第14話 タカトウ・コーポレーション
時折電話の鳴り響く広いオフィスは個々にパーティションで仕切られその中で各々が仕事に向かっていた。
「何やってるんです? 会社でエロ動画とかやめて下さいよ。まさか仕事とか言わないですよね」
PCに向かってカタカタと忙しく指を動かしている鷹東怜の背後にいつの間にか男が立っていた。怜は手を止めて声の主に振り返り無言で睨む。
睨まれた男は「おっと、失礼。鷹東部長」と口元をニヤケさせいかにも馬鹿にした様子で画面を覗いてくる。
馴れ馴れしく呼びかけてくる男は俺が成りすましている鷹東怜の同期で幼馴染、そして遊び仲間である丸岡という奴だ。同期なのに敬語なのは怜が一応上司だからだろうが抜け目のない目の奥底に軽蔑の色が見える。
素っ気なく「別に」とだけ答える偽者に丸岡は怪訝な顔を隠さない。それは憎しみの色をも帯びていた。
「つれないですね。行方不明になったと聞いたあとに実は入院していたと連絡があったので本当に心配してたんですよ。なのにパーティーにはちゃっかり出てたそうじゃないですか。誘って貰えなくて残念です」
「ああ、悪かった」短く不自然にならない程度の返事をしながら
それを見た丸岡は小さく舌打ちをして「部長がいない間の仕事はやっておきました。いつもの事ですから」と嫌味たっぷりに言うとすぐさま消えていった。
なるほど、鷹東怜がイライラするとすぐにキレるというのは本当らしい。
調べれば調べるほどこの鷹東怜というのはダメな男だった。セクハラ、パワハラ、仕事は出来ないくせにプライドだけは高い。女好きで金遣いが荒く横暴、どこをどうとってもいい所がない。いいところがあるとすれば顔だけだ。
そのおかげで俺に近づいてくる者はほとんどいない、こんな好都合なヤツもいないな。
俺はほくそ笑んで奴のパソコンから情報を抜き出す作業に戻る。いつになく真剣に取り組んでいるのが余程珍しいのか俺の事を遠目に見ながらヒソヒソ話しをしている連中もいて本当に笑える。
それにしても丸岡が怜のPCを勝手に使っていたのは盗聴していたので知っていたが仕事を押し付けられていたのは気が付かなかった。この中のデータはほとんどが丸岡のデータなんだろう。
巧妙に隠されたファイルにはとんでもないものが入っていて驚いたがこれは収穫だった。
あいつには少し踊ってもらおう。パスワードを変えてやったからすぐに動いてくれるはずだ。さて、早めに切り上げないとぼろが出て怪しまれそうだ。
俺はPCに接続していたUSBを抜いてポケットに入れそそくさとオフィスの入っているビルから退散し裏通りに止めていたくたびれた日本車に乗ってチャイナタウンにあるアジトに向かった。
しばらく車で走って戻ったアジトは雑居ビルの中の一室にある。階段を駆け上がってたどり着いた部屋のドアノブを見ると仕掛けていた細い糸が切れていた。中には人の気配がする。俺はハンドガンを構え足先でそっとドアを開けた。
カタっと音がして人影が現れる。
「……、こんばんは偽者さん」と両手を大袈裟に挙げながら背の高い女が出迎えた。
俺は慎重に周りを確認しながらハンドガンを下げた。
「あら、美人がお迎えしてるのに愛想が悪いわよジャック。今はレイ・タカトウだっけ?」
「勝手に入るな、何の用だ」
目の前の女を見据えながら部屋に入るとクローゼットの中から艶やかな毛並みの黒猫が嬉しそうに飛びだしてきた。
鷹東怜に似せた特殊マスクを顔から剥がしてジャック・カリダに戻った綺麗な日系の青年は黒猫を抱き上げて顔を寄せる。
「ふふふ、ジャックはいつも見てもいい男ね。派手じゃないところが好きよ。でもその黒猫は嫌い。私にフーフー言って近寄らないのよ可愛くない」
女はフンと俺の相棒に悪態をつく。愛猫の名前はクロエだ。
「で、さっきも言ったが、何の用だ。北条蘭」
「来月のパーティー、あの有名な財閥の坊ちゃまも行くそうよ。あなたの妹さん、ウララちゃんをエスコートして」
「はんっ、俺の妹じゃないがな。それより有名な財閥の坊ちゃんって誰だ?」
「レオナルド・マルコーニ。あなたも知ってるでしょう、バスから戦車まで作ってるていう大企業の御曹司。最近はエンタメ方面にも強くて彼と仲良くなれば有名俳優にも
「そのレオナルドは三人でうちの店に来たんだけど、そのうちの一人が鷹東怜だったって言ったらどう?」
ジャックの口角が上がった。行方不明の鷹東怜がレオナルド・マルコーニと一緒にブティックに現れたって? 何が起きているんだ。
「へぇ、その話、詳しく聞かせろ」
「いい情報でしょ、見返りは何でもいいわよ」
「まぁ情報次第かな。あんたに借りを作るのは嫌なんだけどね」
北条蘭が薄く微笑みながら両手をジャックの首に回してキスをねだるように顔を近づけるとクロエがフ―と毛を立てて威嚇する。
「俺の相棒はどうやらあんたが嫌いなようだ」とジャックが笑って北条蘭の唇に人差し指を当てる。
蘭はジャックの人差し指を口に含んで舌で絡めとるように舐めるがジャックの唾液にまみれたそれは蘭の頬になすりつけられた。
つまらない男ねと少し不機嫌に言いながら蘭は手袋をつけた手で自分の頬を
「勘違いしてるようだから言っておくけど。どこかの諜報員と同じにするなよ、俺は絡んでくる女をいちいち抱いたりしない」
「あはははは何それ、面白い例えね」と蘭はお腹を抱えて笑った。
「それよりも、ビジネスだ」とさらっと言って椅子をサッと引き蘭にすすめる。
北条蘭はすすめられた椅子に優雅に座り長い足を組んだ。
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