第59話 根菜の栽培

 パルラの城壁の北側、北門を潜って直ぐの所にウジェ達が居る作業小屋があった。


 その小屋は見た感じは掘っ立て小屋のようで、魔物の襲撃でも受けたのか所々木の板で継ぎ当てがしてあった。


 建付けの悪い扉を開けて中を覗くと、そこに居た獣人に声を掛けた。


「すみません。ウジェさんは居ますか?」

「これはユニス様、今呼んできます」


 やって来たウジェは俺の顔を見るととても嬉しそうな顔になり、上下が繋がったツナギのような作業服の腰の部分から覗く尻尾が大きく振られていた。


 そして魔物から助けて貰った事と、新しい塒を作ってくれた事のお礼を言ってきた。


 ウジェ達は、今でも農作業をしているようだ。


 そして俺に椅子を薦めると、作業テーブルの反対側に腰を下ろした。


 俺はウジェ達が椅子に座るのを待ってから、作業テーブルの上にアディノルフィ商会の倉庫から持ち出してきた根菜を置いた。


「ウジェさん、ここで作っている作物は何ですか?」

「紫煙草です」


 そう言ったウジェ達の顔色が、微かに曇ったのを見逃さなかった。


 紫煙草とは、俺が眠らされた煙を発する草だ。


 人間種にはあれが麻薬のような多幸感覚を齎すようで、ここで密かに栽培しているのだとか。


 顰めた顔を見て、きっとウジェ達も麻薬栽培は嫌なのだろうと踏んで話を進める事にした。


「皆さんも既に知っているかもしれませんが、この町は包囲されていて食料が入ってきません。このままでは全員餓死してしまいます。その対策としてこの畑を潰して、この根菜を作ろうと思っています。協力してもらえますね?」


 そう言ってテーブルの上の置いてある根菜類を指さすと、条件反射でウジェ達もテーブルの上に置いた根菜を見ていた。


「見てもよろしいでしょうか?」

「ええ、どうぞ」


 俺がそう言うとウジェ達はサンプルとして持って来た根菜を手に取ると、重さを計ったり色合いやら大きさを検分していた。


「分かりました。3ヶ月もしたら沢山実りますよ」

「ああ、やっぱり3ヶ月かかるのですね。収穫を早める事なんて出来ないのでしょうね?」


 収穫までの期間はチェチーリアさんから聞いて知っていたが、それでもこうはっきりと言われてしまうと愚痴の一つも言ってみたくなるものだ。


 まあ、半分は期待もあったりするのだけどね。


「そうですねぇ、魔素水があれば成長が早まると思うのですが」

「え?」


 方法があるの?


 俺が驚いた顔をしていると、ウジェはうれしそうな顔をしながら説明してくれた。


「植物の生育には魔素が必要で、通常は地面に張った根から水分と一緒に取り込んでいます。水の中に含まれる魔素は僅かなのですが、その水を魔素の濃い魔素水に変えると成長が速まるのです。実際、魔法使いが水に魔力を加えて魔素水を作り、それを販売しています」


 成程、それはいい話を聞いたぞ。


 だが、何故態々魔素水を使う必要があるのだ?


「計画的に農業をすれば特別な水等必要ないと思いますが?」

「ええ、確かにそうです。ですが、例えば甘味球根というのがあるのですが、これは魔素水が無いと育ちません。甘味が高価なのはこれが理由です」


 この世界では、甘みが貴重なのか。


 だが、それなら蜂蜜とか、あるかどうかわからないけどメープルシロップとかはどうなんだろう?


 それを聞いてみると蜂蜜はあるようで、何処にでもいる大陸蜂とヴァルツホルム大森林地帯に生息している大森林蜂の2種類いるそうだ。


 大森林蜂の蜂蜜はとても甘露なのだが、麻痺針と毒針という2つの針を持っている蜂なので蜂蜜の採取が難しく値段が高いらしい。


 そして大陸蜂の蜂蜜はあまり甘くないのだそうだ。


 これは採取する花の蜜の違いだろうとの事だった。


 甘味球根は魔素濃度が5%以上ある魔素水が必要で、収穫までその濃度を維持しなければならないので栽培が大変なのだそうだ。


 ウジェが言っている甘味球根と、俺が勝手に名付けた魔素水泉に自生している甘味大根は同じ物なのだろうか?


 そこで考えるより見せた方が速そうだと気付き、早速魔素水泉に行く事にした。


「分かりました。魔素水を持ってきますので、1日も早く収穫できるように頼みますね」

「え? もしかしてユニス様が魔力で作るのですか?」

「いえ、ちょっとした伝手があるのですよ。期待して待っていてくださいね」



 魔素水泉に来た俺はどうやって魔素水を持ち帰るか考えて、給水車を思い浮かべていた。


 そして出来上がったゴーレムの外見はホルスタインだった。


 口から魔素水を吸い上げ体の中に貯水させている間、泉の傍に自生している甘味大根を採取していった。


 そしてゴーレムが満タンになったのでパルラまで戻る事にした。


 恐らくこの魔素水はこれからも必要になりそうなので、泉からパルラまでの棒道も作っておいた方がよさそうだ。


 パルラまで戻ってくるとウジェ達が居る作業小屋の前でホルスタインを停車させると、早速ウジェ達に魔素水を提供するため扉を開け中を覗いた。


「ウジェさん居る?」

「はい、ここに居ます」

「魔素水を持って来たので見て貰えますか」


 ウジェ達がホルスタインの前に集まったところで、魔素水の取り出し方を教えることにした。


 そうはいっても乳牛から搾乳する感じで必要量を取り出すだけなので、それを実践して見せた。


 その後ウジェ達が魔素水を取り出すとその濃度を測り始めた。


「濃度は10%もありますね。薄めて使う事になりますが、1ヶ月程度で収穫出来ると思います」

「おお、素晴らしい。それとこれなんだけど、これが甘味球根という奴ですか?」


 そう言って魔素水泉で採取してきた甘味大根を見せた。


 だが、ウジェ達の反応は芳しくなかった。


「これは、何ですか?」

「え? 甘味大根?」

「おお、そうなんですね。それでこれも栽培するのですね。それで魔素水濃度は、どれくらいですか?」

「えっと、原液のままでお願いします」


 ヴァルツホルム大森林の中に隠れるように作られた広大な紫煙草の畑は、根菜や甘味大根に切り替えられていった。


 ちなみに、麦等の穀物類も通常は6ヶ月かかるそうだが、魔素水を使うと半分にまで短縮できるそうだ。


 こうなってきたら小麦も生産して、パンや白ビールを作るのもいいだろうな。

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