第9話 レオナルド・マルコーニ

 ディーノの車は車体の低い流線型のボディをしたスーパーカーだった。ドアの開閉が跳ね上げ式で心底驚いた。こんなのプラモデルでしか見たことない。高いんだろうなと思ったと同時に今までいた世界とはやはり違うというのを実感する。


 今住んでいる所はレイの診察と検査をしてくれたアルテミス病院の近くのビルに入っている。


 ここの他に仕事で使っている小さな診療所があって普段はそこに詰めていると話していた。ディーノの父親が持っているアパートメントの一室で大抵の怪我はそこで処置をするのだそうだ。ディーノの手に負えない場合にはアルテミス病院で検査と入院を依頼するらしい。どれだけの裏金を渡しているのやら、いやいや、世の中は知らない方がいい事もあるから余計なことは考えないでおこうと思う。


 ディーノの横でしばらくドライブを楽しむうちにビルが立ち並ぶ街が見えてくる。予約していた駐車場に車をおいて外に出るとそこには摩天楼があった。聳え立つビル群にレイはキョロキョロしてしまう。


 行きかう人々はそれぞれに好きな服を着こなしているように思えた。こんなところに仕立て屋があるのかと不思議に思いながら歩いていたら瀟洒な店構えのシックな木製のドアが見えてきた。


「ここだな」と言ってディーノがドアを開けるとカランカランと音がなり店の人が振り返る。紳士然とした年配の男性店員がこちらをちらっと見た。

 微笑みながらほんの軽く会釈をした後に「ご用件は?」と若干冷たさの残る言葉を発する。だがレイが着ているスーツを見て店員の顔色が変わった。


 あまり歓迎されていないニュアンスの言葉と場違いな店の雰囲気にレイは少したじろいでいたので店員の様子には気づかなかった。


 と、そのとき、カランカランと音がなりドアから誰かが入ってくる。


 そこには背が高くピンクグレーの髪をきりっと整えて姿勢よく立っている王子様のような青年がいた。


 その青年とディーノは同時にお互いをみつけて近寄りハグをする。


「やぁ、レオナルド、久しぶり。 今日は無理を言ってすまない」とディーノが破顔した。眩しい。目が潰れる。ニーコがいたらギリギリと歯ぎしりそうだ。


「君のためなら、僕はいつもでもどこでもなんでもしますよ」と、ディーノより背の高いレオナルドは少し見下ろしがちに目を伏せて微笑む。歯が浮くようなセリフも様になっていてカッコいい。絵になるとはこのことだ。


 しばらく見つめあっていた二人はようやく離れると「で、こちらの可愛らしい方が噂のレイさんですか」とレオナルドがレイに顔を向けた。可愛らしいって俺のことだろうか、男にいうことかよと思ったが黙ってペコっとお辞儀した。


「レオナルドもそう思う? 可愛いだろ、彼」とディーノも言うので恥ずかしくなったが「はじめまして、レイです。あの、レイでいいのでよろしくお願いします」と自分なりに挨拶をする。多分失礼になはなってないだろう。


 頷いてふふっと笑うレオナルドだがレイを見つめてすぐさま小首を傾げた。


「……、僕たちはどこかで会っていませんか? レイには会った事があるような気がします」とレオナルドがまじまじとレイを見て言うと「そのナンパはちょっと古臭いんじゃない、レオ」とディーノが笑った。


 それでもレオナルドがうーんと考えているのを見たディーノはポケットから例の社章を出して「そうだレオ、これに見覚えはない?」と聞く。


 しばらく社章を見ていたレオナルドは納得したようにうなずきながら「これはタカトウグループの社章ですね。そうか、レイ・タカトウ。レイは彼に似ていると思います」と言うと、さっと手をレイの額に当て下ろしている前髪を後ろになでつけた。


「髪型が違ったから幼く見えたけど、こうするととても彼に似ていますね」


「ああ、やはりレイ・タカトウ様でしたか」と突然横から先ほど応対に出た店員が謝罪を込めた態度で話しかけてきた。


「タカトウ、どこかで聞いたことがあるな」とディーノは一人呟いた。

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