第15話 子離れ親離れ

「ママ!いってきま~す。」


妻が回復した翌日、なんと娘は泣くこともなく竜縁と一緒に馬車に乗って神殿に行った。


なんで?


なお、龍希は心配でついていこうと思ったのだが、

「りゅうえんいるからパパいらない」

と娘に拒否された。


なんでこんなに娘に嫌われてるんだ?


娘は日が暮れる前に泣かずに帰ってきた。

さすがに馬車から降りるなり妻に抱きついていたが、妻も泣くことなく娘を抱きしめて穏やかに話をしていたから、妻も大丈夫そうだ。

明日は、妻のお願いで家族5人で馬車に乗って紫竜領の湖までピクニックに行く予定だ。

龍緑の妻の提案らしい。

竜縁によれば娘は泣くこともなく神殿を往復できたそうなので巫女の引き継ぎは間に合いそうだ。



~龍希の寝室~

子どもたちが寝た後、妻は龍希の寝室にきてくれた。

数日ぶりの妻の素肌を堪能していると、あのか細い声が嘘のように妻の声はどんどん色っぽく、大きくなる。

「ん・・・あなたもう・・・あっ」

「まだ」

龍希はそう言って妻が好きなところを舌で転がし続けていると妻の声はますます大きくなり、身体がびくりと震えた。

龍希は身体を起こすと、ほほを紅潮させている妻の顔を見ながら身体を重ねた。

再び妻の口から甘い声が漏れる。


「あ~最高だ」


妻の中を堪能して、すっかり匂いが染み着いた妻の身体に龍希はさらに自分の匂いを染み込ませた。

竜湖たちはこれ以上の出産は妻の身体がもたないだろうと言ってたけど、今後一切妻と夜伽しないなんて考えられない。

それにこんなに賢い妻なんだ。自分の命が危ないと分かったらそう言うはずだ。

龍希は族長になって更に稼ぎが増えたからもう1人子どもが増えても問題ないし、妻は子作りも人族の愛情表現と言ってたし・・・


「あなた?」

「芙蓉はやっぱり最高の妻だ。」

「・・・ありがとうございます。」



~族長執務室~

5月の終わり、竜縁が一人でやってきた。

「失礼します。族長。巫女の引きつぎは無事に終了しました。6月に入ったら、毎日、竜琴と一緒に神でんを往復します。6月のいつがお務めの日になるかまでは初めての竜琴には分からないようですので。」

「ああ、頼んだ。竜縁が一緒なら安心だ。」


「光栄です。あの・・・族長、お願いがあるのですが・・・」


「ん?なんだ?龍栄殿じゃなくて俺か?」

「はい。私は来月で5才になりますし、もうほとんど二足形の姿なのでウロコの生え代わりももうすぐだと思うのです。それでもう父の巣を出てこの本家で暮らしたいのですが、よいですか?」

「え?」

龍希は驚いた。


「え?もう?俺の息子はまだ母親にべったりだぞ!」


「りゅう陽たちとは母の種族が違いますから。私の母は3歳で働き始めて、5歳の時に父と結婚したそうですし、私は成じゅうになるのはまだ先ですが、親ばなれしたいです。

竜冠様も巫女の役目を終えた後、成じゅう前でも本家でお暮しでしたし。いいですよね?」

「あ・・・俺は構わないが、龍栄殿はなんて・・・」

龍希は困った。


親バカの龍栄が許すのか?


