第26話 鷹東の邸宅
緑の中を静かに走り去るリムジンを見送り桃木は鷹東邸に戻る。表側にある本宅には優雅な暮らしを思わせる重厚でシックな家具調度が置かれていた。
最奥の部屋の前まで行きドアをノックすると入れと返事があり一拍置いてからドアを開けて桃木が入っていった。
「これから怜さんのお迎えに上がってパーティー会場にお連れします、す」と語尾がおかしくなって下げた頭が変に揺れてしまう。
「ふっ、なんだ桃は俺の前だと緊張するのか」と窓際に立って外を見ていた中年の男性が温和そうな顔で桃木に言うと「当たり前す、です、社長」とまたおかしな語尾になって桃木は冷や汗をかく。
「怜が行方不明になっていたと聞いた時は心臓が止まりそうだったが一体やつは何をしてるんだ。お前は知らないのか」
「えと、いつものように用があるときだけ呼び出されるので詳しくは、その、わからないす、です」
「とにかく、今日のパーティーが終わったら力づくでも連れて帰ってここで生活をさせる。迎えには他の者も差し向けるから怜には黙っておいてくれ」
社長はそういうが本物の怜さんは本当に来るんだろうか。兄貴が化けた怜さんを連れて帰ることはないだろうけど。どうなるんだろうと桃木は胃が痛くなる。
「はい」と桃木は短く返事をしたあと「行ってきます」と頭を下げて部屋を出ると車庫にいった。
車を運転しながら桃木は怜のことを考えていた。
社長は温厚で人情に厚いいい人だが優しすぎる面がある。
鷹東がここまで大きくなったのは現社長の父親である会長のお陰らしい。社長の息子は二人で長男がいるがこれが会長の性格そっくりで欲しいものを手に入れるのに手段を択ばない怖い人だそうだ。桃木とは面識がない。
次男の怜さんと妹の麗さんとは異母兄弟になるが反りが合わなくて長男の恭司さんは家を出て一人暮らしをしているらしい。下部団体のコンサルティングの会社の社長をしている。
タカトウ・コーポレーションの次期社長はまだ決まっていないが会長の後押しで恭司さんがなるだろうと言われている。会長に好かれていない怜さんは蚊帳の外だ。社長は優しいが会長には逆らえない。
「怜さんは寂しいんすよ。誰にも頼れないとか愛されてないとか言って」グスグスと鼻をすすり始めた桃木は運転中だという事に気が付いて思考を止めた。
車は怜のアパートメントではなくジャックが指定したホテルの地下駐車場に入っていく。くたびれた日本車が場違いにぽつんとあるのを見て桃木が合図を送ると中からタキシードを着た鷹東怜に成りすましたジャックが出てくる。
「時間通りだな」とジャックが言いながら桃木の乗ってきたベンツの後部座席に座った。
「お前のところには鷹東怜からの連絡は入っていないのか? 前はちょくちょく呼び出されてたろ」
「ここ2か月くらいはないっす。怜さんが無事ならおいらに連絡があってもおかしくないっすから、やっぱり何かありそうっすね」
「お前には言ってなかったが何かどころか面白いことになってるぞ。オフォスのデスクに付けた盗聴器からは丸岡が夜な夜な喚き散らしてる声が聞こえてきてうざいったらないよ。強盗に遭った高級アパートメントの周りはヤバそうなのがずっと見張ってるしな、本物が帰ってきたらすぐさま殺されそうだ」
「ええっ、怜さんそんなにヤバイことになってんすか」
「そうなんだよ。あれだけ周りがヤバイのに本人は全く分かってなくて、あいつは本当に鷹東怜なんだろうか。俄かには信じられないな」
「怜さんの居場所知ってるんすか? 会社にもずっと出てないっすよ。社長がパーティーが終わったら怜さんを連れ戻すって言ってたっす」
「丸岡もやっきになって奴を探してるしな、今日は鷹東怜が主役だな」
後部座席でケラケラと笑うジャックは特殊マスクで自分が鷹東怜に成りすましてるのを忘れているのかまるで他人事だ。
「兄貴、笑いごとじゃないっすよ。怜さんに成りすまして本当に大丈夫っすか。命がかかってるんすよ」
「これくらい目立つ餌だと喰いつきも大きいのさ、今日は大漁だぞ」
「また、そんな呑気な事を言って。おいら心配で胃が痛いっす」
「もう賽は投げられたのさ、やるしかない」
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