第8話 嫌がらせ 後編
~族長執務室~
「はあ?鷹に襲われた?」
竜夢から報告を受けた龍希は驚きのあまり大声が出た。
「嘘だろ?なんで?」
「俺の妻が嘘をつくわけないでしょう!怪我までしたんですよ!」
龍緑はぶちギレている。
「いや、落ち着けよ。別にお前の妻を嘘つきだと言ったわけじゃねえから。」
龍希が苦笑いしながら龍緑にそう言うと、そばに居る龍兎と龍景も龍緑を宥め始めた。
『竜夢から龍緑の執着が進んでいるとは聞いてたけど、予想以上だな。』
こんなに激怒している龍緑は初めて見た。
別に妻が死にかけたわけでもねぇのに・・・大袈裟だろ
龍希は内心呆れていたが、激怒している龍緑の前で言うことではないので黙っていた。
「にしてもあいつ・・・じゃない龍緑の妻には侍女が居たんだろう?何してたんだ?」
「何も・・・傍観していたようです。というよりも嫌がらせの主犯のようですね。」
竜夢は肩をすくめる。
「へ?嫌がらせ?侍女が?」
龍希は面食らった。
「別に珍しいことではございません。本家の侍女といえども所詮は獣人ですから。奥様がいつもと違う香水だったと仰るので調べましたら、どうやら鷹を呼び寄せる臭いだったようで。お茶会中に奥様に恥をかかせるつもりだったのでしょう。
カバと鴨は面白がって見ていたようですが、さすがに奥様が池に飛び込んで慌てたようです。」
「ぼ、僕の妻は面白がってなんかいませんよ!鷹を追い払おうとしたら、カ、カバじゃない龍景殿の奥様に止められて動けなかったって!」
龍兎が慌てて妻を庇う。
「あ~あのカバならやりかねませんね。龍兎、あのカバでいいぞ。」
龍景は呆れた顔で肩をすくめる。
『一年早く結婚した龍兎はもうかなり妻に執着しているみたいだが、龍景の方は・・・頼むから離婚は勘弁してほしい』
「恥って!妻は怪我をしたんですよ!
それにあのカバは何だ?妻を助けた本家の使用人を池に落として、妻まで溺れさせるつもりだったのか!」
龍緑はまだ激怒している。
「落ち着いてよ、龍緑。奥様は自分で池に飛び込んだのよ。さすがにカバも予想してなかったと思うわ。人族は泳げないと思ってたみたいだから。」
竜夢は困った顔で宥める。
「俺の妻は泳げないからなあ。あ~でもそういやあいつは泳いで藍亀の島にたどり着いたとか言ってたなぁ。」
龍希は龍緑の妻を拾った時のことを思い出していた。
「はい?」
さすがの龍緑も怒りを忘れて驚いている。
「え?藍亀の島に?泳ぐ?」
「ああ、なんかカモメに船沈められて、一時間くらい海を泳いで藍亀の島にたどり着いたらしいぞ。俺の息子が見つけた時には力尽きて砂浜に倒れてたけど。」
「ええ?三輪って海の生き物なんですか?」
「いや、落ち着けよ、お前。人族の中には泳げるやつもいれば泳げないやつも居るんだろ。確か、水の中にあるワニの基地が人族に破壊されたって話があったろ。あれも人族が泳いで基地にたどり着いたんだろ。」
「あ、ああ・・・そうでしたね。」
龍緑はようやく少し落ち着いて椅子に座った。
「全くもう!狼狽えっぷりが龍希様そっくり。あんたはお茶でも飲んで冷静になりなさい。」
竜夢が呆れた顔で湯呑みを龍緑に渡す。
「いや、俺はここまでひどくねぇぞ!」
「いえ、龍希様はこれ以上です。龍緑は早く落ち着いた方ですよ。」
龍景と龍兎までそう言って呆れた顔で龍希を見てくるが、
納得いかねぇ!
「それにしても・・・鷹を始末してくれたとはいえ、本家の使用人を助けるために池に飛び込まれるとは・・・奥様も大胆なことを・・・」
龍景は呆れているが、龍希も同感だ。
一族の妻がそんなことするか?普通はしねぇぞ。
「それが・・・その本家の使用人が龍緑の妻を助けたのは2度目らしいのです。まだ龍希様の妻のそばにいた時・・・アホウドリに襲われかけた事件です。」
「アホウドリって俺の妻を毒殺しようとしたやつか!」
龍希は思い出して怒りに震えた。
「はい。そのアホウドリを始末したのが、今回の使用人です。ソウという名の猫の孤児で、本家の掃除係です。前回も今回も偶然、龍緑の妻が襲われたときに近くに居合わせたそうで。」
「あ~そういやアホウドリを殺したのは本家の猫だったなぁ。あいつも悪運のいいやつ。にしてもなんでカバはその猫を殺そうとしたんだ?」
「お茶会に乱入していた不審獣人だと思ったと言い訳してましたが、まぁ本心は龍緑の妻を助けたことが気にくわなかったのでしょう。
でも!まさか妻が池に飛び込んで助けるとは思ってもなかったみたいだから!
