第16話 道を示す子

6月、龍算に無事、息子が産まれた。

龍希は馬車で一緒に神殿に向かう。

巫女を務める娘は大丈夫かな?



~竜神の神殿~

「おめでとうございます。りゅうさんさま、ぞくちょう。」

竜琴は紫髪をハーフアップにし、真っ白の巫女服を着て、神殿の最奥にある祭壇の前で待っていた。

娘の髪は毎朝、妻が束ねてピンクのリボンをつけている。


「なまえはもうきまってます。わかさまですね。」


「え?もうご存じなのですか?」

龍算は驚いている。


そういえば、こいつは初めてだったな。


「りゅうじんさまから、きいてます。ははのシーヨさま、からおうまれ、になった、このなまえは、りゅうじです。

おすりゅう、のりゅうに、しめす、のじ。

たいせつにまもり、おそだて、ください。

りゅうじがそのなの、とおり、いちぞくに、すすむべき、みちを、しめす、ひまで。」


竜琴は時々口ごもりながらも、時間をかけて言い終わるとふうと息をはいた。


「龍示ですか・・・む、息子も役割を与えられた子なのですね。」


龍算はまた泣き出した。

竜琴はにこりと微笑むと、祭壇の上にある赤黒いの実を手に取って龍算に渡す。


「おくさまと、いっしょに、おめし、あが、り、ください。くわ、のみです。」

「ありがとうございます!ひめ・・・いえ、巫女様」


龍算は大泣きだ。

大粒の涙が止まりそうにない。

その横で龍希は呆然と竜神の巫女を見ていた。


これほんとに俺の娘?


普段と全然違うんだけど

こんなに堂々として作り笑顔までしてる!


「まだいいの?トリきてるよ。」


竜琴が困った顔で龍希と龍算を交互に見る。

「は!急いで戻ります!」

龍算は我に返ったようだ。

「竜琴も一緒に帰ろう。」

龍希がそう言って両手を伸ばすと、娘は素直に寄ってきたので、龍希は抱っこして馬車に乗った。


「疲れてお眠りになりましたね。まだこんなにお小さいのに立派な巫女様でございました。さすがは奥様のお子様ですね。」

龍希の腕の中で寝てしまった娘を見ながら龍算は感心している。


「・・・俺の子でもあるんだけど。」


「あなた様が子どものころは悪さばかりで目が離せませんでしたよ!宴会でもすぐどこかに行ってしまってお目付け役にされた私と龍光様は大変だったんですから!」

龍算は怒り出した。


『そう言えば9歳上の龍算ともう少し年上の龍光にしょっちゅう追いかけまわされてたなあ・・・』


「それに比べて・・・若様たちは皆、賢くなんとお行儀のいいことか。奥様の血と御教育の賜物に違いありません。」

「・・・」

龍希は拗ねた。



~柘榴亭~

龍希たちが龍算の柘榴亭に戻ると庭にはトリの死骸が積み上がり、襲撃は終わっていた。


「パパ~のどかわいた」


到着直前に起きた娘がぐずり始めた。

「姫様、どうぞ私の巣に寄っていってください。ジュースをすぐに準備させます。」

「悪いな、龍算」

「何を仰います!大切な息子の巫女様ですから、さ」

龍算に促されて、龍希は娘を抱いて屋敷に入った。



~執務室~


龍示りゅうじか!いい名前だなぁ。龍算、よかったな!」


守番の龍灯は子狼を抱っこしてまた泣いている。

「ああ!俺もやっと・・・ううう」

龍算はいつになったら涙が止まるんだ?


にしても、龍算と龍灯は相変わらず仲がいいなあ。

2歳しか違わないし、長年後継候補を一緒にやってきたからか?


