第19話 ジャックと桃木

「何があったんすか」ジャックに引っ張られながら桃木が息を切らせている。

「車はどこに置いてある?」

「すんません、今日はバイクっす」

「それでいい、乗せろ」とジャックが語気を強めると桃木は黙ってジャックの手を取りバイクを止めてある場所まで走った。


 しばらく走ってバイクを置いた場所までつくとはぁはぁと二人して息を整える。


「怜さん、じゃないっすよね。兄貴っすよね」

「ああそうだ、よく分かったな」

「顔だけ見ると怜さんそっくりっすよ、だけどおいらには兄貴って分かるっす」

「そうか、俺もまだまだだな」

「違うっすよ、おいらの愛が勝ってるだけっす」

「なんだそれ」と笑いながらジャックは特殊マスクを剥がして髪をくしゃくしゃと乱した。


「ちゃんとメット被ってくださいっすよ、何かあったら困るっすから」とヘルメットを渡されたジャックは後部座席に跨って「お前のヤサに行け」と言った。


「了解っす」


 ジャックはFBIの麻薬捜査官だがその身分については誰にも知らせていない。桃木はジャックが仮に作った探偵事務所の助手として働いている。今は鷹東の屋敷に潜入して2年目だ。すっかりチンピラが身について面白い。


 ホスト崩れの奴の借金を肩代わりしてからの腐れ縁だが中々の演技派で役に立つ。他人の懐に入るのが上手く信用を勝ち取るのが早い。鷹東怜とうららの二人にも気に入られている。盗聴器も奴のお陰で簡単につけられた。

 顔も好みなので桃木のことはジャックもかなり気に入っているがこれは内緒だ。


 疾走するバイクの後ろでジャックは後をつけてくる車がないかとミラーで時々後ろを確認するが追手はいないようだった。


 アップタウンの外れにあるこじんまりとしたアパートメントの玄関につくとバイクから先に降りたジャックはあたりを注意深く観察した。人の気配はない。


 蹴破れそうな薄い板で出来たドアを開けると外見と同じくこじんまりとした部屋に最小限の家具が置いてある。寝に帰るだけの部屋という感じだ。


 桃木はここ最近はずっと鷹東うららの護衛としてほとんど屋敷に住み込んでいるので戻るのは久しぶりらしい。


「尾行はないみたいっす。あの部屋で一体何があったんっすか」


 桃木が心配そうにジャックの顔を見ると「その前に報告することがあるだろう」とジャックが言った。


「なんで分かるんすか、エスパーっすか」


「お前に何も話してないのにあのタイミングで鷹東怜の部屋で会うっていうのはおかしな話だろう、おかげで助かったけどな」


「実はお嬢が怜さん、鷹東怜に会ったらしいっす」


「知ってる」


「えっ、何で知ってるんすか。もしかして、あれは兄貴だったんすか」


「違う、俺じゃない」


「そっすか。お嬢が私の事が分かってなかった、様子がおかしかったって言って、おいらに調べるように言われたっす」


「で、俺に報告しないで勝手に一人で調べに行ったと」


「ひぃ、すんません」


 ジャックは溜息をついて桃木の髪をくしゃっと撫でた。


「危ない事はするな。勝手に動くんじゃない」


「だって、兄貴は怜さんのふりをしてるからバレたら危ないと思って、おいら、心配で」


 なんて可愛いんだこいつは、目を潤ませる桃木にジャックは胸がきゅんとなり抱きしめたい衝動に駆られたが理性で抑えた。


「いいか、まずは俺に報告しろ。分かったな」


「っす」 桃木の頭にあるはずのない耳がショボンとしおれるのが見えるようだ。叱られた子犬のような桃木に征服欲が湧いてしまう。冷静にならなければ。ジャックは目をつむって無になろうとした。


 その様子を心配そうに見ている桃木のスマホが鳴る。桃木は着信の相手を見てから声を出さずに唇を動かし相手を告げた。ジャックが頷いたので電話にでる。


「はい、桃木っす」スマホの向こうで誰かがキンキン怒鳴っている声がする。しばらく黙って聞いてから「す」と言ったあとに通話を切った。


「お嬢から呼び出されたので戻るっす。怜さんの事は何ていえばいっすか」


「特におかしなことはなかったと言っておけ。パーティの招待状が来ていたら出席の返事をしておけと言われたと伝えろ。招待状はお前が怜に届けるともな」


「鷹東の親父さんに何か言われたらどうしたらいっすか?」


「怜は女に忙しいと言っておけ。家には誰も来るなと、混ざりたいなら別だけどな」


「えっ、兄貴、乱交するんすか」桃木は泣きそうな顔をしてジャックを見る。


「バカか。俺の話じゃなくて鷹東怜の話をしてるんだ」


「あっ、そうだった」と桃木の潤んでいた目がぱぁぁあと光を戻した。


 くそ可愛い!!


 こんなに可愛い生き物がいるとは、この仕事が終わったら手を付けてしまおうとジャックは心に誓った。




 ジャックは中華街にある自分のアジトに帰ると帽子をかぶった大柄な男について調べた。FBIの犯罪履歴のデータベースに特徴が似ている男を見つけるとあの夜に鷹東怜と麻薬取引をする相手だとタレこまれたオッソ・ポラールの通称グリズリーだった。


 取引をする前に爆発事故があってできなかったという事か。グリズリーは鷹東怜が爆発現場からいなくなったのを知ってブツを持ち逃げしたと思っているのかもしれない。グリズリーも気になるが本物にたどり着く前に丸岡の方がヤバイ事になるだろう。


 次にジャックはレオナルドとその親族を調べる。親族の方は軒並み犯罪履歴に顔を連ねていた。


 ただ、レオナルド身辺を調べた結果だと鷹東怜との直接の接点はない。


 北条蘭の話だともう一人一緒にいた金髪の人物が鷹東怜と親しい間柄のようだ。


 とりあえず、レオナルドに張り付こう。鷹東麗をパーティーにエスコートするのも裏があるに違いない。本物の鷹東怜が動くなら次のパーティーだろう。


 ジャックは配送ドライバーに成りすましレオナルドの屋敷の近くに張り込むことにした。 

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