第20話 レオナルドの屋敷

 レイはディーノとともに郊外の大きな邸宅に招かれていた。


 広大な敷地の周りを高い塀が囲った一見要塞のような造りのそれらから角度を変えた防犯カメラがいくつもにょきにょきと生えている。鉄の大きな門扉が開くと広大な敷地は見通しが良く整備はされているが優雅さはない。


 敷地の中をディーノが運転する車はゆっくりと入っていく。


「余りキョロキョロしないで、上は見ないように」と好奇心を隠せないレイにディーノが子どもに諭すように言う。


 そう言われたら見たくなるのが人情だ。レイは目だけを上に向けてみるとライフルのようなものを持った人影が屋上に何人かいるのが分かった。


 いくら何でも警備が厳重過ぎるだろうと思うがレオナルドの家は表向きは世間に知れた大企業だが裏ではいろいろとあるらしいので仕方ないのだろう。


 ディーノの車で玄関の車寄せまで行くと使用人らしき男性が出てきてディーノの代わりに車を車庫にいれるため車のキーを受け取りトランクから荷物を下ろしてくれた。


「高級ホテルみたいだ」とレイが驚いて言うと「僕だからだよ」とディーノがしれっという。


 レオナルドはディーノに対して好意を隠さない。とても大事にしていて尚且つそれだけの価値がディーノにはあるんだろう。ディーノも満更ではないようでいつも嬉しそうに好意を受け取っている。二人がどういう関係なのかレイは知りたいと思った。


 レイが黙り込んでいると「お屋敷の裏側にはガーデンパーティができる綺麗な庭園とプールもあるんだよ、後で一緒に散歩しよう」とディーノがさりげなく話題をかえた。どうやらいらぬ心配をさせたみたいだ。


「プールも。まるで映画に出てくる豪邸みたいだ。レオナルドって本当に御曹司なんだね」とレイも調子を合わせて何でもない風を装った。


 気を取り直したレイは「荷物は俺が運ぶよ、これは助手の仕事だからね」と車のトランクから下ろしていたキャリーを引きディーノの後ろに立って玄関が開くのを待った。 


 しばらくして出迎えてくれた初老の執事はスチュアートと名乗り丁寧な挨拶のあと応接室に案内してくれた。背筋をピンと伸ばして全く隙のない様子は後ろにも目がついているかのようだ。


 応接室でディーノと二人になると、あの執事長さんは元軍人なんだよと教えてくれた。レイが納得していると入れ違いにレオナルドが入ってくる。


「ようこそいらっしゃい」とディーノとレイにハグをする。レイはこの挨拶にどうにも慣れなくてドギマギした。






「さて、今日はレイにドレスを着てもらいぴったりフィットするように調整します。カツラもどれが合うか事前に見ておきたいので」と矢継ぎ早にレオナルドに言われてやけに大きなキャリーの中身はドレスやカツラだったのかと今更に腑に落ちた。


 それにしてもいつドレスを用意したんだろうか、疑問に思ったが気にしないことにした。


 レオナルドが手を叩くとメイドが四人やってきてレイを取り囲み別室へ連れ去った。可愛いメイド達に囲まれてあれよあれよという間に着ている服を脱がされ持ってきたドレスを着せられるとダンス用のハイヒールを履かされる。


「や~ん、可愛い~」

「お化粧もするべし!」

「カツラは金髪のふわふわカールがいいかしら」

「意義あり! 黒髪ストレート一択です!」

メイドたちは口々に勝手な事をいいながらレイを玩具おもちゃにしていた。


「あの、すみません、適当でいいのでそのへんで」とレイは美人で可愛い女の子たちにされるがままになりながらも形ばかりの抵抗をしているとドアにもたれてずっと見ていたディーノが近づいてきた。


「僕のハニーは可愛いでしょ」とレイを抱き寄せ頬にキスをする。


「ディーノ、こ、こんな、人前で……」レイがメイドたちの目を気にして言うと

「ん? 二人きりならいいの?」とディーノが甘い声を出すのでメイド達は黄色い悲鳴をあげた。一人は頭を抱え、一人は鼻血を出し、一人は両手を合わせて拝み、もう一人は床に倒れている。


「レイ様は腰が細いのでとても様になります。当然ですが胸はないのでパッドを入れて控えめな盛り上がりにしてみました。他に何かご用命がなければ私たちはこれで失礼します」と頭を抱えていたメイドは我に返って自分の仕事を全うした。


「いいね、当日もこれでお願いするよ」とディーノが上機嫌に言うとメイドたちはお辞儀をして倒れている一人を引きずりながら部屋から退出した。


 当のレイは鏡を見てこれが俺? と見事に化けた自分に驚いている。


 喉ぼとけを隠すためにシフォンをふんだんに使いネックラインに工夫をこらした刺繍が美しいドレスは深いグレーの珍しい色で黒髪にとても映えている。ジュエリーはホワイトゴールドにダイヤモンドの組み合わせが美しいネックレスとブレスレットにイヤリングのセットだとメイドたちから指南を受けた。実に高そうだ。


 鏡の前でレイが自分を観察しているとディーノが後ろから抱きしめて白いうなじに顔をうずめる。


「女の子たちにちやほやされて喜んでたでしょ。嬉しそうにしてたから妬けたよ、レイは僕のなんだからね。ああ、もう、今すぐ、……たい」


 今何か不穏な言葉を聞いたような気がしたがレイは聞こえないふりをした。



 

 ディーノに手を引かれて応接室に戻るとレイを見たレオナルドがほぉと感心した。


「女装が似合うだろうとは思いましたがこれほどとは」とレオナルドがレイに手を差し伸べたがそれに答えたのはディーノだった。


「浮気者だなぁ、レオナルドは」とディーノはレオナルドの手を取ってみせる。


「ああ、ついうっかり。ごめんよディーノ」とレオナルドはディーノの指にキスをして申し訳なさそうに謝った。


 レイはそんな二人にモヤっとしたものを感じる。さっきまでのレイに対するディーノの態度は揶揄からかっているのだと頭で理解しながらもある種の期待を感じさせるものだ。いや待て、自分は何を期待しているのだろう。ディーノは男だぞ。


 思うにレオナルドはディーノの攻略対象なのだからレイが割り込む隙はないわけだし、よく考えるとレイが二人の間の事を気にする方がおかしい。レイは自分がディーノの事を意識しているのに気が付いて居心地が悪くなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る