第5話 コーヒーはミルクと砂糖をたっぷりで

 食事が終わるとニーコは「ディーノ、レイ、またな」と後ろ手に手を振って部屋から出ていった。ソファベッドはいつもは応接セットとして使っているのだろう。他にも一人用と二人掛けのソファが置いてある。


 広い部屋にはこの応接セットと二人が食事をしていたダイニングテーブル、奥の窓際は間仕切りされた書斎のようでPCを置いたデスクと戸棚がある。



 ディーノはニーコを見送ってからしばらくして戻ってくるとレイに小さな光るものを差し出した。それは鷹がデザインされたピンバッジだった。


「君が着ていたスーツについていたんだ。どこかの社章バッジじゃないかな。見覚えある?」


「……スーツに社章バッジ、結構大きな会社なのかな」レイは他人事のように言ってから頭の中でゲームに出てくる企業や組織を思い出してみるが何も浮かばなかった。未プレイのところなのか記憶が飛んでいるのかも分からない。


「ごめん、わからない」


「ああ、そうだよね。 無理に思い出さなくていいよ、ゆっくりで」と言いながらレイの頭の包帯を巻きなおしてくれるディーノは今まで会ったどの看護師さんより美人だと思った。間近で見ると男なのにドキドキしてしまう。


「コーヒー淹れるね」包帯を巻き終わるとディーノがキッチンへ向かった。


「あっ、俺がやります。えと、助手なんで先生にやってもらうのはちょっと」


「今は僕の患者だから、治るまでは大人しく僕のいう事聞いてね」ディーノの口調は優しいけどはっきりしていて有無を言わさないものだった。


「それなら、はい、よろしくお願いします。あと、あの俺、ブラック苦手なんでミルクと砂糖をたっぷり入れて貰えると嬉しいです」

 

 人の家で我儘を言うのはいけないと思ったけどブラックは飲めるけど好きではないのでちょっと言ってみた。


「うん、そういうちょっとした事も遠慮しないでね」


 なんて優しいんだ。ひょっとしたらこの人は天使かもしれない。


 持って来てくれたのは大きめのカップに入ったカフェオレだった、嬉しい。レイはカップを両手で持ってちまちまと飲んだ。暖かくて甘くてほっこりしていたらディーノがさりげなく聞いてくる。


「ところでレイはあそこで何をしていたの? って言っても分からないか。じゃあさ、何か聞きたい事ある?」


 実のところレイも気になっていたので好都合だった。


「ディーノさんたちは何をしてたの?」


「ニーコはカジノバーを経営しててね、そこで何度もイカサマをやる奴がいてさ、調べたら敵対組織のギャングだったわけ。追い詰めたら銃撃戦になったんだ」


 ギャングと銃撃戦とは穏やかではないがこのゲームはそういうゲームだったと思い出してレイは少しぞっとした。


 ディーノは思案顔のレイの反応を伺いながら続ける。


「バンに乗って逃げたやつがいたからニーコがタイヤを撃ったんだけど、パンクしたまま走ってレストランに突っ込んで爆発したみいたいなんだ。その爆発現場に行ったらレイが壁にもたれて蹲ってた。爆発に巻き込まれたようだから病院に連れて行ったんだけど、何か覚えてることある?」 


 そこで何があったのかは分からないがこの世界の俺は爆発に巻こまれて頭に怪我をして座り込んでいたらしい。放置しないで病院に連れて行ってくれた事に感謝しかない。そのままだと野垂れ死んでいたかもしれない。


「その辺のことはやっぱり何も思い出せない。迷惑ばかりかけて悪いんだけど、助手として頑張るので売らないでください」とレイは頭を下げた。


「ふふふ、売るわけないでしょ。僕のものなんだから。まだ休んでいたほうがいいからベッドルームでゆっくり寝てね」


 僕のもの、という言葉は引っかかるが一旦おいておく。


「俺はソファでいいです。ディーノさんのベッドを占領したら悪いです」


「今まではすぐ目が届くようにソファで寝て貰ったけど寝室で静かにしたほうが体にいいから。僕は仕事から戻った後にそのままソファで寝ることが多いし気にしないで、僕としてはソファは空けて置いて欲しいから」


 そう言われるとレイは断れなかった。もう一つある部屋のドアを開けてくれる。


「ここが寝室、歩けないならお姫様抱っこしようか?」とディーノがにんまり笑って両手を広げる。


「だ、大丈夫なんでおかまいなく」レイは照れながらそういうとゆっくり立ち上がって寝室に入った。


「それと、僕のことはディーノでいいよ、レイ」と言って俺の頭を優しくなでた後でディーノはドアを静かに閉めた。


 顔が熱いのは頭がまだ痛いせいだとレイは思うことにした。

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