第7話 嫌がらせ 前編
翌朝、三輪が目を覚ますともう9時すぎだった。
いつもは8時前には起きるのに、寝るのが遅かったせいだ。
昨晩いつも以上に元気だった夫はまだ横で寝息をたてている。
「・・・」
なんだろう?
幻滅・・・は言い過ぎだけど、一晩で夫を見る目が変わってしまったのは確かだ。
『寝顔もイケメンなのが残念でならない。』
三輪は静かに布団から出て、下着と寝巻きを着るとトイレと洗面所に向かった。
与えられた客間は奥様たちの客間ほど広くはないけど、それでも三輪にはもったいないほど広くて豪華だ。
専用のトイレと洗面所までついている。
でもお風呂に入りたいな。全身べたべたなのは汗だけじゃない。 そう思って1人で客間を出ようとしたところで、なぜか大慌ての夫に捕まった。
本家では絶対に1人になるなと言われて、朝からまた一緒にお風呂に入るはめになった。
さすがにお風呂の中では何もされなかったけど。
言動がどんどん旦那様そっくりになっていく
夫は仕方なく本家でこういうふりをしてるだけと思いたいのに・・・
いつもの作り笑顔はどこいった?
三輪が戸惑いながらも客間で遅めの朝食をとっていると、竜夢様がやって来た。
「おはよう。お疲れのところ申し訳ないんだけど、奥様にお願いがあるの。」
この女のお願いは命令だ。三輪に拒否権はない。
「なんですか?妻は疲れてると思いますので早く睡蓮亭に戻りたいのですが・・・」
夫は不愉快そうに竜夢様を見る。
「ああ、ごめんね。昨晩は遅くまでお疲れ様。大丈夫よ、一時間くらいで終わる用事だから。」
竜夢様の言葉に三輪は顔がひきつりそうになった。
もう知られてる! 誰?こいつに告げ口したのは!
「実は龍景の妻が他の妻とのお茶会を希望しててね。龍兎の妻には了解をもらったんだけど、龍兎が二人きりだと鴨の妻が虐められるって心配してて。それでカバよりも序列の高い奥様にも参加してほしいのよ。」
「俺の妻じゃなくてもいいでしょう?」
「夫が同年代で嫁いだ時期も近いから奥様が適任なのよ。さすがに龍算様や龍海様の奥様には頼めないじゃない。」
竜夢様がそう言って肩をすくめると夫は悔しそうな顔になった。
どうやら夫も拒否できないようだ。
「奥様、いかがかしら?」
「夫がよいと言うなら、ご協力させて頂きます。」
三輪はこう答えるしかない。
~客間~
支度を済ませた三輪が案内されたお茶会会場は応接室ではなく客間の1つだった。
理由は部屋に入ってすぐわかった。
部屋の中に大きな池がある。ここは水生の獣人用の客間だ。
それにやけに眩しいと思ったらこの部屋は池の上だけ天井がない。
晴れた2月の空が見えるが、当然寒い。
先ほどホホに着物の上からコートを着せられたのはこういうことね。
カバの獣人は池に浸かり、鴨の獣人は池に浮かんでいる。
「人族の三輪です。」
序列的には三輪から自己紹介するのが正解なのだろう。
「カバ族のキララと申します。」
カバは池に浸かったまま挨拶した。
「鴨族のヤヤと申します。同席させて頂き、誠に光栄にございます。」
鴨はやたらと腰が低い。
竜夢様によれば、鴨の夫の龍兎様が一族で下から2番目に序列が低いらしい。
龍兎様は夫より一歳年上のいとこなのに?
序列がどうやって決まっているのかわからないが年齢は関係ないようだ。
ホホがお茶とお菓子を持ってきて三輪のそばに置いた。
カバと鴨の侍女たちは池のそばにそれぞれお茶とお菓子を置いている。
三輪はお茶に口をつけるふりだけした。
今は何も口にする気にならない。
先ほどホホにつけられた香水のせいだ。
『臭い・・・なんなのこの臭い?』
いつもは夫がくれた桜の香水なのに。
今日はカバたちと一緒だからと変な臭いのする香水をつけられたのだ。
三輪の方が序列が上なのにカバに合わせるの?
というか池の臭いでカバと鴨の香水の臭いなんて分からないけど。
「奥様は水には入られないのですか?」
カバが話しかけてきた。
「え?はい。私は陸上の生き物ですから。」
三輪は作り笑顔で答える。
「でも、奥様の夫は水の中も好まれるのでしょう?お屋敷にも池をお持ちだとお聞きしましたが・・・」
「え!?確かに睡蓮亭には池がありますが観賞用で、夫は池には入りませんよ。」
「それは奥様に合わせておられるのでは?ワニは一日の大半を水の中で過ごす生き物ですのに、無理な我慢を強いてはお気の毒ですわ。」
『は?ワニ?我慢?何言ってんの?このカバ?』
三輪は返事に困ってしまったが、会話を途切れさせるわけにもいかない。
「・・・別に我慢なんて。奥様のお屋敷ではご夫婦で池に入られているのですか?」
「いえ、私の夫は狼の子ですから水には入りませんの。不思議ですわ。以前までわが一族の夫は水生の母を持つ方ばかりだったはずですのに。」
あ、そういうこと。
三輪はカバの言いたいことが分かったが、三輪を恨むのは筋違いだ。
なんで直前に夫が交代したのか三輪だって本当の理由は知らない。
「そうなのですね。夫の一族がどんな基準で妻を選んでいるのか私には全く分からなくて。」
「・・・夫の一族ではなく、族長の奥様でしょう?同族には序列の高い方の夫にしろと介入されたとか。」
「はあ!?奥様はそんなことされませんよ!」
三輪は思わず大きな声が出た。
『なんなの?このカバ!奥様はそんな口出しなさらないわよ。というかできないわよ!』
竜湖様たちは奥様を大切にしている風を装っているけど、奥様は夫の一族が決めたことに意見を述べられることなんてなかった。
竜湖様がもってくる【お願い】を拒否したこともない。
できないのだ。
どれだけ旦那様に溺愛されていても、お子様を何人生んでも、妻の発言力は皆無だ。
夫の一族は妻を家族だとは思っていない。
「そんなにお怒りにならなくても。皆知っていることですわ。」
カバは意地の悪い笑みを浮かべる。
「まさか、奥様は本家の使用人の噂話を本気にされているのですか?」
三輪は鼻で笑ってやった。
大好きな奥様の悪口だけは許せない!