龍緑、カバになんかしようとは思わないでよ!」
段々顔が険しくなる龍緑を見て竜夢は慌てて釘をさしている。
「龍景、別にいいだろ?」
「ああ、むしろ始末してくれたら助かる!」
「おい、龍緑、龍景、冗談でも止めろ。」
龍希は苦笑いしながらそう言ったが、2人とも目がマジだ。
さすがにこんなことでカバ妻を殺すのはまずい。
「り、龍景殿・・・自分の奥様ですよね?」
龍兎は1人困惑している。
「俺、あのカバ嫌い。向こうも俺のこと嫌いだし。序列が低いし、水の生き物でもないからって。もう別れてぇ。」
龍景の愚痴が始まった。また長くなる。
「ああ、カバの動機はそれみたいね。てっきり龍緑と結婚すると思ってたら、三輪ちゃんに横取りされたと勝手に恨んでるのよ。ついでに族長の妻も介入したと思ってるみたいで・・・」
「よし、龍緑、あのカバ殺してこい!」
「はい。」
「ちょ!族長!冗談は止めてください!カバは族長の奥様には何もしてませんから!」
竜夢がまた慌て始めた。
「あのシマヘビの二の舞はごめんだ!わずかでも俺の妻に悪意があるやつは消しておくんだ!」
「いやいや!女の嫉妬や勘違いなんてキリがありませんよ!大丈夫です!カバは族長の奥様には何もしませんから!
龍緑の妻にだって直接手は出してません!龍緑も族長を止めて!あんたは正気でいなさいよ!」
「そうよ。あんたらが殺すのはカバじゃなくてワニよ。」
竜湖が乱入してきた。
「は?ワニ?」
「そう。三輪ちゃんの湯呑みからワニ族の毒が出てきたわ。入れたのは三輪ちゃん付きの侍女。」
「は、はあ!?」
これには龍緑だけでなくその場にいた全員が驚愕した。
「ワ、ワニの毒ってまさか!?」
あの竜夢も狼狽えている。
「そう、龍兎たちが飲んで眠りこけたあれ。あ、三輪ちゃんは無事よ。昨日のキノコに今日の変な香水でさすがに侍女を不審に思ったみたいでね。
侍女が出したお茶を飲むふりだけして口はつけなかったそうよ。賢い奥様に感謝なさい、龍緑」
「な、なんで・・・嘘でしょう?なんで本家の侍女が妻を殺そうとするんですか?嫌がらせなんてレベルじゃ・・・」
「侍女を拷問したらあっさり吐いたわ。三輪ちゃんの侍女になった後、ワニから殺害を依頼されて報酬につられて請けたって。鷹を呼ぶ香水も毒もワニが用意して渡したらしいわ。ついでに三輪ちゃんが死んだらカバと鴨に罪を着せるつもりだったみたい。」
「はい!?どういうことですか?」
龍兎が驚いた顔で竜湖に尋ねる。
「まさか侍女が妻を殺すなんて誰も予想しないでしょ。妻たちが三輪ちゃんに嫉妬して殺したって疑われると踏んで、隙を見て毒の瓶をカバか鴨の着物に忍ばせるつもりだったらしいわ。2人とも池に入るために服を脱いでたから。」
「な・・・ええ!?」
龍兎だけでなく、龍景もさすがにドン引きしている。
「な、なんでワニが?人族とは戦争しているとして、カバや鴨とも揉めてるんですか?」
龍景が竜湖に尋ねる。
「たぶんだけど、スイスイ・・・龍海の元妻じゃない?あいつは息子と結婚した三輪ちゃんはもちろん、紫竜の妻全員が憎いのかも。でもさすがに後妻の熊には手出しできないから格下の種族の妻を狙って憂さ晴らししたいんじゃない?」
「はあ!?僕の妻は関係ないのに~」
龍兎は泣き出した。
「ワニの間者は全員始末したんじゃなかったのか?」
龍希は龍緑と竜夢を睨んだが、
「あ、正確にはワニの間者じゃないわ。ワニと手を組んだココの間者よ。」
「はあ!?またあの白鳥!」
「ええ、あの侍女の言葉を信じるならだけど。接触してきたやつはココのしもべと名乗ったそうよ。」
「誰ですか?そいつは?」
「それがねぇ・・・侍女は直接は会ってないって言うの。睡蓮亭の侍女の部屋に手紙と報酬の一部が置かれてて、半信半疑で返事を書いて、手紙で指示されたとおりに本家の中庭に返事の手紙を置いておいたら、後日また睡蓮亭の部屋に残りの報酬とワニの毒と鷹の香水が置いてあったって言うのよ。」
竜湖はため息をついた。
「そんなバカな!睡蓮亭に白鳥の間者がいるって言うんですか?」
龍緑は驚愕している。
「侍女の話が本当かまだ分からないわ。その手紙とやらは持ってなかったし。まだ拷問の途中だから。とりあえず休憩がてら族長に報告にきたの。」
「続きは俺がやります。」
龍緑はまたぶちギレている。
「怪我した奥様ほっといていいの?痛み止め飲んで休んでた三輪ちゃんは熱が出てきたらしいわよ。傷口から池の水が入ったせいかもってシュグと族長の奥様がいま看てるわ。」
「ええ!?」
龍緑は慌てて執務室を出ていった。
「あ、おい待て龍緑!」
龍希は慌てて後を追う。
シュグの医務室に龍希の妻も居るなら、他の雄は近寄らせたくない!
~シュグの医務室~
「あ、あなた。」
息を切らして医務室に入ってきた龍希を見て妻が駆け寄ってきた。
龍緑は・・・龍希の妻には目もくれず、自分の妻のベッドの側にいる。
「睡蓮亭の奥様には解熱剤を飲んでお眠り頂いたところです。医務室に運ばれてきてすぐに傷口を洗ったのですが、すでに手遅れだったようで。お風呂に入って休まれていた途中で発熱されてしまい・・・」
シュグは申し訳なさそうな顔で報告する。
「命に別状はないと思いますが、熱が下がるのに数日かかるかも知れません。」
龍希の妻はそう言って心配そうに龍緑の妻を見ている。
「芙蓉、こいつ・・・じゃない龍緑の妻をこんな目にあわせたやつは俺が始末してくるからな!」
龍希はそう言って妻の手を握った。
俺の妻を不安にさせるやつは許さない。
ついでに俺の一族の妻を殺そうとするやつも。
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