第11話 ウララ・タカトウ (1か月後)

 レオナルドが選んだ店はパーティドレスが人気のとある日本人デザイナーの店だった。新進気鋭のデザイナーらしい。


 オーダーメイドドレスが主流だが既製品の比較的お手ごろなものも揃えているということだった。お手頃といってもセレブな皆さんのお手頃なので庶民だったレイには目が飛び出るくらいのお値段だったが。


 男ばかり三人が店に入ると中にいた女性客や店員が一瞬いぶかし気な視線を向けたがレオナルドを見た途端に女性たちが色めき立った。


「なんて綺麗な人なの」

「王子様みたい」とあちこちから囁きが聞こえてくる。


「隣の人もクールだわ」

「やだ、ほんと素敵」と今度はディーノを見つけてザワザワしはじめた。


 レオナルドは自分が褒められても一向に笑顔を見せなかったがディーノが褒められるとたちまち嬉しそうにしてディーノの腰に手を回した。きゃーと一部から悲鳴が上がる。美男子が並んでいる後ろには花が咲き乱れて見えるようだった。


 おかしな雰囲気を感じたのだろう「なんの騒ぎかしら」と奥からシンプルでありながら華のある服を纏った背の高い女性がでてきて店内を一瞥した。女性が現れるとその場は一瞬で静まりかえる。


 その後ろからお嬢様風の黒髪ロングの少女がひょこっと出てきて同じように周りを見渡す。そしてレイを見てお嬢様の顔が引きつった。


 黒髪お嬢様はカツカツと靴音を大きく立てながらレイに向かって歩いてくる。怒っている綺麗な顔は般若のように目を吊り上げて今にも噛みつかれそうだ。


 レイは襲い来る何かに怯えるが何故か動けなかった。


 黒髪の少女はレイの目の前で立ち止まると顔に当たるかというくらいに人差し指を突きさし


「お兄様! 行方知れずになってみんな心配していたのですよ。突然帰ってきて仕事に復帰したと聞いていたのにまたサボってらっしゃるのね! いい加減になさいませよ!」とまくし立てた。


 お兄様? 俺の事を言っているようだけど、この少女はレイ・タカトウの妹なんだろうか。


「ええと、君は俺の妹? でいいのかな」と指で刺されないように後ろにのけぞりながらレイは言った。


「まぁ、何を寝ぼけた事を! 昼間から酔ってらっしゃるのかしら? 今日は珍しく女性連れではないようですのね、その点だけは褒めて差し上げてよ」


 黒髪の少女はフンと言って横を向くと視線の先に立っていたレオナルドに気が付いて、たちまち顔を真っ赤にした。


「あら、いやだ、どうしてレオナルド・マルコーニ様がここにいらっしゃるのですか? わたくしどうしましょう。はしたない所を見られてしまいました」


 口に両手を当てて驚く少女にレオナルドは優しく笑いかけ「僕の事をご存知なんですか? レディ」と右手を胸に当てながら顔を近づける。


 少女は「はい、社交界でマルコーニ様を知らない人はいないと思います。わたしくもこちらの社交界の末席に座らせていただいておりますので。 ご挨拶が遅れました。わたくしはウララ・タカトウと申します」


 タカトウ、やはりレイ・タカトウの妹なのだろう。しかし今のレイはウララという少女を全く知らないのでここで接触するのは危険だ。それはディーノもレオナルドも同時に理解した。


 「お会いできて光栄です。 来月のJB&I主催のパーティには出席されるのですか?」


「はい、イブニングドレスをこちらであつらえていただきまして、今日はアクセサリーの相談に来ましたの」ですよね、という微笑みで背の高い女性の方を見るウララに「さようでございます。私は店主のラン・ホウジョウと申します。以後お見知りおきを」と挨拶をするとレオナルドもこちらこそと言ってその手をとりキスをする。


 ランは満足そうに笑み、場の空気が一瞬にして変わった。


「では、レディ、もしよろしければ次回のパーティーは僕がエスコートしてもよろしいでしょうか」


「ええっ、マルコーニ様が私を。 そんな夢のようです」とウララは驚きはしたものの断る様子はない。


「でしたら僕にもアクセサリーのアドバイスをいただけませんか? これから少しお話しを伺えたら光栄ですが」とレオナルドはさりげなくウララの背に手を回してランにも切れ長の目で誘うな視線を送る。


「勿論ですとも」ランは微笑んで二人を店の奥へ案内した。


 ウララはすっかりレイの事を忘れてレオナルドに夢中だった。店内も先ほどの嵐が嘘のようにしずまり、残されたレイとディーノはこの隙に不自然でない速度で店から出て十歩ほど歩いた後に二人並んで駐車場まで走った。


「はぁ、はぁ、危なかった、まさか妹とかち合うなんて」

「さすがレオナルド、彼に誘われて断れる女はいないんじゃないか、あははは」

「俺まだ心臓がドキドキしてる」


 二人は車に乗り込んで落ち着くまでしばらく黙っていたがディーノがさぁ行くかとレイのシートベルトを引っ張って留めてくれた。この車のシートベルトが分かり辛くて難儀したのを覚えていたらしい。


「今日は大人しく退散するかな、家に帰って酒でも飲もう、っとレイはお酒飲める?」


 うんと返事をしようと顔を向けるとシートベルトを掴んだディーノの顔がすぐそこにあって驚いたレイは思わず顔を赤らめて目を見張る。


 ディーノは眩しそうに眼をすがめるとレイの唇に吸い寄せられるようにキスをした。


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