第55話 大森林地帯での狩猟1

 彩花宝飾店から救助してきた女性は、同族のチェチーリアさんが居たお陰で落ち着いたようで店で倒れていた所を助けたという話を信じてくれた。


 そして私にお礼を言いながら、自分はマウラ・ピンツァだと名乗ってくれた。


 せっかくの料理が冷めてしまうからと食事を勧めると、料理を食べながらポツリと零していた。


「同じ人間に殺されそうになって、亜人に命を助けられるなんて・・・」


 理由を聞いてみると、町を逃げ出した先に居た辺境伯軍の兵士に保護を求めたが、逆に殺されそうになったそうだ。


 まあ、ゆっくりでもいいから、俺や獣人が怖い存在ではないと理解してくれたら嬉しいな。


 そしてチェチーリアさんから小声で「それで食料はどうするの?」と言われ、いよいよ何とかしなければならなくなった。



 この町が食料を自給出来ない事が分かったので、直ぐに出来る対策をすることにしたのだ。


 そこでトラバール達に集まってもらい、ヴァルツホルム大森林地帯から肉や木の実を調達する事にしたのだ。


 彼らなら自分の身は自分で守れるし、魔物との戦闘になっても余裕で勝てるだろうと思ったからだ。


 だが、その考えはとても甘かったと直ぐに気付かされた。


 彼らは戦闘は出来ても、狩猟の知識も経験も無かったのだ。


 俺がガックリと項垂れていると、慌ててオーバンが説明をしてくれた。


「私達は獣人牧場で戦闘訓練しか受けていないのです。お恥ずかしい話ですが、戦う以外何もできないのです」


 何という事だ。だが、ジゼルも言っていたが、獣人牧場は目的に合わせて獣人を育成すると言っていたので、目的外の知識が無いのはむしろ当然なのだろう。


 でも困ったな、これではどうやって肉を調達すればいいのだ?


 困り果てているとベインがやって来た。


 彼は町の中での清掃等の雑用を担当しているのだ。


「あのお、食料の関する相談をすると聞いたのですが・・・」


 俺は元剣闘士にだけ集合を掛けたので何故ベインが知っているのだろうと不思議だったが、それが顔に出ていたのだろう、ベインは自分が呼ばれていない事に気が付いたようだ。


「すみません、お邪魔だったようですね。どうも失礼しました」


 そう言って退席しようとしたところを呼び止めた。


「ちょっと待ってベイン、もしかして狩猟とか出来ますか?」


 するとベインは「ふふふ」と笑うと、腰に手を当てて胸を逸らせた。


「勿論ですよ。俺達は何だって出来ます」


 これは地獄に仏というやつか、俺は思わずベインの手を握っていた。


「それじゃあ、大森林地帯で肉や木の実の調達を手伝ってください」

「はい、喜んで」


 そして俺は気が付かなかったが、ベインがどうだとでも言わんばかりの顔をしていて、トラバール達がそれを見てとても悔しそうな顔をしていたようだ。


 広大なヴァルツホルム大森林地帯を初めて歩いたが、周りの樹木が邪魔で視界が悪く気を抜くと自分達が何処に居るのかも分からなくなりそうだった。


 俺の後ろにはベイン達が狩猟班として弓矢や罠の道具を持たせて進ませ、その側面に護衛役としてトラバール達が進んでいた。


 だが、森の中は下草が生えていて禄に地面も見えないため、地面を歩いている獣人達は見えない窪みに落ちたり、下草の中に伸びているツタに足を引っかけて転んだりして、なかなか進めなかった。


 こんなことなら鉈でも作って持ってくるんだったと思ったが、既に後の祭りだった。


 仕方が無いので、霊木の杖を取り出すと風魔法で下草を処理しながら進むことにした。


 木と木の間で出来るだけ見通しの良い方向に向けて、藍色魔法の微風刃で下草を刈ってみると、そこには綺麗な道が出来上がっていた。


 道をまっすぐに作るには木が邪魔になりそれを避けて道を作ろうとすると、くねくねと曲がりくねったあまり使い勝手が良い道にはならなかった。


 だが、いくら進んでもネズミ一匹見かけなかった。


 そう言えば森林地帯で見かけたのは、魔素水泉で出会ったオークと獣人の里に居たゴブリンくらいだった。


 今の所獲得できたのは木の実や茸くらいだったが、木の実の中にはモッカの実と言う物がありこれはコーヒー豆のようだ。


 お上品な連中は紅茶なのだろうが、俺は断然コーヒー派なのだ。


 俺がそんな事を思っていると、俺の傍にオーバンがやって来てとても言いにくそうな顔をしながら、小声で話しかけてきた。


「ユニス様、誠に恐れ多い事ではございますが、反対側からこちらに向かって獲物を追い立てては貰えませんでしょうか?」


 俺はオーバンが何故そんなことを言うのか分からなかった。


「え? 私がそんなことをしても無駄ではないのですか?」


 すると今度はトラバールが、オーバンがオブラートに包んで言った言葉の真意をずけずけと言ってきた。


「姐さんが無意識に放っている魔力のせいで、獲物がみんな逃げちまうんだ。オーバンの奴はその無駄にデカい魔力を利用して、反対側から獲物を追い込んでもらえば、今日は大漁ですよと言っているんだよ」


 な、それじゃあ森で獲物が現れないのは俺のせいだって事か。


 俺はがっくりと項垂れた。


「う、うう・・・そうだったのね。でもトラバール、その無駄にデカい魔力って、私を馬鹿にしているわね」


 するとトラバールは、とても真面目そうな顔をして反論してきた。


「俺は、あくまでもオーバンが言ったことを翻訳しただけだぜ。怒るならオーバンにしてくれ」


 俺が言い返せずにオーバンを見ると、すかさずオーバンが慰めてくれた。


「決してユニス様のせいではございません。おかげでパルラに居る私たちには、魔物が襲って来ないのですから」


 俺はオーバンに縋り付いた。


「それって、私は魔物除けにしか使えないってことなの?」


 するとオーバンは、明後日の方向を向いていた。


 だが、トラバールはそんな俺の姿を見て大笑いしていた。


 くそう、今に見ておれよ、俺はすさまじく冷たい目でトラバールを見やった。


 俺達は比較的見通しがある場所にたどり着くと、そこを待ち伏せ地点に作り替える作業を始めた。


 岩を動かし、木を切り倒し下草を処理してキルゾーンを作ると、その先に動かした岩と切り倒した木を使って陣地を構築した。


 そして陣地の後ろの木の上に、弓兵用の止まり木を作った。


 そしてキルゾーンの中に、罠用の穴を複数掘っていった。


 待ち伏せ場所が出来上がった頃には日が傾いていたので、仕方なくここで野営をすることになった。


 パルラから持って来た塩漬け肉を使って夕食を作るため水場を探すことになったが、面倒なので生活魔法の給水を何度も使ってお湯を沸かすことにした。


 すると獣人達は塩漬け肉をそのまま火で炙ると、その鋭い歯で噛みちぎり塩辛くなった口をお湯で潤していた。


 不思議に思ったので、俺はベインに鍋料理はしないのかと尋ねてみた。


 するとベインは不思議そうな顔で、俺にこの食べ方しか知らないと言ったのだ。


 それを聞いた俺はチェチーリアさんにお弁当を作ってもらう事と、この器用な人達にも料理を覚えて貰おうと思った。


 トラバールやオーバンは俺が居ると魔物が寄って来ないというので、見張りも置かずそのまま地面に横になって眠ってしまった。

 

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