第31話 地下駐車場

 くたびれた日本車は見た目によらず快適だった。


「日本車も意外といいな」

 

「だろ? 俺は日本贔屓なんだ」しれっとして怜の偽者が言う。


「その顔でそのセリフを言われても説得力がないな」


「あははは、そうだった」


 余裕たっぷりの男にディーノは時折イラっとするがこいつとの会話にも慣れてきた。話半分だけ聞いておけばいいだけの話しだ。


「ところで、名前は? 本当の名前を教えろよ」


「そうだな、Jって呼んでくれ」


「Jね、了解」


「もう着くぞ」


 スマホで通話を何度か交わしていたJはどこかのビルの地下駐車場に入っていく。後ろから付けてきた車は流石にここまでは来ないのか見えなくなった。


 くたびれた日本車を数台並んだ高級車の間に止めると少し離れたベンツから全くそれに似つかわしくない若いやんちゃそうなハンサムな青年が降りてくる。


 二人の様子を見るにスマホの相手はこのハンサム君なんだろう。ディーノは車から降りずに二人を伺っていると駐車場の入り口付近に何か動いているのが見えた。尾行していた奴が追ってきたに違いない。


 ディーノは車のドアを少しだけ開けると屈みながらゆっくり静かに降りてどちらからも見えないように車の陰に隠れた。


 忍び寄る影は止められた数台の車に隠れながら二人の死角をとろうとしているが体が大きくてバレバレだ。狙うのはハンサム君の方だと分かるとディーノもゆっくり影の後を追ったがこれは流石にJも気が付くだろう。


 だがディーノの予想に反してJは何故かじっとしていた。


「動くな」大柄な男はやすやすとハンサム君の頭に銃を突きつけるがその大きな背中の後ろをとったディーノが「お前もな」と心臓の辺りに銃口を突きつけた。


「流石だね、期待通りに動いてくれるから嬉しいよ」とJがディーノにウィンクした。 


 こいつの思惑通りに事が運んでいるように思うのは勘違いなんだろうか。違和感しかないとディーノは思った。


「さて、熊さん、じゃなくてグリズリーだっけ。取引だ」


 Jが大きな男にだけ分かるように何かを顔の前に突き出した。ディーノには大きな背中が邪魔で見えないがグリズリーの体が明らかに反応したのが分かった。


「お前、どういう事だ。鷹東怜じゃないのか」


「まだ内緒、シー」


「頭おかしいのか。誰が取引なんかするか、舐めるなよ」


「身の安全と、仕方ないから金もやろう、どうだ」


「フン」


「ペットフードは売れてるかい? 袋に間違って白いものが入ってたってクレームがそのうちどかに行くかもな、社長さんはどうするのかな」Jの声がだんだん低くなる。


「てめぇ、うちのボスに手を出したら殺すぞ」


「えー、その前に死ぬのどっちなんだか、早くしないと後ろの人がキレちゃうよ」


 このどうでもいい馬鹿馬鹿しいやり取りにディーノは確かにうんざりしていたが心を読まれていることの方が正直不快だった。


「くそ、分かった。話を聞く」グリズリーは諦めたように言った。


「はいはい、じゃあ仲良くしよう」


 Jはまんまとグリズリーを手玉に取った。



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