「姫様、お疲れ様でした。」

守番の竜和りゅうわがイチゴジュースをもってきてくれたのだが、

「やだー!イチゴミルクがいい!」

「こら!竜琴、ワガママ言うな!」

「やーだー!やーだー」

しん、ミルクがないか厨房にきいてこい。」


龍算の命令でオラウータンの執事はすぐに執務室を出て行ったのだが、


「申し訳ございません。ミルクはないようで・・・」

「竜琴、イチゴジュースでもいいだろう。」

「やだー」

「ミルクはないんだ。ワガママ言うな!」

「や~だ~パパいじわる!きらい!」

「はあ?」


「まあまあ龍希様。竜琴様は初めての巫女を終えて甘えたいのですよ。 じゃあ、竜琴様、私とミルク探しに行きましょう!」


竜和が優しく話しかける。

「ミルクさがし?」

「そうです。私と屋敷の中を探しましょう。探検です。」

「でも、のどかわいた~」

「じゃあジュースを飲んでから行きましょうか」


「うん!いただきま~す」


娘はイチゴジュースを飲みほして、ご機嫌で竜和と手をつないで執務室を出て行った。


「・・・さすがは竜和だな」


龍希は感心してしまった。

ぐずった娘は龍希には反抗してばかりなのに・・・妻はもちろん三輪や女たちも娘の扱いがうまい。


「しかし、龍希様の子どものころにそっくりですね。わがままなところもコロッと騙されるところも」


もう一人の守番の龍韻りゅういんが呆れた顔で見てきた。

「俺はあそこまで馬鹿じゃない。」

「いえ、あなた様は鱗の生え代わり後でもああやって竜湖様に騙されてましたよ。」


いつの間にか泣き止んでいた龍算はニヤニヤ笑いながら、そう言って龍希を見てきた。


「嘘つけ!俺が生え代わったのは8歳の時だぞ。」


龍希は龍算を睨んだ。

「8歳どころか成獣しても竜湖様に騙されて結婚を承諾させられたじゃないですか!」

そう言って龍灯まで笑い出した。


「あ!お前も気づいてたなら教えろよ!」


龍希は今度は龍灯を睨んだ。

「竜湖様に騙されて結婚?なんの話ですか?」

龍韻だけ不思議そうにしている。

「ほら!最初の結婚の際に、竜神が次期族長を決めるってやつ」

「え!?あれ嘘なんですか?」

龍韻は本気で驚いている。


「ええ・・・お前も騙されてたのかよ!」


龍灯はまた笑いだした。

「いや!竜湖様は嘘をつくのがうますぎるんだよ!というか新年会の場でそんな嘘をつくとは思わないじゃないか!」

龍韻は顔を真っ赤にして怒鳴る。

「おいおい、龍景ですら気づいてたぞ。」

龍算は呆れた顔でそう言った。


「はあ!?嘘だろ!?あのバカが?」


「ああ、あのバカ龍景ですら気づいてたらしいぞ。竜神が選ぶなら巫女にきけばいいから息子2人ルールは要らないだろって」


「あ!そっか・・・」

龍希の言葉に龍韻は納得した顔になる。

「龍韻、お前!頭はいいのに変なとこで素直というか単純と言うか。もっと女たちを疑った方がいいぞ。

特に竜湖様は龍希様に散々手を焼いてきたせいで、息を吐くように噓をつくからな」

龍灯はまだ腹を抱えて笑っている。


「うるせえ!」


龍韻は顔を真っ赤にして怒った。

そういや、こいつらは同い年だっけ?

性格も序列も全然違うのに、互いに遠慮がない感じだな。


「しかし、姫様と龍希様を同じに扱うのは失礼だぞ。とても立派に巫女様の役割を果たしておられた。それに一族の集まりの時だって、とてもお行儀よくされているじゃないか。さすがはあの奥様のお子様だ。」


「龍算、お前は俺に失礼だろ・・・」

「ああ、確かに・・・龍陽様もやんちゃ坊主だけどオンオフの切替はしっかりされてるなあ。さすがは奥様のお子様だ。」

龍灯もそう言って頷いているから腹立たしい。

「たしかに、人族の奥様の賢さはとても獣人とは思えないよ。龍緑殿の奥様も竜湖様のテストをあっさりクリアしてたし。」

そう言って龍韻も頷いているが、

「テスト?何の話だ?」

龍希は首をかしげる。

「龍希様の奥様にも初めての花見会でされたじゃないですか。着物やかんざしがどこの種族産かってやつ。龍緑殿の奥様も三種族全問正解だったんですよ。」


「あ~あれな。そういやあいつも商人の娘だったな。」


「龍希様はどこで見つけてくるんですか?人族の商人の娘なんて・・・」

龍韻が尋ねる。

「ん?龍緑の妻はあれだよ、藍亀の島で拾ったんだ。」

「は?」

龍韻だけ首をかしげる。

「あれ?龍韻は知らないのか?龍希様の奥様の毒見役してた娘だよ。」

「は、はあ!?」

龍灯の言葉に龍韻は大声を出して驚いている。


「じ、冗談だろう?龍緑殿の序列的にあり得ないだろ!」


「いや、もとは龍景に押し付けるつもりだったのに、龍緑が強引にカバと交換したんだ。」


「はあ!?」

龍韻は、今度は龍希の言葉に驚いている。

「な、なんで?おかしいと思ってたんですよ!龍景にカバ族長の娘なんて!あいつ俺よりも序列低いのに!」


「あれはびっくりしたよねー

でも龍緑のとこはかなり上手くいってて、龍景は離婚寸前だからなぁ。龍緑に一杯食わされたって龍景は拗ねてたよ。」


「龍緑は見る目があるなぁ。」

龍灯の言葉に龍算はそう言って頷いた。

「龍景はまだ子ども気分なんですよ!離婚なんて望んでできるもんじゃないのに!なのに父上までやむなしなんてあいつを甘やかして!お二人からも説教してやって下さいよ!」

龍韻はそう言って龍算と龍灯を見るが、


「いや、俺たち2回も離婚してんだぜ。」


「・・・いや!あれは妻に問題があったからだろ!?龍景はただのわがままじゃないか!」

「いや、あのカバも・・・ん!」



龍希が匂いに気づくと同時に執務室の扉がバンと開いた。

「りゅうさんさまー!おくさまがりゅうじよんでる。」

娘が竜和と戻ってきた。

「え?あ!そろそろ授乳の時間ですね。ありがとうございます、姫様。」

龍算は子狼を大事そうに抱えて執務室を出ていった。

「ママのとこかえる~」

娘はそう言って龍希のそばに走ってきた。

「ああ、帰ろう。じゃあな。」

龍希は娘をだっこして柘榴亭を後にした。

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