第6話 ドーナツは朝ごはん (4日め)
翌日からレイの居候生活が本格的に始まった。
レイは早起きして朝ごはんの手伝いをしようとディーノが眠っているだろうソファにできるだけ静かに近づく。まだ寝ていたら起こすと悪いのでそっと仕切りの横から覗いてみた。しかしソファには誰もいない。
あれっ、いない。キッチンにも姿が見えない、と思っていたらバスルームの方から音が聞こえる。
シャワーを浴びていたらしいディーノがバスローブ姿で髪を濡らしたままこちらにゆっくり歩いてくる。
「おはよう、よく眠れたかい? 着替えたいから寝室に入るよ」
きちんと水滴を拭ききれていないせいで胸元が濡れているのが妙にエロチックだ。レイは目のやり場に困り顔を背けながら「うん」と返事をした。
ディーノは首をかしげていたが何も言わずに寝室に入ってドアを閉める。
レイはと言えば知らない間に服を着替えさせられいて、体も拭いてくれるという完全看護な状態だったようで本当に恥ずかしいなと今更に顔が熱くなった。
もう済んだことは仕方ない、今日からは自分でやれることはやろう。まずは朝食を作るために冷蔵庫を勝手に開ける。しかし中には食材らしいものがほとんどないのに驚いた。ビールとコーラ、後はミルクがあるくらいだ。卵もソーセージもない。どうすんだこれ、と思っていたらインターフォンが鳴った。
直後、ドンドンドンとドアを叩く音がする。
「どちら様ですか」とドア越しに聞くと「早く開けろ、オレだ、ニーコだ」と近所迷惑なくらい大きな声が返ってきた。
その声を聴いてすぐさまドアの鍵を開けると「おっせーよ、早く開けろ。ほら、朝メシ買ってきてやったぞ」とぶっきらぼうに紙袋をレイに押し付ける。
大きな袋に紙箱が何個か入っている。テーブルに出して中身を見るとパンケーキやワッフルにドーナツ。サラダやお惣菜が入っていた。まだ温かくて美味しそうだ。
「わぁ、うまそう」レイがホクホクと紙箱を出しているとニーコが寝室のドアをいきなり開けて「ディーノ、め……」と言ったらと思ったらバタンとドアを閉めて戻ってきた。
「着替えてんなら教えろよ、このボケっ」と何故かレイに理不尽に怒るニーコの顔が面白くてレイは横を向いて笑ってしまう。
「ノックもしないで寝室に入ると思わないだろ」とクスクスしながらレイが言ったら「クソっ」といったニーコは顔を赤くしながらキッチンに行った。
レイのあそこには平気でカテーテルを入れるやつがなんでディーノの裸にあんなに焦るんだろうか。意味が分からない。
ガチャっとドアの開く音がして笑いながらディーノが寝室から出てきた。まだ少し濡れている前髪を無造作に後ろになでつけてるのがすこぶるカッコよくて思わず見惚れてしまった。
けだるそうに歩くディーノが「レイはカフェオレだよ」と言いながらキッチンに行ってニーコと一緒にコーヒーを淹れる準備をしてくれた。並んだニーコはディーノのシャツの前が大きくあいているのが気に入らないらしく「もう少し閉じろ」と言ってボタンを閉じはじめる。お母さんかよ。
テーブルにつくとディーノとニーコはそれぞれに好きな物をつまんで食べ始める。レイもそれにならってワッフルを手に取った。
「あしゃごはんはひつもこんなはんじ?」もしゃもしゃ食べながらレイが言うと「食うか喋るかどっちかにしろ、お前はガキか」と呆れた顔をしながらカフェオレを目の前に寄せてくれたニーコはやっぱり世話焼きなお母さんみたいだ。
しかも可愛く見えるのは朝から甘いものを食べて血糖値が上がったせいかもしれない。
「こんな感じって?」ドーナツを一口食べながらディーノが聞き返す。
「ニーコさんが買ってきていつも一緒に食べてるのかなと思って」
「今日は特別だ。ディーノは朝飯食べない事が多いからどうせ何もないだろうと買ってきたんだ」なんか文句あるかという目でレイを見ながらガツガツ食べるニーコ。
「うん、助かったよ。買いに行かなくちゃって思ってたところだった」さすがはニーコだなとディーノが感謝するとニーコは機嫌よく親指を立てる。
「ありがとうございますニーコさん」とレイもお礼を言うとニーコが「その呼び方やっぱ気持ち悪いからニーコでいいぞ」と何故かドヤ顔をしていった。
今更だがお金を払わないといけないと思いついたレイは「そういえば俺って財布とか持ってたのかな?」とどちらにともなく聞いてみた。
「それがスーツには身分を証明するものや財布とか何もなかったんだよ」な、とディーノが言うとニーコも頷いた。
何も持ってなかったなんて、俺は一体何をしてたんだろう。自分が誰でどういう生活をしていたのか分からないというのがこんなに怖いなんて思ってもみなかった。
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