第18話 鷹東怜の自宅

 タカトウ・コーポレーションのオフィスがあるビルの近くから地下鉄で2駅ほど離れた場所に鷹東怜が一人暮らしをしている高級アパートメントがある。


 ジャックは北条蘭から本物の鷹東怜と会ったという話を聞いて誰もいないはずの部屋に本人に化けてやってきた。


 ドアマンにこんばんはと挨拶をされたので同じように挨拶を返して入ろうとすると驚いたような顔をされる。あいつはドアマンに挨拶などしたことがなかったのだろう。


 ジャックは苦笑いをしながらそれでも平然とエレベーターに乗って23階の部屋を目指した。


 この部屋にもオフィスの机に張り付けた盗聴器と同じものを仕掛けていたがあの日からずっと気配がない。この部屋に怜が戻っていない事は明白だ。


 部屋の前まで来ると廊下に誰もいないのを確認してからドアに耳を当て中の様子を伺う。それだけで分かるはずもないが用心に越したことはない。そっと鍵を開け音を立てないように注意しながらドアノブに手をかけると静かに引いてみる。


 夕方の暗い部屋はもちろん明かりもなく真っ暗で物音もしない。電気のスイッチを手探りで見つけて点けてみると、部屋は竜巻が通った後のようにめちゃくちゃになっていた。


 おいおい、どうしたらこんなに酷いありさまになるんだ? ジャックは独り言ちて溜息をつく。


 この状況からして空き巣というよりは目的の何かを探していたに違いない。広いリビングを先客にこれだけ荒らされていたらPCやその周辺のデスク周りのものは何も残っていないだろう。ソファもナイフで引き裂かれて中まで調べられている。


 ふと見ると壁際に設置されたバーカウンターには高そうな酒が落とされずに残っていた。ジャックは足元に気を付けながら近づく。酒に手を延ばそうと棚を見るとガラス戸に映る黒い人影がジャックの後ろにもう一つあった。


 「手を上げろ、動くなよ」帽子をかぶった大きな男がジャックの頭に拳銃を突き付けてくる。


「あいにく忙しいんだよね、部屋を片付けないといけないから。もしかして君がこんなにしたのかな?」と両手を上げながらジャックはのほほんと言ってのける。


「お前の脳みそがまだ頭の中にあるうちに話し合いをしようじゃないか」


 相手はジャックを鷹東怜と思っているのだろう。ここは怜の家なのだし変装をしているのだから当然といえば当然だが。なんにせよ話し合いをした方がお互いのためになりそうなのでジャックは頷いた。


「まぁ、座れ、これが最後の酒になるかもしれないけどな」


 男が不敵に笑いながらグラスと棚にあったウォッカを取り出して椅子に座れとジャックに顎で指図した。


「酒を飲ませてくれるなんて、随分親切な強盗だ」


 ジャックが皮肉ると男は眉をしかめてじっと伺うように見ながら二つのグラスにウォッカを注いだ。お互いに視線を外さずにしばらくにらみ合う。


「レイ・タカトウは愚図な素人だと聞いていたがこの状況でも余裕だな」


「部屋を荒らされて腹が立ってるんでね、ちょっと調子に乗り過ぎたかな」


「そうか、体の調子もすこぶる良さそうだ。特に頭の調子がな」


「ああ、おかげさまで」とジャックは両肩を上げてみせる。


 男はじっとジャックを見据えたあと「ブツはどこに隠したんだ」と凄んだ。


 ジャックは鷹東怜が麻薬の密売をしているというタレコミ情報を掴んで密かに調べていた。ブツとは麻薬のことだろう。


 あの日の夜、ジャックはナイトクラブが立ち並ぶ歓楽街の裏通りにある鄙びたレストランを向かい側にあるビルの壁際に置かれたコンテナの裏から見張っていた。


 零時を回るといきなりどこからか発砲音がした。それは全く予想外のところから聞こえてくると暴走したバンがいきなりレストランに突っ込んだ。


 驚いてコンテナの裏から出ようとしたそのとき爆発音とともに起こった爆風でジャックは真横に吹き飛ばされてしまったのだ。


 コンテナのお陰で爆風の向きが変わったのか道なり飛ばされてビルの壁に叩きつけらることはなかった。ただ威力は凄まじかったのでしばらく動くことができない。


 そのうち警察や消防、野次馬が集まりはじめジャックはレストランに近づくことが出来ずにそのまま帰宅した。あの様子では鷹東怜は死んでいてもおかしくないと思っていた。この男はどこまで知ってるんだろうか。

 

「ブツって何のことだ?」ジャックはグラスを手でもてあそびながら男に聞いた。


「とぼけんじゃねぇぞ」


「さぁ、俺も知りたいんだけどね」


「死にたいようだな。楽に死なせるのは俺の信条に反するんだが」 男が拳銃をジャックの頭に突き付けた。


 ピンポーン


 突然なったインターフォンで男に一瞬の隙ができる。


 ジャックは手に持っていたグラスに入ったウォッカを男の顎から上にぶちまけ火のついたライターを顔に向かって投げた。


 蠟燭の炎のように滑らかな火が男の顔面を下から上に撫で上げ帽子の中でくすぶった。


 うわぁああああ と男が怯んだとき、


 玄関のドアがガチャりと開き、「こんばんわっす。桃木っす」と呑気な声がしてシャツにジーパン姿の桃木が入ってきた。


「うわー、なんだこの部屋、めちゃく……」


「来い」とジャックは桃木の腕を掴んで鷹東怜の部屋から飛び出した。


 男の顔から炎はすぐに消え去ったが眉毛と前髪が少しばかり焦げていた。軽い火傷だが時間稼ぎには十分だったのだろう、既に二人の姿はなかった。


「レイ・タカトウ、このままじゃすまないぞ」


 男はドアマンがいなくなる時間を待ってアパートから姿をくらました。


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