第10話 レイ・タカトウ

 「こんにちは、あなたもそう思いますか? マスター」とレオナルドが先ほどの店員に向かって言った。どうやらここの主人らしい。


「はい、スーツを見て私が仕立てたものだとすぐに分かりました。そしてお名前を伺って確信しました」と言ってまた申し訳なさそうに謝罪をするが当のレイには知らない名前だった。


 はっきり違うとも言えない。もしかしたら俺は皆の言うレイ・タカトウに転生したかもしれないからだ。


「レイは頭を怪我して記憶喪失になっているんだ。もしかしたら彼がそのレイ・タカトウで本人の自覚がないだけかもしれない」ディーノはそう言ったあと「この状況ならレイがレイ・タカトウの可能性が大きい」とも付け加えた。


「そのタカトウグループというのはどんな会社なんですか」とレイはレオナルドに聞いてみる。


「不動産を中心に貿易もやっている日系企業で、まぁいろいろと噂のあるところだけど。君がレイ・タカトウなら確か創業一族の現社長の次男で詳しくは分からないけど部長クラスだったと思う」


 ええええーー、レイ・タカトウって大手企業の部長クラスなの? この若さで? どうせ次男だからという甘い同族人事なんだろうな。そうに決まっている。嫌な予感しかしない。


 レイが頭を抱えているとレオナルドが「でも、おかしいな」とつぶやく。


「ねぇ、ディーノとレイが会ったのは1か月前だと聞いたけど、合ってる?」


「うん、そうだよ」


「うーん。一週間前にあるパーティーでレイ・タカトウを見かけたんですよ。直接は話していないけど」


「えっ」と、レイとディーノは一緒に反応した。


「レイはずっと僕のオフィスにいたし、僕も外にでる仕事は極力減らして側についていたから僕の知らない間に外にでるなんて絶対にないよ」


 レイも横でうんうんと頷いて同意した。


「ふーーーん、君たちってそんなにべったり一緒にいたの? やけますね」とレオナルドが違うところに反応した。


「ニーコもしょっちゅう来てたからずっと二人きりってわけではないです」とレイが言い訳がましく言うとレオナルドはシットと言って尚更機嫌が悪くなった。


「あの野蛮人、まだディーノにくっついているんですね」と憎々し気に言う。


 地雷を踏んでしまった。レオナルドはニーコが嫌いだったとゲームを今更思い出した。だが今はそんなことはどうでもいい。


 「それじゃあ、やっぱり俺はレイ・タカトウではないのかも」とレイが言う。すると仕立て屋の主人が


「そのスーツは私がタカトウ様に作ったものに違いありません。フルオーダーのものでぴったりと体にフィットしてますし、私が見間違うはずがありません」と絶対の自信を見せる。


「レオナルドが見たというレイ・タカトウが偽物っていうことじゃないのか」とディーノが言ってレオナルドもうなずいた。


「これは何かあるかもしれないな」とディーノが眉間にしわを寄せる。

 

 レイも本当に自分がレイ・タカトウで偽者が自分に成りすまして何かをしているのであればどうにかしないといけないと思った。


 成りすましてパーティに出るなんていい話なわけがない。悪い事を企んでいるに違いないのだ。早く偽者をどうにかしないと自分の立場が悪くなる。レイは不安に駆られたがそれはディーノも同じだったようだ。


「僕に協力できることがあれば何でも言ってくださいね」とレオナルドが察したように言ってくれる。


「うん、ありがとう。レイのために協力して欲しい」


「ええ、いいですよ、なんなりと」


 レオナルドはレイのためというよりディーノに何かしてあげたいという気持ちで言ってるんだろうなと思うが文句は言えない。


「そのタカトウグループは何処にあるんですか。ちょっと近くまで行ってみたいなって」とレイはかなり遠慮がちに二人に声をかけた。


「それはいい考えだな、時間もあるし」

 

「それが都合のいいことにここから遠くはないんですよ」とレオナルドがレイの方を向いて言う。


「そうなんですか、行きたいなダメかな」レイははやる気持ちを抑えられないでいた。


「でもなぁ、レイ・タカトウを知っている誰かに見られたらまずいことになる」ディーノはそう言ってレイをまじまじと見た。


「そうだ、女装させよう」ポンと手を打つディーノ。


 なんで女装なのか意味が分からない。


 普通に変装すればいい話じゃないのと言ったのに、レオナルドも「面白そうだから女装にしましょう」と言いうとすぐさまこっちですとさっさと店から出て行ってしまう。行動力の塊のような人だ。


 レイは仕立て屋の主人にお礼を言ってからディーノと一緒にレオナルドの後を追った。


 レオナルドはしばらく先の見るからにセレブ御用達のようなブティックの前で待っていた。


 レイとディーノが追い付くとレオナルドはドアを開けて二人を先に通す。


 いやいや、俺らレディーじゃないのだが、と心で思いながら恐々と中に足を踏み入れるのであった。

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