3人いるということで守番には参加せず本家に居た。

竜湖から今日も山のように仕事をふられているところで、扉をノックする音が聞こえた。


「失礼します。族長」

竜杏がやってきた。


「龍賢様の妻が今朝、亡くなりました。」


「あ~ついにか。」

龍希はため息をついた。


龍賢の狼族の妻は、龍賢が成獣になると同時に嫁いで今年で37年目だったらしい。

父の熊妻亡き後は最古参の妻だった。

数年前から体調を崩していたそうで、龍賢が激務の族長補佐官を辞退した理由の一つに妻の病気もあった。

父のように、龍賢はしばらく巣から出られないだろうな。


「龍韻と龍景は大丈夫そうか?」

「はい。2人ともとっくに親離れしておりますので。」

「分かった。葬儀はお前と龍韻、龍景に任せた。2人の守番は5日ほど免除するよ。」

「畏まりました。2人に伝えます。狼族は妻の遺体を引き取りませんので紫竜領の墓地に埋葬予定です。」

竜杏は一礼して下がっていった。


しっかし37年か。

父の熊妻は40年以上だっけ?

やっぱりこの2種族は頑丈だなあ。

ワニは20数年で離婚したし、他の妻は長くても15年程度だ。


「シーヨちゃんの嫁入りが間に合って良かったわ。狼族は婚姻関係にない相手とは取引してくれないからねぇ。」

竜湖の言葉に龍希は頷いた。

「龍算はかなり結納金を積まされたみたいですけどね。」

「狼族は賢いからねぇ。後継候補レベルの夫しか受け付けないのよ。まあでも、孔雀との一件で狼族から受け取った礼金を龍算に渡したんでしょ。あんた、なんだかんだ面倒見がいいわねぇ。」

「違いますよ。俺の代わりに龍算が孔雀領と狼領まで出張した対価です。」

「はいはい。それにしても今の孔雀族長はやり手ねぇ。あれから捕えた侵入獣人の返還でも儲けてるらしいわよ。」


「なんでそんなに侵入獣人が多いんですかね?」


「黄虎領への近道らしいわ。あと、先代族長時代には不法侵入を放置してたからなめられてるのよ。まあ、黄虎の眷属や狼相手じゃどうしようもなかったでしょうね。」

「先代の孔雀はそのことについては父上と何も取り決めなかったんですか?」

「みたいねぇ。私は何も聞いてないわ。まあ仲悪かったし。」

「・・・」


「あ、そうそう。カバの妻を早めに補充した方がよさそうよ。」


竜湖は困った顔でそう言った。

「龍景はやっぱ無理そうですか。」

「ええ、困ったわー。嫁入りの翌月から子作りしてなくてね。あんたが変なこと教えるからよ!」

「変なこと?教える?」


「そうよ。あんたがカラスと離婚した方法を龍景も真似てんの。」


「・・・離婚って前の妻の希望じゃなかったんですか?」

「違うわよ。あんたの希望」

「え?でもカラスは実家に戻ったんですから、離婚を望んでいたんでしょう?」

「あんたがカラスが実家に戻らざるをえない状況を作ったのよ。花見会の時の仕打ちなんて見てられなかったわ。」 

「花見会?そういえば前に龍雲もそんなこと言ってたなあ。全く覚えてないですけど。」

「でしょうね。でも花見会に参加してた妻たちは覚えてる。ついでに秘密裏に実家に密告したやつらもいて、あんたの再々婚相手なんてまず見つからないから、芙蓉ちゃんを大事にしなさいよ。」


「してますよ。俺は何があっても別れませんからね!」


「本当?芙蓉ちゃんの身体をちゃんと労って休ませてあげてよ。あ、で、カバとの縁談よ。誰がいいかしら?」

「あ!そういえば前に龍雲が相談に来ましたよ。」

「ああ、あのジャガー妻ね。うーん、まだ年齢的には妊娠は可能だけど、まあ15年くらいだっけ?ありねぇ。」


「そういえばなんでジャガー妻は一度も妊娠しないんですかね?」


「さあ?龍雲は毎年子作りしてるらしいけど、相性悪いのかしらねぇ。うーん、ジャガーは黄虎との戦争でシリュウ香の取引量もがくんと減ってるし、龍雲があんたに離婚を相談してるくらいなら、竜紗に進めさせますわ。竜和はいま龍算のところで守番中ですから。」

「ああ、任せ・・・ん?」


噂をすれば、竜紗の匂いが近づいてくる・・・


「ぞ、族長!り、龍雲の妻が急死しました!」


竜紗が駆け込んできた。

「は?ええ!?」

これには龍希も竜湖も驚いた。

「急死?どういうこと?」


「龍雲は今朝から守番で巣を不在にしてまして、昼前に入浴した妻がいつまでも風呂から出てこないので、不審に思った侍女が見に行ったら、妻は浴槽に沈んでいたというのです。

龍雲の執事に呼ばれてシュシュと一緒に駆けつけた時には妻はもう死んでいました。外傷もなく、本家の侍女も入浴前の妻には異変はなかったと言っているので、突然死のようです。

そこに守番を終えた龍雲が帰ってきて・・・正気に戻るには時間がかかりそうです。」


「ん?龍雲は離婚したがってたのにか?」

「龍雲は本気ではありませんよ。妻にしっかり執着しておりました。離婚が嫌だから、結納金の返金なんて無茶を言っていたと竜和から聞いています。」

「そうなの?」

龍希は驚いた。


『ならそう言えばいいのに。龍雲も変な奴だなぁ。』


「ちょうどいいわ。火葬するといってジャガー妻の遺体を引き取ってきなさい。燃やす前に解剖して調べるわよ。妊娠しなかった理由が分かるかもしれない。」

竜湖は竜紗にそう命じるが、


「いや、龍雲が許さないでしょう。解剖なんて。」


龍希は呆れた。

「あとで燃やしちゃえば分かんないわ。龍雲は序列が低いんだから無視よ。」

「ええ!?」

龍希はドン引きした。

「今さら妊娠しなかった理由なんてどうでもいいでしょう?さすがに龍雲が気の毒ですよ。」

「何言ってるの!?ジャガーは龍雲の結婚当時、黄虎の眷属だったのよ。妻の身体を調べとかなきゃ。大体、黄虎の眷属との結婚なんて皆反対してたのに、龍雲の父が強行したのよ。うちの内部情報が時々、黄虎に漏れてたのはあのジャガーの仕業かもしれないから荷物も徹底して調べなきゃ。」

竜湖の言葉に竜紗は頷いた。


龍雲・・・こいつも父親のせいで苦労してんだなぁ。

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