白鳥編

第17話 龍韻

~紫竜本家 稽古場~

娘が龍示の巫女を果たした翌日、龍希は昼食後に稽古場で運動をしていた。

族長代行になって以降、リュウレイ山にシリュウ石を取りに行くこともできず、龍風の守番以降、雷を出すこともないので身体がなまって仕方ない。

それにデスクワークばかりでは息がつまるのだ。


「ん?」


この匂いは・・・


「族長!」

「よお、龍韻。昨日守番だったのにもう稽古か?」

「いえ、族長にご相談が・・・」

「なんだ?」


「昨日、龍灯・・・様から聞いたのですが、龍景の妻が龍緑殿と龍兎の妻たちとお茶会をしたのですか?」


「ああ、新年会の後にな。」

「なんでですか!?龍兎はともかく龍緑殿は序列が高いのに!」

龍韻はなぜか怒り出した。

「さあな。竜夢が選んだんだ。」

「おかしいじゃないですか!俺の方が龍景より序列が高いのに龍緑殿からそんな話は全く・・・」


「いや、龍景の妻の希望だったらしいぞ。」


「はあ?なんであいつのために龍緑殿が?あいつら仲悪いのに!」

「ん?そうなのか?」

龍希は首をかしげる。


カバ妻を始末するって意気投合してたような・・・


「族長も龍緑殿も龍景を甘やかしすぎですよ!序列の秩序が・・・」

「龍景の序列が低いのは成獣したばかりだからだろ?あいつは龍緑ほどじゃないが雷の力は強いし、よく働くからすぐに上がるぞ。」

「はあ!?あいつは悪さばかりで言葉遣いもなってないガキですよ!」

「いや、普段はそうだが、仕事のオンオフはちゃんとしてるやつだぞ。俺や龍賢だけでなく、あの龍光だって龍景が成獣する前から仕事を任せてたくらいだ。」

「ええ!?あの龍光様が!?嘘でしょう?」

龍韻は驚愕している。


「そういや、龍景が修行を始めるのとほぼ同時にお前は成獣して独立したんだっけ?龍賢に聞いてみろよ。」


龍韻と龍景は同じ母だが、10歳も離れている。


「あ、いや、父はいま母のことでいっぱいいっぱいで・・・」


龍韻の表情が暗くなった。

「なら龍景に・・・お!」


噂をすればなんとやらだ


「龍希様!」

龍景が稽古場に入ってきたのだが、

「げ!龍韻」

龍景は兄を見るなり嫌そうな顔になった。


「龍韻様だ!言葉遣いに気を付けろと何度言わせるんだ!」


龍韻は龍景を怒鳴り付ける。

「お前ら同じ母親なのに仲悪いのな。なんでだ?」

龍希は不思議で仕方ない。


『俺の子達は喧嘩はするが、仲がいい。兄弟に会ってこんな嫌な顔をすることなんてないのに・・・』


「止めてくださいよ!こいつのせいで俺は苦労ばかりしてきたんですから!」

「いや、おま・・・龍韻様に苦労かけた覚えはないです。」

「まあいいや。それより龍景、お前は何の用だ?」

「あ、そうでした。父の代わりに狼族のシリュウ香をもって参りました。どちらに保管しておきましょう?」

「ああ、ご苦労さん。この後15時から狼族と取引なんだ。龍賢の代わりにお前が同席しろ。」

「は?え?なんで龍景が?」

龍韻は驚いている。


「龍賢も龍算も動けないからな。こいつは成獣前から龍賢を手伝って狼族のシリュウ香をほぼ代わりに作ってたから、狼たちと面識もあるし。」


「ええ!?嘘でしょう!母上はこいつが嫌いなのに・・・」

「取引には関係ないだろ。龍賢は妻と商売の線引きはちゃんとしてるやつだし。」

龍希の言葉に龍景も頷いている。

「いや、だって俺には成獣前も後も狼族の手伝いなんて・・・末端の取引先の手伝いばかりで・・・」

龍韻はショックを受けている。


「ああ、小さいとこは龍韻に任せてるからって、俺には黄虎とか狼とかでかいとこの手伝いさせてるぞ。父上もだいぶ歳なのに、補佐官筆頭の仕事に守番にと、ここ数年すげえ忙しかったからな。」


「お、黄虎!?嘘だろ!?なんでお前が主要取引先まで・・・」

「こいつは虎相手でもびびんないからな。」

龍希はそう言って龍景の頭をぽんぽんと叩いた。


「さすがに虎の巣に雷落とす度胸はないですけどね。」


龍景はニヤリと笑って龍希を見る。


「それより、なんで龍韻・・・様がここに?」

「あ、そうだ。お前、何の用だったっけ?」

「あ、そうです。俺の妻にも序列が上の奥様と話をする機会を頂戴したいのです。」

「俺は別に反対しないから、守番に頼んで進めてもらえ。」


「俺から序列の高い方に頼むなんて出来ませんよ!龍景のような無礼者と一緒にしないで下さい!」


「悪かったな。無礼なのはあのカバだよ!」


「自分の妻になんて言い種だ!ましてやカバ族長のお嬢様だぞ!」

「嫁の貰い手がほかにないからうちに売られてきたんだろ。あいつの妹が婿をとって後継者に内定してるらしいし。」

「それでもお前には過分すぎる妻だ!」

「羨ましいのか?俺はあのカバ要らないから譲るぞ。」


「はあ!?何バカ言ってんだ!お前!」

龍韻は図星だったようだ。

「いや、もうマジで無理です!龍希様!お酒返すんで、あのカバ追い出して下さいよ!それか俺が巣から出たいです。」

龍景は必死な顔で訴える。


「いや、なんでお前そんなにカバを嫌ってんだ?」


「カバから喧嘩売ってきたんですよ!うるせえ注文にできるだけ答えて巣の工事をしたのに、思ってたのと違うだの、補佐官なのに序列が低いだの、結婚した途端に父が補佐官筆頭じゃなくなっただの、人族が龍緑と結婚したのが気にくわないだの・・・

選べる立場でもねぇくせに!

龍希様が散々、カラスの悪口言ってたのがよく分かりました。

獣人のくせに何様なんすか?

嫌ならとっとと出てけって思いますよ!」

龍景の愚痴は止まらない。


「妻の文句や愚痴なんて聞き流せよ!離婚なんて冗談でも口にするな!」


龍韻が説教するが、


「冗談?俺は本気だよ!」


そう言う龍景の目はマジだ。


「龍景、お前の話をゆっくり聞くから俺の部屋に行こうぜ。稽古終わりに飲もうとカカに準備させたチンパンジー族のビールがあるんだ。」

「え!?いいんですか!」

龍景はとたんに笑顔になる。


「お前にも昔、散々俺の愚痴を聞いてもらってたからな。お互い様だ。」


妻と出会う前、龍緑や龍景を枇杷亭に呼んで愚痴の相手をさせたことは覚えている。

どんな愚痴を言っていたかはもう覚えてないが。


「え!?族長、俺の話はまだ・・・」

「ああ、龍韻、お前の話も分かった。俺から竜湖にお前の妻たちのお茶会をセッティングするよう指示を出しとくから、待ってろ。」

「あ、ありがとうございます!」

喜んで頭を上げる龍韻を残して、龍希は龍景を連れて稽古場を出た。


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