第14話 育児放棄 後編
~リュウカの部屋~
「ううう・・・」
芙蓉は泣きながら起き上がってベッドサイドのりんごジュースを飲んだ。
時計は9時を指しているが朝か夜か分からない。
ずっと心が落ち着かず、まともに考えられない。
なんで自分の子なのに人じゃないの?
うろこってなに?気持ち悪い。
巫女ってなに?なんで1人で神殿に行けないのにそんなのに選ばれるの?
ママなのに、母親なのに、子どもたちのことが分からない。
辛くて悲しくて芙蓉は涙が止まらない。
子どもが恋しいのに同時に嫌で仕方ないのだ。 声を聞いただけで動悸がする。
なんで?
部屋をノックする音が聞こえた。
また夫?ククたち?
1人で居たいのに・・・人前、いや獣人の前で泣きたくないのに涙が止まらないのだ。
芙蓉は返事をしなかった。
「奥様」
「!」
この声は・・・芙蓉は反射的に起き上がった。
三輪は2週間ぶりに会った奥様の姿に驚いた。
竜琴様が奥様と離れて神殿に行くのを連日泣いて嫌がって奥様が落ち込んでいると聞いて呼ばれたけど、奥様の顔は泣き腫らして、目の下のくまがすごい。
いつも綺麗にまとめられていた髪はボサボサで艶がない。
なにより・・・明らかに精神を病んでる目だ。
2週間前の族長お披露目会では変わらずお元気だったのに・・・何があったの?
「うう・・・三輪」
奥様はぼろぼろと大粒の涙を流して泣き始めた。
三輪は慌てて奥様に駆け寄ってベッドサイドに座ると奥様の背中に手を回してとんとんと優しく叩いた。
こんな姿の奥様は初めて見た。
弱って泣いている姿を見て、奥様は同世代の普通の女性なんだと今更ながらに気づいた。
どのくらいたっただろうか?
三輪が何も言わずに背中をとんとんしていると、奥様は次第に落ち着き、ぽつりぽつりと泣いている理由、苦しい心の内を教えてくれた。
「よしよし、大丈夫ですよ。奥様はきっと子離れの仕方が分からなくて戸惑っておられるだけです。」
三輪は優しく語りかける。
「こば・・・なれ?」
「はい。実は私、小学校に入った当初は母と離れるのが不安だったのか毎朝大泣きをして、4歳上の兄に引っ張られて登校していたんです。そんな私を見て可哀想だと母も毎朝泣いてしまって。年の離れた姉達が嫁に行った直後で母も寂しかったのかと。
見かねた父が猫をもらってきてくれて、母も私も猫に夢中になりました。そしたら母は泣かなくなって、笑顔で私を送り出してくれるようになって。私も自然と泣かずに登校するようになったんです。
竜琴様はまだ小学1年生より小さいですから、奥様と離れるのはご不安でしょうが、奥様のお気持ちにとても敏感な方ですから奥様の寂しさを心配しておられるのかも。
大丈夫ですよ。
人の子でなくても人の子と同じところもたくさんあると思います。だって奥様の血をひいて、奥様に育てられてきたお子様ですから。」
「私はどうしたらいいの?」
「帰ってきたら一緒に遊ぼうとかおやつ食べようとか・・・奥様は子どものころなかったですか?」
「・・・てた」
「え?」
「殴られてた」
「え!」
「1人置いていかれるのが悲しくて、泣いたら母親に殴られてた。だから泣いてる娘にどう接すればいいのかわかんない、ううう」
奥様はまた泣き始めてしまった。
「・・・奥様は本当はお母さんにどうしてほしかったですか?」
「一緒に連れていって欲しかった。」
「じゃあ奥様と離れて神殿に行けた次の日は一緒にお出掛けに行くとかはどうですか?」
「娘はそれでいいのかな?」
「小学校の体験入学みたいに思っては?いずれはお子さんだけで外出することになるのですから、その練習だと思えばいいのですよ。」
「・・・そっか。」
奥様の涙が止まっていつもの目に戻った。
「奥様、とりあえずお風呂に入ってご飯を食べませんか?夫に頼んでチマキを用意してもらったんです。私の故郷では甘いお餅を笹で包んでいたんですが・・・」
「チマキ!私の故郷もそうだった。甘くて白いお餅。」
「ふふ、さ、奥様。お風呂に行きましょう。」
三輪はそう言って微笑みながら奥様の手をとった。
「ええ・・・」
龍希は目の前の光景が信じられない。
龍緑の妻がきて、まだ2時間しか経っていないのに・・・ここ数日リュウカの部屋に閉じこもって泣いていた妻はお風呂に入って着替えて、龍風の授乳をしながら他の子ども2人をあやしている。
表情も、いつもの穏やかで優しいものに戻っている。
ここ数日、龍希がどう宥めても泣き止んでくれなかった子どもたちは嘘のようにご機嫌で妻に甘えている。
どうやって妻のご機嫌をとったんだ?