「父はあのとおりですから。私が巣を出て強制的に子ばなれさせないと!族長、協力してくだ・・・」


「無理だ!」


龍希は食い気味に拒否した。

「なんでですか?」

「いや、龍栄殿とけんかなんてできるか!」

「けんかなんて求めてません。ただ、本家で暮らすことを許可してくださればいいのです。」


「む・り・だ!龍栄殿に黙ってそんなことしたら・・・考えただけでも怖えよ!」


「何を仰います!父は族長の決定には従いますよ。」

「竜縁のことになれば別だ!お前が龍栄殿の許可をもらってこい!そしたら俺も許す。」

「あの父が許すわけないです!父に対抗できるのは族長だけです!お願いしますよ~」

「無・理・だ!あ、そうだ!父上・・・前族長はなんて?」


「え!?前族長には頼りたくないです。きらいです!」


「ええ!?そうなの?なんで?」

「だってりゅう陽のことしか頭にないですし。しかもその理由もねえ・・・情けない男はきらいです!」

「・・・お前、本当にあの白猫の娘?」

龍希はあっけにとられてしまった。


「失礼な!母だって好ききらいがはっきりしてるんですよ!」


「いや・・・そっちじゃねえけど。まあ、とにかく俺は無理だ。他をあたってくれ!」

「・・・」

竜縁はほほを膨らませて執務室を出て行った。


『龍栄の父娘けんかに巻き込まれるのだけはごめんだ』


龍希は一安心したのだが・・・甘かった。

2日後、今度は青い顔した龍栄がやってきた。渋い顔した竜夢も一緒だ。


「む、娘が・・・鶯亭を出て本家で暮したいって!族長!族長からダメだと言ってやってください!」

「いや、なんで俺?父親のおま・・・いや龍栄殿からびしっと言えば済むはな・・・」


「無理です!」


龍栄は食い気味に拒否した。

「なんで?」

「ますます娘に嫌われます!族長が憎まれ役になってください!」

「はあ!?いや、俺はどうでもいい・・・」


「大切なことですよ!最愛の娘のことなんですよ!」


龍栄はなぜか龍希に怒り出した。

「・・・あんたそういうところが娘に嫌われるのよ。うっとおしいって。」

「うわああ!」

竜夢の容赦ない言葉に龍栄は両手で頭を抱えた。

「・・・」

龍希も竜夢に同感だが、黙っていた。


「もう竜縁は親離れする時期よ。理解してあげなさいな。」

「まだ4歳ですよ!?早すぎます!あと10年、いや15年は・・・」

「白猫は早いのよ。それにあんただって3歳で母親と離れたじゃない。」

「父とは離れてません!俺は20歳まで父の巣に居ました!」

「でも父親が好きだったからじゃないでしょう?」


「・・・そんなに嫌われてるんですか?俺?」


「娘はそんなものよ。竜琴だってそう。ねえ、族長」

竜夢はそう言って龍希を見る。

「・・・まあ。」

龍希は渋い顔で同意した。

「龍希殿は昔から女・子どもに嫌われてたじゃないですか!俺と一緒にしないで下さい!」


「いや、あんたは外面がいいから表立って言われてなかっただけで、好かれてはなかったわよ。」


竜夢はマジで容赦ない。

「ううう・・・娘の居ない巣なんて考えられません。ねえ、龍希殿」


「え!?俺は妻と2人きりになりたいから、早く親離れしてほしいです。」


「・・・」

すげえ顔で睨まれた。

「あんたと族長の意見が合うわけないじゃない。竜縁があんたよりも族長を好いてる理由がわかったでしょ?」

「違います!」

龍希は食い気味に否定した。


『なんて恐ろしいこと言いやがる!』


「竜琴は父親と離れたいとは言ってないのでしょう?なんで?」

「竜琴は母親のそばがいいの。大好きなママが、パパを大切にするよう子どもたちに言い聞かせてるから、仕方なくパパがそばにいることを許してるのよ。」

「ひどくね?」

竜夢の言葉でここ数日の娘の拒否を思い出して龍希まで泣きそうになった。


「・・・族長の奥様に娘のことをご相談させてください。」


「い・や・で・す!自分の奥様にどうぞ。」

「あの妻が相談相手になると思います?」

「いや、自分で選んだ妻でしょう。」


「はあ!?再婚を嫌がってた俺に、無言でリュウカ投げ込んできたのはどこのどいつでしたっけ?」


「え?あ~いや・・・」

龍栄に睨まれて、龍希は目をそらした。


そんな昔のこと・・・まだ根に持ってる?


「あーそういえば。私と龍峰様のとこに頭抱えて相談にきたわねぇ。再婚が嫌ならリュウカ突き返して喧嘩して来い!って龍峰様に言われたのに、あんた今さら後悔してるの?」

「そうなの?なのになんで?」

龍希は首をかしげる。


「悪かったですね。俺はどうせ意気地なしですよ!」


「へ?」

「族長、あの時の責任をとってあげてください。それ以外にも散々迷惑かけてるんですから。」

竜夢はめんどくさくなったようだ。

「え~めんどくせえなあ。」

「お願いしますよ!」


涙目の龍栄は土下座しそうな勢いだ・・・マジかよ

でもなあ・・・他竜ごととは思えないし・・・

う~ん



~紫竜本家 応接室~


「奥様!お忙しいところ申し訳ございません」


龍栄は見たこともないほど深々とお辞儀している。

「いえ・・・私などがお役に立てるかは分かりませんが・・・」

「何を仰います!?同年代の娘をお育てになっている奥様の言葉以上に頼りになるものはございません!どうかお知恵をお貸しください」

龍栄はそう言って妻にこれまでのいきさつを話し始めた。

俺のことは完全無視だ。



「な、なるほど・・・」

龍栄から竜縁のことを聞いて芙蓉は困った。

竜縁は見た目と話した感じからいえば、もう中学校卒業レベルだ。

人の子ならお嫁に行く時期だけど・・・それは龍栄が求めている回答じゃないしなあ。


「も、もしかしたらですが・・・竜縁様はお父様が嫌いなわけではなく、お母様のまねごとをなさりたい時期なのでは?」

「それはないです!竜縁があの母親の真似なんてありえません。」

龍栄は即答した。

「あ、いえ・・・えっと、言葉を間違いました。大人の女性のまねごとをなさりたい時期なのでは?」

「どういうことでございますか?」

龍栄は首をかしげる。

「竜冠様は、巫女を終えられた後、父親の元を離れて本家にお住まいになったのでしょう?竜縁様はそんな竜冠様のお姿を見て、憧れていらっしゃるのですよ。決してお父様が嫌いになったのではなく。」

芙蓉はそう言って笑顔を作る。

「な、なるほど・・・確かに竜冠のことは昔からよく話しておりました。巫女の引継ぎで娘はとてもお世話になりましたから・・・」

龍栄はそう言って何やら考え込み始めた。


『ふ~』


芙蓉はほっとして目の前のお茶を一口飲んだ。

隣の夫は全く頼りにならない。


「しかし奥様、もしそうなら私はどうすれば?どうしたら娘は本家住まいを諦めてくれますかね?」

「え?えーと・・・」


そんなこと芙蓉に分かるわけがない


「あの・・・父親の元を離れて本家住まいとはそんなに簡単にできることなのですか?」


芙蓉の感覚からすれば、嫁入り前に実家を離れるなんてありえない・・・普通の娘なら


「いえ、族長の許可が必要です。」

「・・・ならば夫が許可しなければ済む話なのですね。」


『簡単じゃん』


芙蓉は拍子抜けした。


「そうなのです!でも、竜縁は私が反対するから族長が許可してくれないと、私を怒るのです!」


「つまり、夫が龍栄様を悪者にしない言い訳をすればいいのですね。」


「さすが奥様です!その通りでございます!」

龍栄は物凄い笑顔だ。

「あなた!龍栄様のために頑張ってくださいませ。」

「え!?俺?」


置物になっていた夫がようやく喋ったのだが、


「もう竜縁に言っちゃった。龍栄殿が許したら俺も許可するって・・・」

「・・・」

芙蓉は呆れてしまった。


龍栄の親バカぶりは知ってるくせに・・・


「あなた、お兄様を困らせるのも大概になさいませ。」


「え?芙蓉?俺はそんなつもりじゃあ・・・」


「だからたちが悪いのですよ!いっそ悪意を持ってやってくれればこちらも対策できるのに!

