第21話 レオナルドの屋敷 2

「今日はこのまま晩餐にしましょう、レイはドレスのままでいてくださいね」


 レオナルドが老執事に目配せをするとスチュアートはお辞儀をして部屋を出て行った。


「用意ができるまでお二人で散歩でもどうぞ」


 レオナルドが促すとディーノはありがとうと言ってレイの手を取り裏庭に連れて行く。レイはドレスのまま連れて行かれるのがかなり恥ずかしかったのだが「散歩してドレスとヒールに慣れてねってことだよ」とディーノに言われるとそうなのかと素直に納得した。


 勝手知ったる他人の家よろしくディーノは迷うことなく裏庭にレイを連れて行く。そこには見事に手入れされたイギリス風の庭園が広がっていた。


「凄い」


「ねっ、凄いよね。では踊ろうか」

「えっ、俺ダンスとかできないよ」即座にレイは無理だとかぶりを振った。


「フォローするからレイは僕についてくるだけでいいよ、大丈夫」 


 ディーノは庭園の真ん中あたりにある広い芝生にレイを連れて行くと両手をとってワルツの型にホールドしワンツースリーと踊り出した。


 足をよろけながらもステップをまねして踊ってみると誰もいない二人だけのワルツはとても楽しくて気持ち良かった。ただ芝生に足を取られるしディーノの足を踏みそうになるしでほとんどディーノに抱きついている有様だ。ワルツというよりチークかな。


 ディーノはレイを抱いたままで楽しそうにくるくる回って「下手だなぁ」と嬉しそうに笑う。


「初めてなんだから仕方ないだろ、もうっ」

 

 プンスカして口を尖らせるレイにディーノがチュッとキスをする。


「ディーノっ、こんな所で何するの、誰かに見られたら」とふとレイが視線を屋上にやると案の定、黒い人がライフルを二人に向けていた。


 俺、撃たれるんじゃね、と本気でビビり倒すレイに


「あれはライフルスコープで覗いてるんだよ、レイが美人で羨ましいんだな」とうんうんと真面目な顔でディーノが頷く。


「何言ってんの、早く離れよう、丸見えだよ」


「丸見えならもっと見せてあげないと」


 抗議をしようとしたレイの口はディーノに塞がれた。


 濃厚なキスの心地よさに抗えないレイは見られてる事も忘れてディーノの熱い求めに応じて舌を絡ませた。





 晩餐のテーブルに座ったままレイは物思いに耽っていた。庭園の出来事がまだ体の芯を熱くして心ここにあらずだ。魂が口から抜け出ているのがかすかに見えるような気さえする。


 またディーノのキスに溺れてしまった。しかも誰かに見られているのが分かっているのに止められないとか俺は一体どうしてこうなってしまったのか。


 今までなら男からキスなんてされたら鳥肌が立っていたに違いないのに相手がディーノだとなんとも思わないのが不思議でしょうがない。美形だからという理由だけではないように思う。


 ふーと一息吐いて心を整える。


 レイは色事を深く考えても相手のある事は自分一人で悩んでも答えがでないと思っている。不毛な事はやめてせっかくの豪華な料理を楽しもうと気持ちを切り替えた。


 晩餐と言ってもレオナルドとディーノとレイの三人だけだった。かしこまらなくていいですよとレオナルドが言ってくれたので緊張しないで済みそうだ。


 若い執事からサーブされる料理は少量だが一皿一皿が美しく盛り付けされていて味も絶品だった。


 食事の合間にディーノはしきりにレイの話をしていた。レイが作る日本料理について熱心にレオナルドが聞くものだからディーノが嬉しそうに話すのだ。


「ケチャップで味付けしたライスの上にふわふわのオムレツを乗せるんだけどナイフでオムレツを割くとトロッとした卵が溢れて見た目もゴージャスだけどこれが凄く美味しいんだ。他にはカツ丼とか親子丼とかこの前はクロックマダムを作ってくれたんだよ」


 卵料理ばっかりだなとレイがボンヤリ聞いていると「日本人は卵が好きなんだね」とレオナルドが同じ事を思ったようなので誤解をされないようにレイが言葉を挟んだ。


「えっと、たまたま卵がたくさんあって続いただけなんで」とえへへと照れ笑いでごまかした。レイが卵料理が好きなだけなので日本人の名誉のために言っておいた。


「僕もレイのご飯、食べてみたいな」とレオナルドがいうとディーノが「いつでもおいでよ」とこれまた気軽に答えるのを聞いてえって顔をするレイにレオナルドがウィンクした。


「ところでうちの自警に聞いたのですが、庭園で随分と熱烈なキスをしていたとか」突然レオナルドが話を変えたのでレイは驚いてフォークを落としそうになる。


「ああ、そうなんだよね見られてたね」とディーノがフフフと笑う。


「うちの兵隊を余り刺激しないで下さいよ。手が滑って撃ちそうになったって言ってましたから」


 レオナルドは笑っているが心の中は読めない。レイは怒らせたんじゃないかと冷や汗がでる。レオナルドが嫉妬深いのはよく知っている。


「まぁ、こんな美人を前に何もしないというのも失礼な話ですから、仕方ないですね」とレイに向かってお世辞なのか何なのか計り知れない顔で言うのでとりあえず愛想笑いでしのいだ。


「では今夜の部屋は二人ご一緒にしますか?」とレオナルドが恐ろしい事を言ってくるのでレイは間髪を入れずに断ろうとしたら「一緒がいいな」とディーノに言われてしまった。


「やはり二人はそういう関係なんですか」とレオナルドが眉毛を跳ね上げてレイに視線を送る。


「ち、違います。何もないですから俺たち」とブンブンと頭を振ってレイは否定した。


「うん、まだ、そういうのはないな」


「そうですか、まだ、なんですね」


 チラッとレイを見るレオナルドに悪気はないだろうが返す言葉が思いつかず恥ずかしくなって下を向いてしまう。別に嫌だったわけではない。でもどういう風に振舞ったらいいのか分からなくて動揺してしまったのだ。


 黙っているレイにディーノがどう思ったのか「一緒の部屋っていうのは冗談だから、部屋は別々にお願いするよ。レイは疲れているだろうから」と心なしか元気のない声でいうのが聞こえる。


「ではそうしましょう」とレオナルドが言って晩餐は終わりになった。


 

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