カバは途端に不愉快そうな顔になって三輪を睨んできたが、三輪は睨み返してやった。
沈黙が続き、カバの後ろの方では鴨が気まずそうな顔をして池に浮かんでいる。
「ん?」
頭上から鳥の鳴き声がした。
三輪が視線を外して上空を見ると、屋根の穴から鳥の姿が見えた。 獣人ではなく、鳥だ。
トンビ?ううん、鷹かな?
自然豊かな本家の庭には野生の鳥も沢山来ていたけど、屋敷の中に入ってくることはなかった。
というか鳥たちも紫竜の臭い?を嫌うらしく、旦那様たちの匂いがついた三輪たち使用人に近づいてくることはなかったのに・・・
なんで?
鷹はどんどん高度を下げて三輪に近づいてくる。
もう羽の音がすぐ近くまで・・・ 三輪はとっさにホホがそばに置いていった金属のお盆で顔を庇った。
すぐに鷹の爪や嘴がお盆にあたる音がして、手の中のお盆が弾きとばされそうになる・・・
「き、きゃああ!」
三輪は悲鳴をあげた。
「え?奥様?」
鴨の焦っている声が聞こえる。
「あら?人族の奥様は鳥と遊ばれるのですね。邪魔してはダメですよ。」
これはカバの声だ。
「え?でも・・・」
「奥様の侍女は動かないでしょ。そんなことも分からないなんて。やっぱり鴨はバカばかり・・・」
『なんなのこのカバ?』
三輪は腹が立って仕方ないが、今はそれどころじゃない。
なんで鷹が?
あ、もしかして頭のかんざし?
三輪は焦った。睡蓮のかんざしは夫が婚約指輪と一緒に贈ってくれた狼族の宝石細工だ。
値段は聞くまでもなく3桁を超えているはず・・・
鳥に取られていいものじゃない。
どうやって追い払おう?お盆を振り回す?
無理。
この鷹すきがない!
なんで私だけこんなに狙うのよ~
と、不意に鷹が消えた。
三輪のそばに人影が・・・
「奥様!ご無事ですか?」
「え?」
この声は・・・なんでここに?
三輪は驚いて白茶ぶちの猫の獣人を見た。
本家の赤い使用人服を着たこの美猫はソウさんだ。
その手には・・・血まみれの鷹が握られている。
「な、なんで本家の使用人が?無礼者!ここは奥様たちのお部屋ですよ!」
大声をあげたのは役立たずのホホだ。
「庭を掃除しておりましたら、奥様の悲鳴が聞こえましたので。非常事態だと思い。」
ソウさんは動じない。
「勘違いもいいところです!」
「勘違い?奥様はお怪我をされているようですが、お付きの侍女はどこで遊んでいるのです?それとも折檻が恐ろしくて逃げ出したのですか。」
お盆を持っていた三輪の手は鷹に引っ掛かれていくつも傷ができていた。
少し血が出て痛い。
ザブン
水の音がしたと思ったらカバが水から出てきた。
そして・・・いきなりソウさんを掴んで池の中に投げ入れた!
「な、何するの!?」
三輪は悲鳴をあげた。
「部屋に侵入してきた無礼者を始末しただけです。」
カバは意地の悪い笑みを浮かべる。
バシャバシャ
ソウさんが溺れて池に沈んでいく。
三輪はコートと着物を脱いで、下着の上の薄い着物一枚になると迷わず池に飛び込んだ。
「え?お、奥様!」
今度は鴨とホホの悲鳴が聞こえたが、どうでもいい。
三輪は池を泳いでソウさんのところまでいくと、ソウさんの顔を水の上に出した。
ソウさんはもう意識がないようでぐったりしている。
水は冷たいはずだけど、懐に入れた朱鳳の羽のお陰で三輪が凍えることはない。
三輪は池の端まで泳いでいくとソウさんを先に水からあげようとしたが、
重い・・・
先に三輪が水から上がろうにも手を離したらソウさんは沈んでしまう。
と、ものすごい力で腕を引っ張られてソウさんと三輪の身体が一気に客間の床に引き揚げられた。
「お、奥様!ご無事ですか?」
目の前には真っ青な顔をした鴨妻がいる。
どうやら彼女が引き揚げてくれたらしい。 獣人の中では小柄で2メートルほどなのに・・・力は凄い。
「一体何事です?」
勢い良く扉が開く音がして竜夢様が駆け込んでいた。
その後からは・・・あれは鴨付きの侍女だ。
彼女が竜夢様を呼んできてくれたようだ。
「お、奥様!なんでびしょ濡れ?」
あの竜夢様が大声をあげて三輪に駆け寄ってきた。
「私は大丈夫です。それよりソウさんを!私の命の恩人なんです!」
三輪がそう言って気絶したままのソウさんを見ると、竜夢様はすぐに本家の使用人を呼んでくれた。
ソウさんは使用人用の医務室に運ばれていき、三輪はシュグ医師の医務室に連れていかれ、手の治療をしてもらった後、今度はお風呂に連れて行かれた。
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