第60話 暗躍する影
パルラのとある建物の影で、2人の人物が人目を忍んで会っていた。
2人の力関係は明白で、一方がもう一方に対して強い口調で命令していた。
「いいか、食事にこれを混ぜろ」
「え、これは何ですか?」
「いいから言われたとおりにしろ。さもないとボルガの村に居る、お前の父親や娘がそのツケを払う事になるぞ」
「! 娘には手を出さないでください」
「なら、言われた通りにしろ」
そう言うと小さな小瓶を相手の掌に握らせると、一度周りを見回してから暗闇の中に消えていった。
+++++
俺はジゼルと一緒に食堂で朝食を食べていた。
森林地帯での狩猟のおかげで肉類は豊富なため、朝からジゼルはステーキ肉を食べていた。
俺の方は、軽めの野菜スープとパンという献立だった。
チェチーリアさんの話では、一部の貴族はパンに蜂蜜を加えたこの世界で言う所の菓子パンを食べているそうなので、ウジェさんが言っていた大森林蜂の蜂蜜でも調達してみようかなと考えているとオーバンが現れた。
「ユニス様、お食事中失礼します」
「うん、どうしたの?」
俺はオーバンの鎮痛な表情を見て、食べかけのパンを皿に置いてそう返事をした。
「実は敵の騎馬兵が現れての南門の外に木柱を立て、そこに死体を吊るしているのです」
すると厨房の中から、木製の皿を落とした「カラン」という音が聞えてきた。
どうしたのだろうと厨房を覗くと、チェチーリアさんが青い顔をしてプルプルと小刻みに震えていた。
「どうしたのですか?」
「い、いえ、何でもないです」
俺はチェチーリアさんに声を掛けてみたのだが、顔を覆って厨房から出て行ってしまった。
その後姿を見てちょっと気になったが、同じように隣で見ていたジゼルは、何故か初めて会った相手でも見るような眼でチェチーリアさんを見ていたので驚いてしまった。
だが、今はそれよりも南門に立てられたという木柱とそこに吊るされた被害者の事が気になったので、様子を見に行く事にした。
南門から出てみると、そこには1騎の騎馬兵が居て俺の事を目視すると直ぐに上から目線で叫んできた。
「雌エルフよ。お前はドーマー辺境伯様の財産を強奪した。これはロヴァル公国が定めた法への重大な挑戦である。速やかにパルラの町を明け渡し、大人しく罰を受けるのだ。さすれば多少の酌量は認めてやろう」
まあ、相手から見たら確かにそうなるだろうな。
きっと俺の賞金額も上がっているんだろうなと想像していると、後ろに居たオーバンが不満を口にしていた。
「俺達獣人への酷い扱いにはお咎め無しなのか? ふざけるな」
オーバンは道端に落ちていた石を拾うと、男が乗っている馬に向けて石を投げつけた。
石は馬の尻に当たると驚いた馬が男を乗せたまま、明後日の方向に向けて走り去っていった。
男が去った後には、木柱に吊るされた被害者が残された。
そのまま放置することも出来ないので、ゴーレムに命じて木柱を倒すと被害者を検分してみた。
見た感じは中年の女性で、胸を剣で一突きにされていた。
俺は両手を合わせて冥福を祈ると、運搬用ゴーレムに載せて町の中に運び入れた。
墓を作るにしても名前が分からないと無縁仏になってしまうので、誰か知っていればいいのだがと思っての事だった。
とりあえず娼館に向けて中央広場の方向に進んでいくと、左側の方角から俺に向けて矢が飛んでくるのが見えた。
その矢は正確に俺の顔目掛けて飛んできたが、魔力障壁で弾かれた。
矢が飛んできた方向には確か宿屋があるはずだが、狙撃犯はそこに潜んでいるのだろうか?
そいつが食糧倉庫やベイン達の塒を燃やしたのかもしれない。
魔力感知で調べてみるとそこには百人近い反応が現れたので、その中から犯人を見つけるのは大変な作業だなと落胆した。
今はそれよりも、この被害者の身元を確かめてみる事にした。
身元はボルガ村のキアーラという女性だそうだ。
娼館に戻って来てチェチーリアさんに聞いてみると、知り合いだったらしい。
そして動揺して真っ青な顔で震え出したので、慌てて椅子に座らせて水を飲ませたのだ。
娼館の女性達にお願いしてチェチーリアさんを休ませると、気の毒な被害者を埋めてやることにした。
何処から持って来たのかジゼルがこの町の平面図を広げたので、墓を作るのに良さそうな場所を探してみると、南門の東側にある衛兵訓練所の片隅に良さそうな場所があった。
ベインに穴を掘る道具がないか聞いてみると手伝ってくれるというので、一緒に南門の東側に向かった。
ベイン達が穴を掘っている間、俺は錬成陣でコンクリートの塊を作ってそこの名前を刻んだ。
出来上がった墓に両手を合わせていると、ジゼルが何処かから摘んできた花を添えてくれた。
作業が終わった時には、既に昼を過ぎていたので娼館に戻って食事にする事にした。
帰り道はジゼルも居るので、狙撃の危険を避けるため城壁沿いの環状道路を通る事にした。
そしてパルラの城壁として積み上げられた綺麗なレンガのような物を眺めていた。
それは一つ一つがしっかり作られていて、叩いてみると密度が高いらしく壁の中から音はしなかった。
この強度ならあのスクイーズの突撃にもびくともしないだろう。
娼館に戻り食堂に行ってみると復活したチェチーリアさんが居たので、俺とジゼルの分の食事をお願いした。
そして町中に潜伏しているだろう狙撃犯をどうやって捕まえようかと考えていると、チェチーリアさんが食事を乗せたトレーを持ってきてくれた。
「ユニスさん、ジゼルちゃん、お墓を作ってくれてありがとう」
「いえ、当たり前の事をしただけですから」
俺がそう言うとチェチーリアさんはほんのちょっとだけ微笑むと、そのまま厨房の中に入っていった。
用意してくれた昼食は定番の焼肉と野菜スープそれとパンだった。
+++++
チェチーリアは厨房の中で、自分の心臓が早鐘を打っているのを聞いていた。
ユニスが運んできた死体はボルガ村のキアーラで、そしてキアーラの夫グイドは確かこの町の宿屋で働いていたはずだ。
グイドは私と同じで、あの男にユニスを殺せと言われていたのだろう。
このままでは、何時娘のファビアが同じ目に遭ってしまうか分からない。
ユニスは辺境伯の軍隊を追い返してしまう程の手練れなのだ。
この町に居る人間で殺せるとしたら、恐らく私だけだろう。
ユニスは私が出す料理を、何の疑いも無く食べるのだ。
最初見た時は、また辺境伯様が異種族の娼婦を仕入れて来たのかと思ったが、実は中央広場で大量殺人を引き起こした張本人だと分かった時は、正直殺されると思ったものだ。
だが、話してみると意外に気さくで人が良さそうな人物で驚いた。
そんな人物に毒を盛るのは流石に嫌だったが、自分の娘の命には代えられない。
これは仕方がない事なのだと自分に言い聞かせていた。
そして悩んだ末、あの男に渡された物をユニスに出すスープに混ぜたのだ。
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