第3話ラピスラズリの触角



久しぶりに走らず平和に始まってそのまま気持ちいい天気の朝だった

——会社に足を踏み入れるまでは。



エレベーターを降りてすぐ、社内は浮き足だっていた。所属部署のフロアへ向かう前から、あちこちで他部署同僚達が顔寄せ合う姿やひっきりなしで応対して切った電話がすぐ鳴るためか、空気はざわざわとしていてなんかあったのかと思いながら自席デスクに着く。


降りかかり出した、小さなトラブル。

外回り営業中社員への連絡がなぜか繋がらない、取引先に繋がらない、と言う営業部。


こじつけのような、クレームを持って返金しろと言うお客様の対応を社内電話がうまく繋がらず自身のプライベート電話で掛けて会話をする、同期の姿。


どうやら通信障害らしい。


また、そのせいで荷物の集配や受け取り、

また、偶々、電車がトラブルで止まり閉じ込められた故に出社出来ない遅刻すると言う連絡が、これも社に繋がらず個人が出社している個人へ携帯で連絡しなんとか知らせるなど、あまりないトラブルの影響が外でも起きているようだった。


バタつき、人は今足らない。

誰もが使う社内パソコンも繋がらない。

誰もがイライラし浮き足立ち、皆抱えたトラブルを相談し合い、どんどん殺氣立つ中。


僕には予定外な来客の知らせ。


いたのは顔面から血の気が引いた白髪の男性。彼は、僕の顔に写真を見せてこの石持っているか、譲ってくれないかと言うのだった。







時間を巻き戻し今朝、自宅。


増えて来た石たちを纏めて飾った一角。


母が実家で、「うちの父さんつまりあんたのじいちゃんもなんやいつも、石もろて来たわ」と言ったのが、見るたびに脳裏によぎる。

まさか、これ、まだ増える可能性があるのかと部屋を見回すが空きスペースなどない。



今は棚の余白スペース内に収まりがついているが、いつか大事なフィギアと場所を取り合うの困るなと思いつつ見ると。


目の前の石がてらって光って、見えて人なら大丈夫だと頷き返事をしたような、氣がして氣のせいと、気持ち切り替えて洗面所へ。


変に上にピンと跳ねた寝癖が撫でて濡らして、乾かして、ワックスしても誤魔化されなくて朝からほとほと、げんなり。

とは言え、直らないものを治し見た目が招く恥ずかしさと遅刻の恥、は天秤にかけられない髪は諦める。


定位置になった左ポケットに石を確認。

今日は安心して家を出られそうだった。


ここのところ何回も忘れ物や、戸締りのし忘れ、に氣づいて出た家に戻っては差し迫る電車の発車時間に間に合わせるため、時間勝負に走る日々。

毎回なんとか間に合う幸い、出先トラブル難を逃れているのはありがたいことだけど。

その度石が家に居る事に気づいて。

石を確認し出したら、どうやら、出戻りするのも無くなり忘れ物等も家を出る前に氣付けるように。

と、いうわけで今日も石を手に触れながら、出社する。


ゼーハーしないで入る車内は、同じぎゅーぎゅーでも周りの視線が無くて。それも、ありがたいなぁと、思い安心して。


ついた会社で。

眠ったパソコンと、あちこちから言い合いの声を聴きながら、さてどうしようと、僕は自分のデスクを見ながら、片手はポケットの中にて石をにぎって居た時に上司から応接室にくるよう呼ばれたのだが。

なぜか、石はまだ有るかと握る石とは別の人目を引く天使の形をした石を持ち来るようにと注文。



石を見た客の男性は、石を眺め、自分の持つ写真と見比べ、触ってもいいですかと言い持ち上げ裏返し食い入るような顔をして、石を置き、土下座。


やめて下さい、ハラナカさんと上司が口や身振りまた、付き添い居た部下のような人に訴え、止めてと止めようとするが、部下らしき人は止められないと首を振る。


黙る僕が頷くまではと、

これ以上下げられないほど頭を垂れ下に顔をつけようとしたために慌てて、僕も上司とともに止めようと腕を床と男性の体の間に差し入れ止める。


何故はい、あげます、譲りますと言えないかと言えばこの石も、また、あげますと渡されたものではあるが、サイズや石の種類とグレードによる、価格からしてハイとただ受け取る品では無く、隙あらばかえさねばでとりあえず、今は預かり中みたいなもの、だけど顧客から頂いたものなので会社にも許可を得て自分のデスク脇に置いて過ごしている、そんな石なので。


態々くれた、数日後と言うタイミングもあり、下さった方に断りなく渡す事、そもそも他人に渡す事に罪悪感と言うか気まずさがあって。


石をなんとしても持ち帰りたい男、ハラナカさんになんとか椅子に座り待って頂くようにし、客の彼に断り一度中座して。

一呼吸、そして発信ボタンを押す。


『はい、石ボーイ?』

珍しいねーと言う相手に、値段を払うから石を譲ってと言う話をする。


『だから?あげりゃ良いよ、あれは、前に言ったけど安くて〇〇万だったけど性格に価値をつけるなら〇〇〇万以上だから欲しい値段を付けて売りゃいいよ、お礼だって言ったろ俺君に』


そんなん自宅ならともかく会社で出来ない、会社に居られなくなると言う僕に、笑うと。

『うちに来てくれたら、雇うけどまあ、冗談はさておき、だ』

揶揄う口調を改めて。


『渡していい事、もちろん君がいいなら君の値段、それが『free』だとしてもいい』



と言うと、向こうから切れた。


判断はまかすと。



部屋に戻る。

値段分支払うと、スーツケースを指し現金がいい?それとも、小切手か、振り込みが良いか?など言うハラナカ氏。

そして、苦虫を噛み嫉妬を隠そうと貧乏ゆすりをした指先を背中にまわす上司。


「お譲りします。だから、お譲りしますしお金は受け取れません。」

「いや。そんな事は、価値は見たら分かるだろう?君は」

出来れば上司も、知った話とは言え。

言うと刺激になるかと何度も口にしたい事では無いのだが、これはタダで譲ってもらって、かつ飾る置き場所がなく、嵩張る大きさ故に、受け取って頂いたら助かると説明し、お金を受け取る事は避けられた。


が、その後。

彼な知り合いの社長氏、また彼自身の仕事の、大口発注を僕にする、僕を窓口に仕事依頼するということでお礼に変えて頂けるように話し合いをし。


部下らしき人が梱包しスーツケースとは違う別鞄に石を入れて仕舞うと、ハラナカ氏はまた連絡させて貰うと言い、僕と上司は玄関まで見送り、会社を出て行かれた背中が車に消えそれが立ち去るを見送って、それからまた自分たちの部署に並んで戻ろうと、会社側に顔を向けると。


上司を他部署の人が呼び止め、僕は先にと足を向けた時。あちこちから、やったーと、喜びの声が上がる。


修理業者が遅れる中。

朝からの通信障害が、復旧?改善したかもしれないと、繋がった人達が声をあげ、つながりを諦めていた他社員達も、また再度試すとあちこちでパソコンを立ち上げたり、電話を掛けたり。


そして。


そんな時。

待ち望んでいた通信会社が来て、点検、復旧作業を順次するお知らせが社内をめぐり。


ほっと息がつけるめどは、昼を越えた15時。

上司はあれから忙しくあちこちへやりとりに追われ、その分の仕事を振られた僕は僕で忙しくて。

やっと昼食をして。

ふと気づいたら退社時刻、ノー残業デーのため、残れないと時計を見て。

濃厚過ぎた一日、あった天使の形をした石が手元にない事を確認し。

今日は豚骨ラーメンだ、と言う同期とともに飲みに行く事にする。


疲れた。もう、直接帰ってしまったら食べず寝て仕舞うだろうと分かるから。

で一人で食べ一人で帰ると、何処か道中寝過ごし寝落ちしそうだから。


誘いは渡りに船すぎて。

つい、自分のポケットの中の石に内心お礼を呟きついでに、お願いを。


"無事帰して、で明日無事起こしてくれないか"


