第58話 獣人の寮2

 運搬用ゴーレムがアマル山脈から素材を運んで戻って来たので、早速建物を作る事にした。


 こうなってくると、ドワーフ族のバラシュから錬成術を教えて貰っていて本当に良かったと思った。


 倉庫の裏に運搬用ゴーレムから素材を下ろすと、そこで錬成陣を使って寮の各部屋のパーツに作成していった。


 1階部分は玄関、厨房付き食堂と水場を作り通路を入れて反対側に個室をパーツとして作っていった。


 そして出来上がった各パーツは、ゴーレムに運ばせて設置すると錬成術で接合していった。


 幸いなことにこの町を作ったドーマー辺境伯は、来訪者に不快な思いをさせないようにと下水道をきっちり整備していたので、寮から出てくる生活排水はその下水道につなげる事が出来た。


 下水道の行き着く先にはスライムプールがあり、そこで汚水を浄化して紫煙草の畑で再利用されていた。


 1階部分が完成すると、その上に載せる2階部分を作成した。


 2階部分は中央の通路の左右に個室を作るので、そのパーツを錬成しゴーレムに運ばせた。


 屋上は市街戦を考慮して、地上を狙い撃ち出来るように平らな面に身を隠せる遮蔽物が周囲を囲う構造にしておいた。


 1棟で収容できる人数は45名なので4棟必要だった。


 寮が完成したところでベイン達を呼んで内装の相談をしようとしたのだが、コンクリート打ちっぱなしの総二階建ての建物を見て呆けていた。


「これは・・・砦ですか?」

「いえいえ、違います。これは生活するための寮です」

「寮とは何ですか?」

「共同生活をするための施設です。あ、そうはいってもちゃんと一人一人の個室もありますよ。食堂や水場等は共同になるけどね」

「へえ、そうなのですか」


 

 あれ、なんだかテンション低いな。


 まあ外装用のタイルも無いし灰色一色だから、住宅には見えないのだろうな。


 ベイン達を連れて中に入ると、まず食堂を見せた。


 調理場で使う火は魔宝石を燃料として使うとコンロで、生活魔法の着火で火が付くようにした。


 そして水も同様に、魔宝石で水を増量するためのウォーターサーバーを設置したのだ。


 そして居住者が食事を取るための何もないスペースを見せた。


「ここは食堂です。食卓用のテーブルと椅子が必要になります」

「この広さだとテーブルは10台は置けますね。椅子は1台当たり4脚という所でしょうか」

「ええ、それでお願いね」


 次に向かったのは個室だ。


 個室はベッドを置くと半分の空間を占めてしまう大きさで、壁には鎧戸をはめ込めるように空間が開いていた。


「この個室が1階は15室、2階は30室あります。最低でも1人用のベッドと鎧戸が必要です」

「ベッドも木製でいいのでしょうか?」


 木材は、森林地帯に棒道を作った時に出た倒木を使えばいいだろう。


 それと固いベッドは寝苦しいから柔らかい素材が必要だな。


 そこで森林地帯で見つけ、俺が勝手に大雪樹と名付けた木からとれる綿を思い出した。


 あれなら柔らかいのでとても快適な睡眠が取れるだろう。


「ええ、木材は提供します。それに綿もね」

「わかりました。それで何時迄に作ればよろしいのでしょうか?」

「そうねえ。それはベイン達で決めてね」

「え、何故私達で決めるのですか?」

「ここは貴方達が住む場所なのですから、当然でしょう?」

「「「えっ?」」」


 俺はベイン達が全員驚いているのを見て、何か噛み合っていないのに気が付いた。


「ここは貴方達が住むための住宅ですよ。全部で4棟ありますからウジェさん達やトラバール達とも相談して、部屋の割り当ては決めてくださいね」


 俺が繰り返しそう言うと、ようやく驚きから再起動したベインが目に涙を浮かべながら礼を言ってきた。


 その声は震えていて感情が露わになっていた。


「ユニス様、私達のためにこんなに素晴らしい塒を作って頂いて、嬉しすぎて言葉もありません」


 どうやらここは他の誰かが入居すると思われていたようだ。


 道理で最初の反応が冷めていた訳だ。


 それでも誤解が解けて、ベイン達がやる気を出してくれたので本当に良かった。


 自分達の住処になるのだから、きっと思いを込めて内装をしてくれるだろう。


 +++++


 ベインは立ち去る金髪エルフの後ろ姿を目で追っていた。


 あのエルフが町中で暴れて人間達が逃げ去った後、町中を隷属の首輪を外した獣人が歩き回っている姿を見て驚いたのだ。


 そして理由を聞いてみると、隷属の首輪はエルフが外してくれた事や人間達が攻めて来たらエルフと一緒に最後まで戦って死ぬつもりだと言うのを聞いた時、これは使えると思ったのだ。


 そして仲間達で相談して簡単に騙されそうなエルフを利用して、隷属の首輪を外してもらう事にした。


 人間達が本気で攻めて来たら数の暴力で瞬く間に制圧されるだろうから、その隙をついて森林地帯に逃げ込むつもりだった。


 森林地帯に逃げ込んだとしても生き延びられるかは分からないが、大陸西方にはまだ獣人の国があると聞いていたので、そこまで辿り着ければ別の人生が送れるという期待があった。


 最悪それが出来なかった場合はエルフを捕まえて人間達への供物とすれば、隷属の首輪を外しても言い逃れが出来ると判断したのだ。


 だが、予想に反してあのエルフは人間達の大軍を追い払ってしまい、こうなっては一度計画を白紙に戻し練り直す必要があった。


 そして森林地帯に狩猟に出かけた時に、その強さを思い知ったのだ。


 ヴァルツホルム大森林地帯は凶悪な魔物がうようよいる危険地帯で片時も油断は出来ないのだが、あのエルフが居ると魔物が襲って来ないのだ。


 森林地帯の魔物は相手の魔力を感知する能力に長けているので、自分よりも強い相手には決して襲って来ないのだ。


 そうするとあの赤い瞳も偽色眼という瞳の色を偽るマジック・アイテムではなくて、本物という可能性が高かった。


 町に戻って来て塒が焼かれていた時は正直自暴自棄になってしまったが、あのエルフが新しい塒を用意してくれるというのでどんな物なのか見てみる事にした。


 それがどうだ。


 エルフに呼ばれて行ってみると、そこには立派な構造物があったのだ。


 それを見た瞬間、あまりにも立派に見えたのでこれは砦かエルフが住む館なのだろうと思ったのだ。


 だから内装品を作れと言われた時も唯の仕事だと思ったが、ここは俺達の塒だと言うのだ。


 本当に驚いた。


 こんな素晴らしい建物が、俺達の塒なんて思ってもみなかったのだ。


 この立派な建物を見たら、エルフが俺達の事をどう思っているかなんて一目瞭然だった。


 最初はただ利用しようと思っただけなのに、ここまで俺達の事を考えてくれているとは思ってもみなかったのだ。


 そして俺達の目的が西にあるという獣人の国に行って、そこで仕事を得て平穏な生活をする事だと思い出した。


 あれ? これって俺の希望が既に叶ったという事ではないのか?


 ここには俺達の為だけにある立派な塒があり、そしてあのエルフから与えられる仕事とその見返りの食糧もあった。


 ベインは周りの仲間達の顔を見回してみると、その顔は俺と同じ事を考えているように見えた。


 こうなってくると今度は、今の状況を出来るだけ維持したいという欲求が沸き上がってきた。


 そして小さくなっている金髪エルフの後ろ姿を見つめながら、自然と口から言葉が零れたのだ。

 

「一生付いて行きます」

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