第13話 ニーコとカポ (一か月と一週間後)

 革張りの椅子にゆったり腰かけて葉巻をくゆらせている中年の男が深い金色の瞳を鈍く光らせ目の前に立っているニーコをじっと見ていた。男はディーノの父親でバルドファミリーのボス、ルチャーノ・バルドだ。


 アンティークな重厚感あるオーク材のデスクの上には写真付きの何枚かの書類が扇型に広がっている。


「それでアイツの様子はどうなんだ」とルチャーノは口の中の煙を一度含んでから吐き出した。 


「はい、カポ。 変わりないです。一緒に住んでいるレイについても分かった事がありますが、」と少し迷ったように目を泳がすニーコにカポは先を促した。


「うちの店でイカサマをしかけた G.P. のミッキー・ゲロが連れていた日本人の男がレイと繋がりがありました」と机の上にある書類に張り付けてある写真を2枚剥がして並べた。カポは書類を読みながら続けろとニーコに目を向ける。


「レイはタカトウ・コーポレーションの鷹東怜で間違いなさそうです。本人に記憶がないのも嘘ではないと思います。こっちのイカサマ野郎はレイの部下で丸岡という名前でした。レイの名前を騙っていろいろと悪さをしているようです」


 ニーコはカポの返事をじっと待つが何も言わないので続けて話す。


「あの夜、レストランで酒を飲んでいた客が見つかったのでそれとなく聞いたところ、レイは一人で来て誰かを待っていたようだと言っていました。

 持ち物は知らないと。後は前に話した通り、俺がタイヤを撃ったバンが店に突っ込んだ結果ディーノが怪我をしたレイを拾って帰ることになりました」


「医者なんぞに憧れるから死にかけをほおっておけんのだろう。うちの稼業はマフィアだぞ、まぁ医術があれば暗殺できるけどな」


 ハハハと笑うルチャーノの左腕の袖には中身がなく、ぶらんと布だけが垂れ下がっている。切断された左が実在するかのような雰囲気でルチャーノは肩を揺らして笑っていた。


 この男はある国の紛争時に左腕を無くしながら右腕一本でアサルトライフルを撃ちまくったという伝説を持つ軍隊経験のあるカポだ。傭兵ができなくなったのでマフィアに入りのし上がったという変わり種である。


 ディーノをいかつくした感じの整った顔に肩まである金髪を後ろで一つにくくり、こちらを見ている鋭い目つきは狂人じみていて威圧感が凄い。敵に回したくない人だとニーコはつくづく思う。


「話を戻しますが、イカサマを手伝っていたのがうちの古株のデイラーだったので不正が分かるまでに時間がかかりました。前日になって発覚したのであの夜はあいつらが店に顔を出してすぐに捕まえる事ができたんですが、隠れていた仲間がいて逃げられた挙句に銃撃戦になりました」


「バレないと思ってたのか、それにしてもお前も舐められたもんだな」


「はい、ただおかしいのは、丸岡は薬の仲介人もやっていたのですが同じ日に麻薬取引をしているんです。自分が出向かずに違う誰かを使うのはリスクがあります。カジノに現れたのはまるでアリバイでも作りたいような、そんな違和感があります。そこで鷹東怜です。レイが麻薬取引の現場にいたんじゃないかと俺は思います」 


「取引相手は誰だ」


「オッソ・ポラールです」


「ほう」


「もう一つ、おかしいのはレイはスーツを着て社章までつけていたことです。彼は麻薬取引だとは知らされていなかったんじゃないかと。危険な取引をする場所でわざわざ自分がどこの誰か分かるようにはしないでしょう」


「分かった。レイについてはお前の判断に任せる。それよりもイカサマで持っていかれた金は回収できそうか、そっちの方が問題だ」


「はい、G.P. から倍返ししてもらうつもりです」


「そうか、それは楽しみだ」


 灰皿にすっかり短くなった葉巻をねじりつけるルチャーノに「はい」と言って頭を下げたニーコは静かに部屋を出てドアを閉めた。



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