「さ、龍陽様、竜琴様、龍風様。あっちで遊びましょう。ママはご飯ですから。」
「みわ~おてだまして!」
「あそぶ!ママゆっくりごはんたべてね。りゅうふうこっちおいでー」
「う~」
子どもたちの素直なこと。
俺にはパパ嫌!
って泣いて暴れるばかりだったのに・・・
なんであいつには素直に従うんだ?
3人揃ってなんでそんな笑顔?
「あら、族長。このとおり奥様はお元気になられましたし、お子様たちもご機嫌ですからお仕事に戻られて大丈夫ですよ。」
ククとシュンは素っ気なく龍希にそう言うと、妻に食事を運んでいく。
タタに呼ばれて仕事を中断して来たばかりなのに・・・ 妻も子どもたちも龍希に気づいてもくれない。
「あ!パパー」
龍陽が気づいて寄ってきたが・・・
「ママはごはんだからじゃましちゃめだよ!あっちいって」
それだけ言って、龍緑の妻のところに戻って行った。
俺の扱いひどくね?
まあ妻が元気になったからいいのかな・・・
~族長執務室~
「驚いたわ。まさかあの状態から持ち直すなんて。やっぱり同族は特別なのね。」
竜湖は本当に驚いている。
「龍風様も奥様の授乳の後は離乳食も完食されました。一安心です。」
守番の竜冠は目に涙をためて安堵している。
「早かったですね。奥様がお元気になられて良かったです。」
龍緑もほっとしている。
「お前の妻は何をしたんだ?」
「え?さあ?チマキを持っていったことしか知りません。」
「チマキ?なんだそれ?」
「この時期に子どもの成長を祝って食べる甘い笹餅らしいですよ。妻が用意していきました。」
「ああ、あれね。芙蓉ちゃん喜んでたわ。龍陽と竜琴も美味しそうに食べてたし。」
「なんであいつは妻の好きな物が分かるんだ?俺には全然、教えてくれないのに。」
龍希は拗ねた。
「妻も奥様から教わったわけではないそうです。妻が好きなものは大体、奥様も喜んでくれるからと言ってました。たぶん故郷が近いんだろうって。やっぱり知能の高い妻はいいですね。言葉でたくさんのことを教えてくれるのでとても楽です。俺の妻は話し上手なんですよ。」
龍緑のノロケが始まった。また長くなる。
「三輪ちゃんは自己主張がはっきりしてるものね。反対に芙蓉ちゃんは自分のことを何も話さないからねぇ。龍希が苦労するはずだわ。」
竜湖は気の毒そうな顔になって龍希の肩に手を置く。
「まだ奥様に信用してもらえてないのですか?」
「うるせぇな。これでもだいぶ心を許してくれてると思うんだけどなぁ。」
龍希はため息をついた。
「ああ。初めに比べればそうですね。」
龍緑は愉快そうに笑っている。腹立つな。
「そういえば、龍緑は初めから三輪ちゃんに夫扱いされてるわね。なんでかしら?」
竜湖も不思議そうだ。
「そりゃあやっぱり結婚の手順を守ったからじゃないですか?再婚でもやっぱり気にするみたいですよ。言葉の端々から分かります。あと、結婚前から面識があったことも良かったみたいですね。」
「そんなに大事か?手順って」
「奥様は何と仰ってるんです?」
「聞いたことない・・・」
「余計なお世話ですが、もう少し奥様と会話されてみては?」
龍緑は呆れた顔で見てきた。
「してるよ。・・・子どものことなら。」
言われなくても分かっている。
妻が身の上話をしてくれたのはあの店での初夜の時だけだ。
あれ以降、自分の話をするのは嫌なようで何も教えてくれない。
龍希は妻の昔のことを知りたくてもきけないのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます