【KACお題作品】煎じて飲めば万病さ効くなんて花さないで
カユウ
第1話
「は?煎じて飲めば万病さ効く花?んな花さ、ないで」
「……え?」
目の前に立つ花農家から告げられた言葉が理解できない。
「あんれ、聞こえんかったけ?万病に効くなんて意味わからん薬効の花さ、あるわけないで」
呆然としたわたしを見て、日焼けした体格のいい花農園の男は聞こえなかったと思ったのだろう。先ほどよりも大きな声ではっきりと伝えてくる。
「そ、そんな……」
ようやく男の言葉を理解できたわたしは、膝から崩れ落ちる。煎じて飲めば万病に効くという幻の花、
「こったら他に人もいない辺鄙なとこまで来るの大変やったやろ。ちぃとまっとき。肉と野菜くらいしかないけ、食うていきね」
花農園の男が何か言っているようだが、わたしの頭が理解することを拒んでいる。原因不明の病によって日に日に弱っていく弟に、姉としてできることがないという事実に心が押しつぶされてしまいそうだった。
どれほど時間がたったのだろう。わたしはいつの間にか屋内のイスに座らされ、色とりどりの野菜や美味しそうな匂いのする焼き肉など、たくさんの料理が目の前に並べられていた。
「え……ここは、?」
「お、ようやっと意識が戻ってきたべな。もちっと待ってくれや。そろそろパンが焼き上がるで」
たくさんの料理が並べられたテーブルの向こう、キッチンと思しき場所にいる花農園の男の声。ぼんやりしたままのわたしは、小さく頷く。すると、男はニカッという音が聞こえそうなほどの笑みを浮かべた。
「ほい、お待たせ。さ、食うべさ」
男に促されるまま、感謝の言葉とともに並べられた料理に手を伸ばす。
「……美味しい」
「お、そかそか。そりゃよかったべ」
わたしの名前がナタリアだと伝えると、男はオリバーと名乗った。美味しい食事とオリバーの人柄の良さに絆されたのか、わたしはポツポツとここにきた理由や身の上話を口にした。オリバーは、適度に相槌を打ちながらこちらの話を聞いてくれる。わたしは、誰かに聞いてほしかったのかもしれない。弟が原因不明の病であることを。両親は弟につきっきりになってしまったことを。わたしが、1人で寂しかったことを。
テーブルの上めいっぱいの料理がなくなったころ、わたしの話も尽きた。オリバーは、わたしに食休みをするよう告げると、空いた皿をどんどん片付けていく。あまりの手際の良さについつい見入ってしまった。
片付けが終わったオリバーは、今日は泊まって明日帰ればいいと言う。食事だけでなく、寝る場所まで世話になるわけにはいかないと固辞した。だが、オリバーは納屋で寝るので安心してほしい、と告げた。
「とはいえ、結局はおれんとこだから不安だわな。つうわけで、これ、使ってくれや」
そう言って渡されたのは、結界を張るための魔道具。この魔道具は使用者と、使用者が許可した者しか出入りすることができない結界を展開することができる。さらに、結界を無理やり突破しようとすると、結界内に爆音で警告音が鳴るという優れもの。
「風呂はそこ。ベッドのシーツ類は全部新しいものにしとるべさ。盗られて困るもんなんてないけ、好きに過ごしてくれや。んじゃ、おやすみ」
断ろうとしたわたしの規制を先したオリバーは、言いたいことだけ言うとさっさと家から出て行った。一瞬、呆けてしまったが、ここまで用意してもらっておいて、無理に帰るのも申し訳ない気がする。オリバーの好意に甘え、一晩の宿を借りることにした。
今までの思いを話したことで、スッキリしたのかもしれない。ぐっすりと眠ることができた。改めてオリバーに感謝の気持ちを向けていると、外から物音が聞こえてきた。慌てて外に出ると、オリバーが台車のようなものを押して歩いているところだった。
「おんや、起こしちまったか。うるさくてすまんな。おはようさん」
「あ、おはよう。大丈夫よ。もう作業するの?」
「んだ。昨夜のナタリアん話聞いてな、弟さん、魔力関係の病だって思うたんよ。万病には効かんけんど、魔力関係の病に効く
オリバーの人懐っこい笑顔から発された言葉に驚く。弟が病に倒れて以来、持ちうる全てを使って調べたが、竜風舞蘭なんて花聞いたこともない。弟を心配する姉としても、一介の冒険者としても、興味がそそられる。
「え、あ……わ、わたしも一緒に行っていい?」
「ええで。断崖絶壁になっている崖の上にあるでな。くれぐれも気ぃつけれや」
そう言うと、オリバーは再び台車のようなものを押して歩いていく。わたしは、そんなオリバーの広くて大きな背中を見ながら、後ろを追いかける。
