第23話 ダンスレッスン 2

 ホールに行くとレオナルドと老執事のスチュアートが待っていた。


 「レイはそこで見てて、僕が女性側になってお手本を見せるから」と慣れた感じでディーノとレオナルドの二人がホールドを組んでワルツの見本を見せてくれる。


 優雅に踊る二人は童話の中のお姫様と王子様のようだ。お姫様はもちろんディーノだけど。しばらくするとレオナルドに「レイ、見惚れてないで君はスチュアートと練習だよ」と言われ、レイはちょっと残念に思いながらも姿勢正しい老執事にお願いしますとぺこりと頭を下げた。


 老執事は穏やかにこちらこそと軽く礼をして手を差し伸べてくれる。


 たがしかし、老執事はとても厳しかった。


 レイの姿勢がが少しでも緩むと背骨が折れるかと思うくらいにバシっと引き締められ、少しずれている顔の向きを首が折れるかと思うくらいにガキっと変えられ、ステップを間違うと足が棒になるくらい何度も繰り返しやらされる。レオナルドに教えて貰った方が絶対よかったと心底思うが文句はいえない。


 短い休憩を挟みながら2時間ほどレッスンをしていると基本のステップはそれなりの形になってくる。レイは少し余裕ができてくるとディーノの姿を探したがホールにはレオナルドの姿もなくいつの間にか厳しい教官とレイと音楽係の若い執事だけになっていた。


 ディーノは何処に行ったんだろう。少し様になった踊りを見て欲しいのに、できたら一緒に踊りたいとレイは目で探すが「顔の向き!」とスチュアートにガキっと戻された。この爺さん、見えてないはずなのに何で分かるんだ、怖ええと心の中で叫んだ。


 十一時を過ぎたので執事の方から午前中のレッスンはこれで終わりですと言われる。ということは午後もあるのだろうか。ちょっと嫌になってきた。


 昼食の用意ができたらお呼びしますのでお部屋の方でお待ちくださいと言われレイはありがとうございますと言ってホールから客室に一人で戻った。


 途中で庭園に散歩がてら出て見ると背の高い人影が並んで見えたのでディーノとレオナルドだと思い声を掛けようとして足が止まる。


 親密そうな二人には近寄りがたい雰囲気がありレイは立ち止まって動けなくなった。


 早く部屋に戻ろうと体を廊下に戻した刹那、庭園の先の高い塀にキラリと光るものがレイの目にとまる。この光景に見覚えがあった。撃たれる。


 レイは咄嗟に「危ないっ」と声を上げた、そして同時にライフルが唸る音がする。


 地面に伏せるディーノとレオナルドを見てレイが駆け寄ろうとした。


「来るな!」とディーノが叫ぶと何発かの銃声が立て続けに唸った。


 レイはその場にしゃがんで耳を塞ぐ。辺りが静まってもじっとしているといつに間にか傍らに来ていたディーノが肩を抱いてくれた。


「あの銃声はうちのライフルです。塀の外でドローンが飛んでいたいので銃撃したようです」とレオナルドはスマホを操作しながら塀の方を見た。


 外から撃たれたわけではなかったのか。確かゲームに同じようなシーンがあって誰かが屋敷内で撃たれてたように思ったけど。間違っていて良かった。


「ごめんなさい。早とちりして俺が声を上げたから」レイは邪魔をしてしまったことにシュンとしてしまう。


「大丈夫ですよ、ドローンは打ち落とせたでしょう。うちの兵隊は腕がいいですからね」とレオナルドが言った。


「でも、俺のせいで犯人が逃げたかも」


「どのみち、ドローンは遠隔操作でしょうから犯人を見つけるのは難しかったと思いますよ」と大丈夫ですとレオナルドは優しい。


 ディーノははぁと溜息をついて「銃声の出どころが分からなくて本当に心臓が止まるかと思ったんだよ」とレイの肩に顔を埋めたまま言った。


「ごめん」


「大丈夫、いいから、もう心配しないで。もう怖い事はないよ」ディーノが優しくしてくれるほどにレイは自己嫌悪に陥った。


 みんなは俺の為にいろいろやってくれてるのに俺は足を引っ張るばかりだ。迷惑ばっかりかけて。ディーノに嫌われたらどうしよう、ふと不安になったレイが「なんでこんなによくしてくれるの」と小さく呟いた。


 ディーノはレイの不安そうな顔をみて痛ましそうな顔をしてしばらく見つめていたが「なんでって、それは」と言いかけて、いったん間をおいてから「借金を返してもらわないといけないでしょ」と笑った。


 ああ、そうか俺、ディーノに凄い借金してたの忘れてた。そりゃそうだなと思いなおしてこれは何がなんでも鷹東怜の座についてお金を返さないとと思った。



 打ち落とされたドローンはカメラ付きではあったが他には仕込みがなく広く市販されている小型のものだったので犯人の特定は難しいだろうという結論に至った。どこから飛ばしたのかは別動隊が調査をするらしい。敵に回したくない人達だ。


 レイは昼食を食べた後にスチュアートの鬼レッスンを小一時間受けた後にディーノとレオナルドに練習の成果を見せた。二人と踊ってみたが背が同じくらいのディーノは体がぴったり合ってちょっと恥ずかしい感じで、レオナルドは身長が183cmもあるのでしっかりリードされて知らないうちに踊らされていたという感じ。どちらも楽しかった。


 老執事からするとレイは60点ぐらいだとダメ出しをされたがレオナルドに言わせると一日で60点まで取れたら良くできた方だと褒められた。スチュアートはとても厳しいんだよって今更ですよ、知ってますー。


 レイはドローンの件も気にする暇もなく午後の数時間を過ごしディーノと共に帰ることになった。


 ディーノの運転する車の中ではいつもはいろいろと話をするのに二人とも余り口を開くこともなく車内に流れている音楽をレイはぼんやり聞いていた。


 家についてからは普段通りだったが、その日からディーノはレイの体に触れてくることがなくなった。もちろんだがキスもない。恋人でもないのだから別段おかしなことではないが何故かレイは何もない事が寂しいと思っていた。

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