第3話 BLゲームにBORNした
ガサガサと紙がかすれる音と時折聞こえる人の声が礼の頭の中に心地よい雑音として入ってきた。人が生活している音がする。遠い昔、両親と妹と食卓を囲んでいた懐かしい風景が浮かんで目頭が熱くなる。涙がにじんで目が覚めた。
音のする方を目で追うと、少し離れたテーブルで誰かが食事をしている。
誰だ? ここは何処だ?
ソファベッドに寝かされて毛布を掛けられていた礼は毛布にくるまった状態でテーブルの二人を観察した。
テーブルで食事をしているのは自宅でプレイしていたBLゲームの主人公と攻略キャラのようにみえる。目をこすって何度みても金髪のイケメンは主人公のディーノでブルーグレーの髪の男前は攻略キャラのニーコだ。
これは一体どういうことなんだ。まだ夢を見てるんだろうか。部屋の中を見える限り見回しても自分の部屋ではない。
それにしてもお腹がすいた。さっきからずっといい匂いがして何だか胃が活発になっている気がする。
ぐぅぅ~
困惑をよそにお腹は正直だった。やっぱり夢ではないようだ。もしかしたらBLゲームの世界に入ってしまったんじゃないだろうか。ありえないなんて事はありえないと漫画のキャラが言っていたがそれが現実になっている。
またお腹が盛大に鳴る。俺の腹! と怒りたくなるがもう遅い。流石に今度は気づかれた。
驚いて振り返るディーノと目が合うと優しい笑顔を向け「目が覚めたんだね、具合はどう?チリドッグは食べられる?」と紙につつまれた物体を礼に見せた。大きなソーセージに赤いソースがかかっている。食欲をそそる見た目をしていた。
完全に目が覚めた礼の腹がまたグウーと鳴り、言葉より先にお腹が返事をしたものだからディーノはフフフと少し笑って眉根を下げた。
戸惑いながらも空腹に負けて「もらってもいいんだろうか」と聞き返すと「もちろんだよ。内臓の方はいたって元気なはずだから」と優しく返してくれる。
ソファベッドから起き上がろうとした礼をディーノが制してチリドッグをトレイに乗せて持ってきてくれる。瓶入りのコーラつきだ。
「ここで食べたらいいよ」というディーノにコクンと頷いてソファベッドに座りなおしてコーラを飲んだ。
「うめーーーー」 生き返るとはこのことか。コーラがこんなに美味しいと思ったことはない。体の隅々まで甘い炭酸がしみ込んだ。
「そうか、それはよかった」とディーノがニコっと笑う。
思わずニコっと笑い返した礼は笑顔の素敵な人だなと思いながらチリドッグを大口あけてほおばったらソーセージがパリっとしてこれがまた絶品だった。意識は全部チリドッグに持っていかれる。
「ふんまい~」と礼は頬をハムスターのように膨らませて夢中でむしゃむしゃと食べた。
クスクスと笑うディーノと違ってニーコは何故かしかめっ面をしながら「お前、あの後二日も寝てたんだぞ」と呆れたように言った。礼は「ふみまへん」とモグモグしたまま謝った。
ふと違和感のある右腕を見ると点滴の後がある。目が覚めては寝ると言う繰り返しだったが痛みはほとんど感じなかったし栄養は点滴で補給していたのだろう。
「うちの抗争に巻き込んだから情けをかけてやってるんだ。ディーノに感謝しろよ」
ニーコは少しトゲトゲしく言ってからチリドッグを頬張る。
「ふ、はい」と素直に返事をすると「見た目通りのお坊ちゃまなお返事よくできました」とニーコが小ばかにして笑うので礼はムッとして「お坊ちゃまじゃねーし」と拗ねた子どものように返した。
「お前、結構いい身なりしてたぞ、どこぞの金持ちのボンボンじゃねーの」とニーコが今度は真顔で言うので礼は視線を下げて自分を見るがパジャマ姿だったので顔だけでも見たいとキョロキョロと辺りを見まわした。
察したディーノがどこかから姿見を持ってきてくれる。
「えっ、誰だこいつ」
映っている自分を見て礼は驚愕した。
長めの黒髪の頭を包帯で巻かれ、驚いて黒い目を見開いている一見は日本人らしき色白な青年。薄い唇の整った顔はどことなく欧米の血が混じってそうな日系人だ。これが俺? ゲームに出ているキャラだろうか、全く覚えがない。
俺は藤本礼ではない別人だった。
呆然と鏡を見ているとディーノが礼の顔を覗いてくる。
「君の名前は? 何処に住んでるの?」
「名前は、レイだと思う。他の事は何も思い出せない」嘘ではなかった。鏡に映るこの人の事は何も分からないのだ。名前もフルネームで言うのは戸惑った。なにせ顔が別人なのだきっとこちらでの名前も違うだろう。戸籍なんてないかもしれないけど。
この世界の誰かに転生して元の礼は死んでいるのかもしれない。爆発なんて起こして後が大変だったんじゃないか、迷惑をかけたと今更どうすることも出来ない事も考える。現実が不条理過ぎて脳が今の事を考えたくないのだ。それにしても記憶がないのは困る。俺は誰なんだ。
うーんと首を傾げるディーノは「衝撃で記憶が飛んだのかな」と自分の顎に手をやりながら心配してくれる。そうだ、とりあえずは記憶喪失で通そう。実際同じようなものだけど。
騙しているようで良心が痛んだが今はどうしようもない。申し訳なさと不安がないまぜになって少し体が震える。
「大丈夫、なんとかなるさ。それよりレイって呼んでいいかな」と耳元で囁かれて礼はうんと頷いた。余りにいい声なのでレイの脳が覚醒した。
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