第56話 大森林地帯での狩猟2 

 翌朝朝食を済ませた俺は、オーバンの提案に従って空中に飛び上がった。


 しかしここまで来る間殆ど動く物を見てないのだが、これで本当に大漁になるのだろうかと微かに疑問を持っていた。


 そうは言っても、頼まれた事だから素直に実行するけどね。


「では始めますか」


 俺は独り言を言うと、東の方角に飛び始めた。


 眼下の森林地帯は枝や葉が邪魔で何も見えないが、寝ぼけ眼で飛び出して来る鳥の姿も無かった。


 これが戦国時代の鷹狩りだったら俺がやっている事は勢子なのだろう、ある程度東に進むとそれから北に方向転換した。


 上空から見える景色は、何処までも青い空と緑色の絨毯のようだった。


 前方に遠く見える山脈の上空には竜らしきものが遊弋しているが、距離があるためかこちらには全く興味を示してはいないようだ。


 それから西に方向を変え暫く飛行してから、皆が待ち構えている場所に向かって戻っていった。


 森の中にぽっかりと穴が開いたような皆で作ったキルゾーンが見えてくると、怒声やら動物の鳴き声に加え、金属が何かを切る音や肉が当たるような鈍い音が聞えてきた。


 本当に獲物が居て、皆が捕獲しようと戦っているようだ。


 おっとり刀で参戦しようとしたが、既に戦闘は終わっており皆が仕留めた動物が沢山倒れていた。


 おお、これは大漁ではないか。


 俺はウキウキしながら皆が居る場所に戻ってくると、そこにはボロボロになった狩猟班が居た。


 どうしたのだろうと思い声を掛けてみた。


「あっれえ、みんなどうしたの?」


 +++++


 トラバールはオーバンと一緒に、狩猟班を護衛する位置で待機していた。


 狩猟班は手製の弓や網を構えて動物が追い立てられてくるのを、じっと待っていると微かな地響きが体に伝わってきた。


 やがて何かの大軍が動いているような音が聞こえてくると、その音は時間の経過と共に次第に大きくなっていた。


 その音を聞いていた獣人達は互いに顔を見合わせた。


 その音は明らかに、こちらに向かってきているのが分かったからだ。


 次第に大きくなる音に緊張しながらもしっかりと弓を構えた狩猟隊は、その音の正体が現れるのを固唾を飲んで待ち構えていた。


 やがて地響きによる振動を伴った音はかなり大きくなり、枝を折る音や葉をかすめる音も聞こえてきた。


 そして突然木々の間から、黒いものが次々と姿を現した。


 そこには様々な種類の魔物が居て、まっすぐこちらを目掛けて突進してきた。


 その姿は、まるで山火事に追い立てられパニックに襲われた動物のそれに酷似していた。


 トラバールはそこで合図を送る役を決めていなかったなというのを思い出し、大音声で号令をかけた。


「打ち取れえ」

「「「おおお」」」


 その号令に合わせたように背後の木々の上に居る射手から一斉に矢が放たれ、暴走する魔物に向かって飛んで行った。


 魔物が多く矢による戦果を確かめる前に先頭の何頭かが落とし穴に落ちたが、後続が直ぐにその上を走り抜けてくるので、落とし穴で動けなくするという案は逆に裏目になっていた。


 落とし穴が消えてその上をまっすぐ暴走してきた魔物は、もう目の前に迫っていた。


 こうなったら接近戦で獲物を狩るしかないと、トラバールは両手剣で迫りくる魔物に最初の一撃を食らわすため腰を落として戦闘態勢を取ると、間合いを計って最初の一撃をお見舞した。


 待ち伏せをされた魔物達はそれでも止まらない。


 明らかにパニックになって、俺達に向けてまっすぐ体当たりを仕掛けてきたのだ。


 トラバールは大剣を振って突っ込んでくる魔物に戦いを挑んだが、数があまりにも多く、それらが体当たりしてくると固い外皮と爪のせいで傷だらけになっていった。


 他の連中も命を懸けて戦っているようで、足元には仕留めた獲物が横たわっていた。


 トラバールの正面には、スクイーズが現れ真っすぐ向かってきた。


 両手で剣を構えると、そのまま突進してきたスクイーズの顔面目掛けて振り下ろすと両手に衝撃が走り、まるで岩にでも切りつけたようだった。


 それから魔物との間で力比べが始まったが、じりじりと後退していた。


 トラバールも重量級の戦士だったが、相手が悪かったのだ。


 スクイーズとの力比べの間もトラバールの脇を物凄い勢いで魔物が通り過ぎ、その度に爪や角等が引っ掛かり傷が増えていった。


 スクイーズは他の魔物たちが通り過ぎた後も逃げずにトラバールとの戦いを続けており、力比べに負けそうになった頃、体を捻ってスクイーズからの圧力を逸らすと1回転しながら剣を振り抜くと、ガードの弱い臀部を切りつけた。


 驚いたスクイーズはそのまま逃げて行ったが、トラバールも力を使い果たしていたのでその場で地面に横たわると大きく息を吸い込んだ。


 周りを見ても無事な者は一人もおらず、みな傷だらけで戦いの凄惨さが伝わってきた。


 そして必死に戦って何とか命を繋いだところで、あまりにも呑気な声が聞えてきたのだ。


 +++++


 同じころオーバンは、黄線猪を相手にしていた。


 こいつは体の中央に頭から尻にかけて黄色の線があるので分かりやすい外見をしていて、獲物に突進するとそこで相手を上空に持ち上げて落下したところを後ろ脚で蹴り上げるのだ。


 後ろ脚の攻撃力は、落下する運動エネルギーが加わるため大抵の獲物は骨が折られた。


 闘技場では何度も戦った相手だし仕留めるコツも掴んでいる相手なのだが、今回は別の魔物が次から次へとやって来ては邪魔をするので中々仕留められなかった。


 それでもなんとか黄線猪の首に素早く短剣を首に突き刺すと、悲鳴を上げて倒れた。


 だが、その後、次から次へとやって来る魔物にもみくちゃにされてしまい通り過ぎた後は、あちこち傷だらけになっていた。


 そんな時、とても呑気な声が聞えてきたのだ。


「あっれえ、みんなどうしたの?」


 その声を発したのはユニス様だった。


 まるで森の中を散歩してきましたといった感じで、手に持った葉のついた茎をくるくる回しながら現れたのだ。


 オーバンはその声で、魔物の暴走が終わり命が助かった事を理解した。


 だが、その横でトラバールの不満そうな声が聞えてきた。


「全く、手加減ってもんが出来ないのかね、この姐さんは」

「え、これって私のせいなの?」


 そのあまりにも場違いな声に、オーバンは思わず笑いだしていた。


 すると周りの連中も同じ状態のはずなのに、あちこちから笑い声が聞えてきたのだ。

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