分かります? 30年近く兄弟やってる俺の苦労が!」


龍栄はついに怒りだした。

「龍栄様、心中お察し致します。」

芙蓉は心の底から同情した。


『こんな夫と、子どものころから30年とか・・・無理!』


「分かりました。龍栄様。竜縁様からもお話をお聞きしたいのですが、よろしいですか?二人きりで。」

「はい!是非お願いいたします。娘も奥様のことをとても尊敬しておりますので喜びます!」

「え?芙蓉、俺も一緒に・・・」


「龍栄様、申し訳ありませんが、夫をよろしくお願いいたします。」


「お任せ下さい。お話の邪魔はさせません。」


「え?芙蓉?龍栄殿?」

龍栄は竜縁を呼びに行くと、芙蓉から離れようとしない夫の首根っこを掴んで応接室から引っ張り出して行った。

なんとも頼もしい。


「奥様まで申し訳ございません。」

竜縁は深々と頭を下げる。

「夫の頼みですからお気になさらず。むしろお節介を焼いてすみません。」

「とんでもないです。族長も父も頼りになりませんから、奥様にご相談できるのはとてもありがたいです。」

「もったいないお言葉ですわ。それで、その、竜縁様が本家に移ることをご希望なのは、その・・・」


「はい。いい加減、父には子離れをしてもらいませんと。母は呆れかえってますし、弟の教育にも悪いですし、族長補佐官としての面子にも関わりますし。」


『やっぱりー』


「竜縁様の仰ることはごもっともだと思います。ただ、その、いきなり鶯亭をお出になるのは龍栄様のショックが大きいようで。夫も巻き込んで大騒ぎされておりますし・・・」

「お恥ずかしい限りです。族長が決めて下されば父も諦めると思ったのですが、族長は奥様のこと以外には無関心というか決断力がなくて・・・」

竜縁は困った顔をして俯いてしまった。

「あの、弟の龍明様はなんと?」


「弟は父に全く興味がないのです。もう2歳を過ぎたのに母にべったりで・・・」


「でも、もし竜縁様が鶯亭から出られたら、龍栄様の親バ・・・関心は龍明様に向かわれるのでは?」

竜縁ははっとした顔になる。

「そうなったら、幼い龍明様は大丈夫でしょうか?」


「ああ!そのことは考えてなかったです!弟は気が弱くて・・・母は頼りにならないし。父は子どもの気持ちにどん感だし。」


竜縁は頭を抱えてしまった。

「龍栄様ご自身に子離れが必要なことを自覚して頂かないと、竜縁様が鶯亭を出られても・・・」


「あの・・・族長はどうやって子離れされたのですか?りゅう陽だけでなく、竜琴からももう子ばなれされてて、うらやましいです!」


「・・・」

芙蓉は目が点になってしまった。


なにやら竜縁はとんでもない勘違いをしている!


「えーと、私の夫は子離れというか・・・私にべったりで子どもたちにあまり関心がない・・・わけでないけど、子どもたちと私を取り合っている仲だから、その・・・」

芙蓉は言葉に困ってしまったのだが、

「な、なるほど・・・なんだか私は族長のことをかん違いしていたみたいです。りゅう陽たちが族長をバカにしてる理由がちょっと分かりました。」

賢い竜縁は察してくれた。

「・・・なんだかごめんなさいね。」


芙蓉は子どもたちが気の毒になった。

お手本になる父親はどこかにいないものか?



「父様、族長。お待たせしました。」

竜縁はそう言って応接室の扉を開けた。

「あ!芙蓉~遅かったじゃないか!」

夫は竜縁を無視して、芙蓉に抱きついてきた。


「父様、うぐいす亭に帰りましょう。奥様とお話しして私はまだ父様たちと暮らそうと思いました。」


「り、竜縁!本当に!やった!」

龍栄は泣いて喜んでいる。

「奥様!ありがとうございます!このお礼は何なりと!なんでもご用意いたします。」

「え?いえ、そんな。」

「芙蓉~終わったならもう帰ろう。」

まだ龍栄と話しているのに夫は芙蓉を引っ張っていこうとする。


夫はいつもこうだ。嫉妬深い夫は、芙蓉が他の男と話すのを嫌がるのだ。

龍栄は芙蓉に何の興味もないのに・・・


「父様、奥様はご遠慮されてますから私からご提案が。族長が奥様に執着しすぎて奥様がお疲れの時は助けてあげてください。」


『竜縁様~なんて察しのいい子!』


芙蓉は感動した。

「え!?あ、ああ、そうだな。さ、族長、仕事が残ってますので執務室までお送りします。」


龍栄がにこりと笑って夫の首根っこを掴んだ。


「え?いや、俺はもう芙蓉と・・・」

「奥様はお任せを。私がリュウカの部屋までお供します。」

竜縁が、芙蓉と夫の間に割り込んできた。

「え?いや、俺が・・・」


「あなた、お仕事頑張って下さいませ。」


芙蓉はにこりと微笑んで、夫に向かって手を振った。

「え?ええ?芙蓉なんで~」

夫は悲しそうな顔をしながら、龍栄に引っ張られていった。


「あれは父様より重症ですね。」


竜縁は呆れた顔で遠ざかっていく夫を見ている。

芙蓉は無言で肯定した。


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