第62話 キツネ狩り

 ここはパルラの町に取り残された人間達が立て籠もる七色の孔雀亭。


 外に様子を見に行っていた男が食堂に戻って来ると、隅々まで声が通る音量で話し始めた。

 

「大変だ。ボルガ村のキアーラという女性が殺されて、南門に立てられた木柱に吊るされていたぞ」


 それを聞いた辺境伯領出身の従業員達が、皆真っ青な顔になっていた。


 そしてキアーラの夫だという男は、両手で顔を覆って蹲り号泣していた。


 ドーマー辺境伯領に住む平民達にとって領主の酷薄さは日々実感している現実なだけに、次は自分の身内が殺されると思ったのだろう。


 それというのも少し前から、辺境伯領に家族が居る従業員達が「この町を支配している雌エルフを殺せ。さもないと領主様がお怒りになってお前の身内を殺すぞ」という声が聞えると相談されていたのだ。


 そう相談されても、相手は辺境伯軍の救援隊を襲うならず者だ。


 そんな連中に戦闘訓練等受けていない従業員が敵うはずも無く、出来るアドバイスといえば「様子を見よう」としか言いようがなかった。


 だが、実際に家族を殺されては、敵わないとか言っている場合ではなかった。


 無謀だと分かっていても、やらざるを得なかった。


 そうしなければ、家族が殺されてしまうのだから。


 そう思うと、彼らがとても気の毒に思えたのだ。


 動揺した人達は家族を守るため、雌エルフに夜襲を掛けようと話し合っていた。


 そして宿にある材料を使って即席の弓と矢それから投擲用の槍を作ると矢の先にはこれまた宿の中で調合した毒を塗っていった。


 ビアッジョ・アマディはあの雌エルフに毒が有効なのかと疑問に思ったが、切羽詰まった今の人達には何を言っても無駄だろうと思い黙っていた。


 そして何故辺境伯様は自身の武力を持ってこの町を解放せず、唯の平民にそれをさせるのだろうかと疑問に思っていた。


 すると2階の窓から外の様子を窺っていた男が慌てて階段を降りて来ると、緊急事態を告げてきた。


「た、大変だ。奴らが攻めて来たぞ」


 ビアッジョはその声を聞いて急いで2階に上がり、そこの窓から外の様子を窺ってみるとそこに居たのはたった2人だった。


 1人は雌の獣人で、もう1人は標的である雌のエルフだった。


 その姿を見た途端、これは戦いが始まるなと感じていた。


 +++++


 俺は人間達に会いに行くべく、準備を整える事にした。


 まずは狩猟で確保した肉を、運搬用ゴーレムに載せていった。


 それを見たチェチーリアさんがそれをどうするのかと尋ねてきたので、人間達への差し入れだと伝えた。


 そして向かった先はリーズ服飾店だ。


 食料倉庫で火事があった時立ち寄った時、応対に出て来てくれたルーチェに食料の追加をすると約束していたからだ。


 前に通った道を歩きリーズ服飾店に到着すると、後ろに回って勝手口を叩いた。


「ルーチェさ~ん、約束通り食料を持ってきましたよぉ~」


 そして待っていると直ぐに閂が開く音が聞えてきた。


 そして扉が開くと、前に見た事がある人物の笑顔があった。


「はい、は~い。待ってましたぁ~」


 そして俺の後ろに居る運搬用ゴーレムを見上げていた。


「ルーチェさん、食料の運び込むのに手を貸して貰えますか?」

「勿論ですぅ」


 そう言うと仲間を呼ぶため店の中に入っていった。


 俺はその後姿が消えるのを待って、ジゼルに話しかけた。


「ジゼル、店の人達が出て来たらその魔眼でチェックしてね」

「うん、分かった」


 リーズ服飾店にはルーチェが言った通り女性ばかり20人の人間達が出て来ると、少量ずつ店の中に運び入れていた。


 女性達はお揃いのスカーフと前掛けを身に着けていて、そこにはリーズ服飾店という店名が縫い込まれていた。


 そして指には指ぬきを付けていたので、彼女達が針子だと分かった。


 彼女達は運搬用ゴーレムから食料を抱えて店の中に入る途中で、その作業を見守っていた俺の方に目を向けるとどうやら服装をチェックしているようだった。


 それは多分、ブルコから購入した露出の多いメイド服に全く似合わないテクニカルショーツを履いているので、きっとゴーディネートが全く出来ていないと思っているのだろう。


 そんな針子さん達も、ジゼルの魔眼でチェックされているとは思っていないだろうな。


 搬入作業が終わったところでジゼルが首を横に振ったので、どうやら怪しい人物は居ないと分かった。


 やはり当初の目論見通り、怪しい人物はあの宿に居るのだろうと確信を持ったのだ。


 七色の孔雀亭の場所はリーズ服飾店のはす向かいなのだが、行くには広い中央広場を越えて反対側まで行き、広い敷地の真ん中にある宿まではかなりの距離があった。


 俺は鼻歌を歌いながらのんびりと歩いていた。


「ねえ、それ何?」


 俺はこれから潜伏している敵の間者を見つけ出す事を、キツネ狩りに例えて思わず口ずさんでいたのだ。


「これはね、キツネ狩りの歌だよ」

「キツネ?」


 そう言ってジゼルが怪訝そうな顔をしたので、そこで初めてジゼルの狐耳に気が付いて思わず「あ」と声を漏らしていた。


「決してジゼルの事じゃないからね。誤解しないでよ」


 それからも何とかジゼルのご機嫌を取ろうとあらゆる手立てを尽くしていると、その姿を見たジゼルが笑いだしていた。


「大丈夫よ。ユニスが私を馬鹿にしてない事は分かっているわ」


 ふう、やれやれ、油断していると思わぬところにある地雷を踏んでしまうから、気を付けないとな。


 俺がそうやってジゼルを宥めていると、こちらに駆け寄って来る人物が見えた。


「ユニス様、どちらに行かれるのですか?」


 やって来たのはオーバン達豹獣人だった。


 そう言えば元剣闘士達は、班を作って町中の見回りをしているというのを聞いた事があった。


 俺に声を掛けてきたのも、その一環なのだろう。


「これから人間達が避難していると思われる宿屋に行ってみるつもりです」


 オーバンは俺達がたった2人だけなのに怪訝そうな顔をしていたが、大人数で向かったらどう見ても話し合いに来たとは思われないのだから仕方がないのだ。


 当然オーバン達からはそれは危険だとか何だとか言って思い留まるように言ってきたが、それを首を振って断った。


「辺境伯の間者を見つけるには、ジゼルを中に入れないと駄目なのです。大人数で向かったら戦闘になってしまうでしょう?」

「ですが・・・」


 尚も渋り俺達を止めようとするので仕方がないから一緒に来てもらう事にして、オーバン達には裏口から逃げようとする輩が居たら捕まえて貰う事にした。

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