しばらく歩いていると、緑色の塔のようなものが見えてきた。あの緑色の塔が龍風舞蘭だという。オリバーが花を採取する準備をしている中、わたしは初めて見た竜風舞蘭を見ていた。オリバーは、断崖絶壁の崖の上と言っていたが、それは少し正しくない。正確に言うなら、崖の際に生えているのだ。そんな龍風舞蘭が、少し離れたところに何本もある。きっとオリバーが育てているのだろう。
そんなことを考えていると、突然、真上から生き物の気配を感じた。わたしが上を見上げようとしたとき、暴風が吹き荒れた。そして、急な浮遊感と共に、体が崖に向かって飛ばされていく。思いもよらない出来事に、現実味が感じられない。しかし、わたしの世界は色をなくし、ゆっくりと視界が変わっていく中で、驚きに慄く。わたしの真上には、ドラゴンがいたのだ。それも、竜風舞蘭に触れそうなほどの低空でホバリングをしているのだ。
ああ、ドラゴンが起こした風に吹き飛ばされたのか。そんなことを思っていると、必死な形相のオリバーの顔が見えた。そして、オリバーがわたしの腕を掴んだ途端、世界は色を取り戻し、肩にものすごい衝撃を感じる。
「っ!、くぅ……」
「うおっと、大丈夫か!?」
恐る恐る目を開けると、わたしの片腕を掴んだオリバーが、崖から身を乗り出している。そして、オリバーの肩越しに見えるドラゴン。ドラゴンは天災だ。急いで逃げれば、オリバーだけでも助かるかもしれない。
「オ、オリバー、離して。ドラゴンが、いるわ!」
「わかっとうよ。引っ張り上げるけ、ちぃっと待っとき」
上体のほとんどがわたしから見えるくらい身を乗り出しているオリバー。わたしの不注意で、オリバーまで落ちてしまう。美味しい食事を出してくれて、安心する寝床を貸してくれて、わたしの話を聞いてくれた人。そんな素晴らしいオリバーが、一緒に落ちるのは避けなければ。
「離して、オリバー。このままじゃあなたも落ちちゃう」
「落ちんから大人しゅうしてくれい。大丈夫じゃ、引っ張り上げるけんの」
「そんな……無茶よ。離して。離していいの。オリバーは何も悪くないわ」
プチン、と何かが切れた音が聞こえた気がした。
「じゃかぁしい!この後に及んで人んことばっがり!ここで正直にならんでいつ正直になるが!」
豹変とも言えるほど様変わりしたオリバーに言葉が出ない。
「弟ん病気治す薬持って帰るんだべ!?そんで親父さんとおふくろさんにナタリアんこと見てもらうんだべさ!いい加減正直にならんね!」
「……っ、オリバーに、なにがわかるのよ」
「わからん!だけん教えてくれ!ナタリアんこと知りたい!ナタリアはどうしたい!?」
「っ……うう……い、生き、たい。生きたいよ、オリバー……だから、やっぱり、離さないで」
「あったり前だべ!エリュシア、しっかと受け止めろや!」
オリバーの叫びと共に、わたしは上空に放り投げられた。上半身がほとんど空中に出ており、そう満足に力も入らないような体勢だったはずのオリバーに放り投げられたのだ。そして、投げられた先に待ち構えていたのはドラゴン。
「え、うそ!ちょっとオリバー!?」
ドラゴンに食べられると思い、ぎゅっと目を閉じたのだが、いつまで経っても痛みや衝撃がこない。むしろ、暖かな何かに包まれて快適なくらいだ。そっと目を開けたら、目の前にはオリバーが立っていた。だが、わたしのほうではなく、少し上を向いている。
「わざわざこんな辺鄙な場所まで来てくれたナタリアを風圧で吹っ飛ばすなんてダメだろう、エリュシア」
「いや、ついうっかりというかなんというか……すまんかった」
「謝るのはオレじゃないべや」
「う……あ、あー、ナ、ナタリア、さん?この度は迷惑をかけて、すまんかった」
「へ?……あ、いえ」
呆気にとられるわたしに、オリバーはエリュシアを友人として紹介してくれる。わたしが来たことを心配して駆けつけて、いや飛んできたらしい。ドラゴンを友人と言うオリバーの度量にただただ驚くばかりだった。
その後、予定通り竜風舞蘭の花を収穫したオリバーは、時間停止機能つきの使い捨て保存袋に入れてくれた。エリュシアは、お詫びの品として宝石をいくつかと鱗を何枚か渡してくれた。わたしは、2人から渡されたものをしっかりとカバンに詰め、花農園を後にした。
「オリバー、エリュシア。また遊びに来るね!」
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