第61話 ジゼルの魔眼

 俺は野菜スープにスプーンを入れると、具と一緒にスープを掬いそのまま口に運んで食べようとした。


 すると目の隅に何かが見えたと思った途端、右手に持ったスプーンが弾き飛ばされ具材が宙を舞っていた。


「え?」


 俺は一体何が起きたのか理解できなかったが、それが飛んできた方向を見るとジゼルが真剣な表情で俺を見つめ返してきた。


「それを食べては駄目よ」


 俺は訳が分からず、説明を求めてジゼルの顔を覗き込んだ。


「この食事には、毒が盛られているわ」


 毒? なんで?


 俺は言われた言葉の意味が理解出来なくて、ジゼルの顔を穴が開くほど見てしまった。


 そして次に厨房に居るはずのチェチーリアさんの姿を探すと、厨房の隅で小さくなって震えていた。


 幾ら人間と敵対しているからと言っても、毎日会話をしていた相手からいきなり毒を盛られるというのは流石にショックだった。


「これは一体どういう事なのですか?」

「御免なさい、御免なさい、御免なさい」


 チェチーリアさんは謝罪を口にするだけで、訳を話してはくれなかった。


 そうはいっても理由を聞き出さないとこの後の対応も決められないので、ここは心を鬼にしてでも口を割らせなければならないのだ。


「立ってください。このままで済むとは思っていないですよね」


 そして動かないチェチーリアさんを無理やり立たせると、厨房から引っ張り出し食堂の椅子に座らせた。


 チェチーリアさんは両手を組んで俯いたまま大人しくしていたので、俺達もその対座に椅子を持て来て座った。


 そしてこれから気が進まないが尋問を行う事にした。


「それで毒を盛った理由を、聞かせて貰えますね」


 少し前まで半狂乱になって娘や父親が殺されるとずっと喚いていたのが嘘のように淡々と語る内容から、父親と娘がドーマー辺境伯領にあるボルガという村に住んでいて俺に毒を盛らないと家族を殺すと脅されていた事が分かった。


 脅してきた相手はフードを深くかぶっていて顔が見えなかったが、声は男のものだったそうだ。


 それを聞いて後回しにしていたこの町で破壊工作をしている犯人の炙り出しが、緊急の課題になっていた。


 犯人さえ捕まえてしまえば、チェチーリアさんの家族の事も何とか出来るかもしれない。


 犯人が居る可能性があるのは、魔力感知で見たあの宿屋だ。


 だが、そこ居る百人程の人間の中から、どうやって犯人を見つければいいのか方法が見つからないのだ。


 まさか、全員拷問するという訳にも行かないだろう。


 するとパタパタと急ぎ足の足音が聞えてくると食堂の扉を勢いよく開くと、怒声が聞えてきた。


「ちょっと何をやっているんだい」


 振り返るまでも無く、その声はブルコのものだった。


 俺はチェチーリアさんから視線を外すことなく、その質問に答えた。


「チェチーリアさんに事情を聞いていただけですよ」

「それで、私の料理人をどうしようと言うんだい?」


 その口調があまりにも刺があるようなので、ブルコの方に視線を向けるとそこには顔を真っ赤にしたブルコが立っていた。


 チェチーリアさんはブルコにとっては大事な従業員の1人なのだ。


 心配するのは当然だろう。


「チェチーリアさんの家族が拙い事態になりそうなんです。そうなる前にこの町に入り込んだ曲者を見つける必要があるのですが、いい方法が見つからなくて」

「それならジゼルに言えばいいさね」

「え?」


 ブルコの話だと、狐獣人の巫女は魔眼を持っているそうだ。


 そしてジゼルはその巫女が産んだ子供で、別の貴族が買ったが魔眼が発現しなかったそうだ。


 それをドーマー辺境伯が借金の形で譲り受けたそうだが、結局魔眼が発現せずこの娼館に放り込まれたんだとか。


 ああ、俺があの日、広場で魔力を注いだ事で覚醒し魔眼が発現したという事か。


「ドーマー辺境伯様は、この町の賭場で不正を働く不届き者を見つけるためジゼルの魔眼を利用するつもりだったさね」


 そう言われてみれば、チェチーリアさんが俺の料理に毒を混ぜたのをどうして気が付いたのかという疑問が湧いてきた。


「ジゼル、チェチーリアさんが料理に毒を入れたのをどうして分かったの?」

「私の右目には相手が隠している顔が見えるの」


 そう言われてジゼルの橙色になった右目を覗き込んだ。


 隠している顔が見えるという事は、保護外装を纏った俺の海城神威の顔が見えるという事だろうか?


 そう言えばいつだったか朝部屋を訪ねてきたブルコが同じベッドで寝ている俺とジゼルを見て「女同士でイチャイチャしていないで男相手にやりな。そしてありったけの金をふんだくるさね」と言った時、ジゼルは確かこう零していたな「ちゃんと男を相手にしているわよ」と。


 これは本当に、保護外装の中にある海城神威の顔が見えているのかもしれない。


 そう思うと、なんだが背中を冷たい汗が流れたような気がした。


 ジゼルが俺の正体に気付いているとしたら、俺の事をどう思っているのか気になってきた。


「それは人間達の中から、私を殺そうとする人間が見分けられるという事なの?」

「私の左目で見える顔と右目で見える顔が違う人が、分かるという事よ」


 恐らくジゼルが言っているのは裏の顔が見えるという事だろう。


 これなら例え相手が大人数だったとしても、その中から見つけるのは簡単な話だ。


 俺は土人形を作り、その中に魔宝石を埋め込むと錬成陣を展開した。


 すると土人形は、みるみるうちに形を変えチェチーリアさんそっくりな外見になっていた。


 それを見たチェチーリアさんが目を丸くしていた。


「こ、これで何をするのですか?」

「チェチーリアさんには、死んでもらいます」

「え?」

「ちょっとお前さん、何を言っているんだい」


 それを聞いたブルコが手近にあった木の棒を持って俺に殴りかかって来たので、それを左手で受け止めると右掌を掲げで待てのポーズを取った。


「ちょっと待ってください。これは偽装です」

「本当かい、ジゼル?」

「ええ、お母様、ユニスにその気はないようです」


 ブルコが俺から目を話すことなく隣に居たジゼルに質問していたが、その答えを聞いてようやく安心したようだ。


「ちゃんと説明してくれるんだろうね?」

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