第9話 司令官
~隠れ家~
ジュウゴは、先ほどまでワニの獣人たちがいた密談室に入って行った。
中には司令官・・・ジュウゴをワニから助けたあの女と、その側近の男、参謀がいる。
「ジュウゴ、なんだその顔は?」
渋い顔をしたジュウゴを見て参謀が苦笑いする。
「なんでワニなんかと手を組むんですか?」
ジュウゴはかつてワニの奴隷だった。
実験台にされて殺されかける寸前だったのだ。
「あの雌ワニは貴重なの。あのシリュウの内部情報を持ってる。」
司令官は相変わらず感情の感じない声で答える。
「なんでですか?ワニはシリュウと敵対してたのでは?」
「ええ。あの雌ワニはシリュウの夫に捨てられたらしいわ。その恨み。獣人のくせに一丁前に嫉妬や未練があるみたいよ。」
「あの白鳥と同じですか?」
ジュウゴは先月会った雌の白鳥の獣人を思い出した。
「ココは違うわ。あいつは端からシリュウに恨みがあって妻として潜り込んだらしいから。復讐の途中でシリュウにバレて追い出された間抜けだけど。」
「白鳥の間者も次々消されてるんですよね?使えるんですか?」
「使える獣人なんて居ないわよ。私たちはシリュウに潜入できないから仕方なく手駒として使ってるだけ。それよりあのワシは動けるようになったの?」
「はい。あいつは今も空を飛んでいます。」
先月、例の白鳥がワシの獣人を連れてきて、ジュウゴが治療していた。
獣人の治療なんて経験もないし、なにより獣人に触るのも嫌だったが、司令官の命令だから仕方なかった。
ジュウゴは前職の薬と毒の知識を買われてここで厚待遇をうけている。
しかし拷問をうけて空を飛ぶどころかまともに歩けなかった瀕死のワシが一ヶ月で回復するとは。
獣人の回復力は化物並みだ。
正直、ジュウゴは大したことはしていない。毎日傷を洗って薬を塗って、弱ったワシが食えるような食事を用意したくらいだ。
「さすがね。前職は医者?ううん、町の薬屋ってとこかしら?」
「俺は記憶がないんです。なんで自分がこんなことができるのか不思議ですよ。」
ジュウゴは嘘をついて肩をすくめた。
自分の素性を知られるわけにはいかない。
この女は相変わらず鋭い。
女に従うなんて屈辱だが、こいつを敵に回すのもごめんだ。今は我慢するしかない。
「そう。まあいいわ。それよりワニの毒は改良できそう?」
「まだ途中です。今のやつも獣人が作ったにしちゃあかなり出来が良かったですが、解毒剤が作られたって本当ですか?」
「ええ、間違いないそうよ。あの雌ワニによればフクロウの医者の仕業だろうって。」
「は?フクロウの医者?」
「ええ、シリュウにはフクロウの獣人4匹が医者の真似事をしてるらしいわ。解毒剤を作るほどの能力はあるようよ。」
ジュウゴは信じられない。
ワニが毒を開発してフクロウが解毒剤で対抗して・・・獣人は人の何倍も知能が低いと聞いていたのに。
「あの、司令官、質問が。」
「なあに?」
「俺たちの目的は、シリュウに囚われている娘の解放ですよね?あのワシをシリュウのねぐらから連れ出せたなら、その娘もそうすればすむのでは?」
ジュウゴは恐る恐る尋ねた。
「ああ、無理らしいわ。ココによれば娘はシリュウの巣の奧深くに閉じ込められていて、シリュウの腹心たちが常に監視しているから間者たちは近づくことすらできないって。まあ、どこまで本当か分からないけど。私たちが目的を遂げてシリュウから手を引いたら困るのはココだもの。」
司令官は肩をすくめる。
「あの白鳥は俺たちを騙してるってことですか?」
「ええ、獣人は弱肉強食の生き物よ。あいつらは私たちを下に見てるから、私たちの知識や技術を利用することしか考えてないわ。私たちは騙されてるふりをして獣人から手駒と情報を引き出せばいいの。」
「さすがですね。では、俺は仕事に戻ります。」
ジュウゴはそう言って密談室を出ていった。
『あの女はやたらと獣人に詳しいなぁ。やっぱり獣人の元奴隷か?』
ここにきて半年近くになるが、あの女は獣人だけでなく人間の奴隷商への憎しみも凄まじい。
あの女が指示して殺させるのは、人の奴隷を買った獣人だけじゃない。
奴隷商人や家族を売った人間も対象だ。
ジュウゴの目の前でも娘を売った下級商人が殺された。
あの商人は獣人には売ってない、町の遊郭に売ったと訴えていたが、司令官は容赦なく商人家族を皆殺しにした上、娘が売られた遊郭の店主家族も皆殺しにしたのだ。
解放された遊女たちは参謀がどこかに連れて行ったから、あの商人の娘が居たのかどうかは分からない。
あの女は無茶苦茶だ。
ジュウゴだって獣人に娘を売るようなやつは死んで当然だと思うが、人相手に売るのは別によくね?
娘なんて金に困った時に売るために産んで育てるのだ。
売る先が奴隷商か遊郭か嫁ぎ先かの違いだ。
一番高値をつけた先に売り払えばいいのだ。
ジュウゴの両親も同じ考えだと思っていたのに。
父親は大事な娘を奴隷や遊郭になんか売れないと言い出して、急に取引先との縁談をまとめた。売るよりも安い結納金しか提示されなかったのに、歳を取って金の計算もできなくなっていた。
だから父親の死後、ジュウゴは妹を一番高値をつけた遊郭に売り払った。
母は薄々気づきながらも何も言わなかった。
なのに!
役人が人身売買の摘発にくると母親はジュウゴにすべての罪を擦り付けて、自分は無罪放免にされたのだ。
確かに母は何も関与はしていなかったが、老い先短い役立たずのばばあが罪をかぶって俺を守るべきだろうに。
跡継ぎの俺が何よりも大切だとずっと言ってきた母親は、いざ自分の身に危険が及ぶとあっさり俺を見捨てやがった。
あの老いぼれはもう死んだかな?
一人で薬屋をやっていけるわけがない。
実家はとうに失くなってるらしいし、頼れる先もないから一人でのたれ死んだに違いない。
いい気味だ。
俺を裏切った元嫁と同じく罰があったのだ。
あいつは俺と別れてまもなくマムシの獣人に実家のある町を滅ぼされた。
家族もろともマムシに食い殺されたに違いない。
妹を売った金のほとんどを結納金に回してあいつを買ってやったのに!
中級商人の実家から金をひっぱってもこねえし、俺の言うことに反抗するし、子どもも孕まねぇしでとんだ役立たずだった。
それでも側に置いてやったのに、妹の戸籍なんてどうやって見たんだ?
実家を利用して俺を脅してくるなんて!
なーにが結納金詐欺だ!
なのに母親はやたらとあの元妻を庇っていたな。俺を脅して出ていった後になっても元妻の肩をもって・・・
あーやだやだ!
昔のことを思い出しても面白くねぇ。
ジュウゴは自室の窓から外に向けて唾を吐いた。
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