何となく石が助けてくれると、確信してしまった、から。

後は、そう、色々ありすぎて。

社内の人も、顧客も癖がありすぎて。

疲れが溜まっているだけ、弱氣な気分なだけに何かしら縋りたいのだろう、石に、すら。



石を譲り渡した今は顧客、ハラナカ氏は。

原仲源蔵さんと言う一角の人物だったらしい。彼の紹介だと言う新規さんと、その持ち込み仕事で、会社全体が盛り上がっている。


丁寧に僕宛の礼状には、ご家族と石と映る写真。

孫に譲ると決めたら、大事なラピスラズリの石が消えていたのに気づいてね、普通に探しても見つからないから、専門家に相談して最初は君のお祖父様を紹介して貰おうとしたのだが。君がいて、継いでいてくれたので助かった、と言う内容。


消えた?も、だし。

同封されていた、彼の若い頃の写真に映る石は確かに毎日見たあの石そのものだし。


解決はした。

高額で体積のある石は必要な場所へ行き。

僕の手元から無くなり、それは仕事場で物理的に狭くて嫌、も、ずるいなぁ的注目を浴びまくるのも無くなり快適さが少し戻り。

何よりやっかまれるくらい、仕事がかなり上り調子。


だが。

ますます、祖父は何してたんだ?と思うし。

手放してないものが、わざわざど消えて現れて、帰るような事が起きたりするか?


少なくとも。

ハラナカ氏は、どっからどう見ても嘘をつくようなタイプとは正反対。


そもそもそういえば。

何故あの人は、僕にあの、青い天使の石を渡したんだ?



顧客である、自分に石を渡した人にメールを送る。経緯を報告しておく為に。

すると、電話。


『やあ、なんとかなったようだけど。

お金貰っておいたら良いのに、勿体無いね?次は、こう言う時は一度ちゃんと受け取ってみなさいよ。受け取ってくれなかった子について、彼は何やらお礼をしなくてはて考えているらしい』


「断ったんですが?」


『だから、さ。もし、これであの時素直に受け取りしていたら、それで関係はお仕舞い、だっただろうけど、はははっ氣に入られたり、恩に報いたかったりするとこれからも縁が繋がるわけで、騒がしいのから逃げよーとしたんだろうが逆に、巻き込まれる側に足を踏み間違えた、のさ。』


ずっと話す、話の切れ目がなく聴いていれば、確かに最近、良くも悪くもどの縁も切れなくて。

息苦しさ。

顧客たちの世界と自分の庶民世界の間を行ったり来たりとか。

ご機嫌な人と不機嫌の人の間を行ったり来たりとか。


なんだか、縺れてきて。

とは言え。

「大体、最近の大半ミカドさんのせいじゃないですか?」


彼から紹介されたと言う、人たち。

彼らは業種色々、年齢様々、ただしやたらと石を愛しているせいか。

浮世離れしていたり、変わった人が多く。

普通なら避けたいが、皆揃えたように僕を指名してくださる。


『良いじゃん、じゃんじゃん、仕事したかったんだろ?出来る人になってんし。』


「なんか、狸にばかされたみたいなゲタ履きしても、実力にならないでしょ」


『ははあー馬鹿だなあ。運だようん。

ギャグじゃなくて。人一人の能力にそんな差は無いのだよ、分かるかい?』


なんだか丸め込まれて向こうから切れた。

かけ直しまでする言い残しなど大事な話はない。文句を軽く言い合う友達ではない、客。


切れた画面を見ても仕方がない。

水でも飲もうとして。

僕は僕の青い石を見る。

何も言わない石にお疲れ様と労われた氣がして、水は止め止め。

ビールと、ほどほどにしないとと残したポテトサラダをサーブ。

明日なんて言ってとっておかないで、楽しみを今味わって、自分に、自分だけは優しくしておこうかな。


飲む筈ないがビールを、石の前にも置く。

問題はスッキリ無くならなくても、害がない程度に収まる、こともある。


有耶無耶。気持ち悪いがそんなもんなんだろうな。

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