第54話 人間の店員達

 食料加工所からの帰り道を歩いていると、魔力感知に反応があった。


 それは東行きの放射道路を過ぎて娼館のある北東エリアに入った所、道の左手にある建物の中からだった。


 そう言えばジゼルを助けた日以来、この町に居た人間達がどうなったのか娼館の女性以外まるで情報が無かったので、ちょっと興味が湧いてきた。


「ねえジゼル、ちょっと寄り道するわよ」


 そう言って俺が寄り道する方向に腕を向けると、ジゼルはそちらの方角を見てから頷いてきた。


 その区画は植え込みが続いていたが、道から中に入る道路の部分だけ途切れていた。


 そこから区画の中に入って行くと、見覚えのある建物があった。


 あの時は店舗の入口に厳つい顔をした門番が居て来客のチェックをしていたが、今はその門番は居ないばかりか正面の扉も鍵が掛けられていた。


 正面玄関の脇にある柱には、リーズ服飾店と店名が刻印されていた。


 他に入口は無いかと大きな建物を巡っていると、後ろに従業員用の勝手口があった。


 俺は勝手口に行くと、ドアを大きくノックした。


「すみませ~ん。どなたか居ませんかあ~」


 魔力感知に反応があるので、留守ではないはずだが出てくる気配は無かった。


 どうしようかと思ったが、ちょっとしたことを思いついたので試してみる事にした。


「こんちわ~、宅配便で~す。小麦をお持ちしましたぁ」


 そしてしばらく待っていたが何も動きが無かったので帰ろうかと思ったところで、突然扉が開き若い女性が顔を出した。


「はいは~い、助かったわぁ。食料がもう残り少なかったのよぉ」


 そして俺と目が合うと、その顔は笑顔のまま凍り付いていた。


「え、嘘。やだ、どうしよう。ま、間に合ってます。さようなら」


 いやちょっと待て、押し売りじゃないってば。


 そう言って慌てて扉を閉じようとしたので、思わず扉の間に足を入れて閉じられないようにしていた。


 拙い、これでは本当に押し売りの行動だと、心の中で反省した。


「ちょっと待ってください。小麦を持って来たのは本当です。ほら見てください」


 そう言って俺は後ろに居る運搬用ゴーレムの背中の籠の中にある麻袋を指さすと、女性も釣られてゴーレムの背中を見上げていた。


「あ」

「まだ、粉にしていませんが小麦の麻袋ですよ。見た事あるでしょう?」

「え、ええ、そうですねぇ」


 そう言うとその女性は、俺の顔とゴーレムの背中にある小麦袋を交互に見ていた。


 その行動で、何を考えているかは丸わかりだった。


「落ち着いてください。別に皆さんに危害を加えるつもりはありません。それよりも食料が足りているのか心配だったのです」


 そう言って、出来るだけ友好を示そうとにっこり微笑んでみた。


「それに答えたら、小麦を頂けるのでしょうか?」

「ええ、勿論です。こちらには何人居て、食料は後何日分あるのですか?」


 女性は何かを考え込むように顎に手を当てていたが、やがて何か覚悟を決めたのか扉から出てくると、そのまま後ろ手に扉を閉じてしまった。


「ここには針子さんを含めて20人居ます。食べ物は持って後10日というところです」

「町から出て行く事は可能なはずなのに、こちらに留まっているのは何故ですか?」


 俺がそう尋ねると、目の前の女性は何故だか驚いた顔をしていた。


「知らないのですね。この町は辺境伯様の軍隊に封鎖されていて、出て行こうとしても追い返されるのです」


 まあ、ある程度は予想できた対応だが、人間種を保護しないとはどういうことなのだろう?


「そうだったのですね。あ、私はユニスと言います。こちらがジゼルです。どうぞよろしくお願いします」


 俺とジゼルが一礼すると女性も頭を下げてくれたが、名乗ってはくれなかった。


 するとジゼルが俺にこっそり耳打ちしてきた。


「この女性に敵意は無いけど、私達を恐れているわよ」


 まあ、広場で暴れた日の事がどんな形で伝わっているのか分からないが、決して良い物では無いのは確かだ。


「それでは小麦を置いて行きますね。それと追加の食糧を持ってきたら、どなた宛てに訪ねたらよろしいですか?」

「え? あ、えっと、ありがとうございます。では、私でお願いします」


 全く想定していなかった事を言われたようでとても面食らっていたが、少しは警戒心が薄れたようだ。


 これなら名前も教えて貰えそうだな。


「それで貴女のお名前は?」

「あ、も、申し訳ございません。わ、私はルーチェ・ミナーリです」


 俺達はルーチェ・ミナーリと名乗った女性に手を振りながら別れると、娼館に帰ることにした。


 するとリーズ服飾店の隣の店からも、魔力感知に反応があった。


 そちらの店でも食べ物が残り少なくなっている可能性があるので、声を掛けてみる事にした。


 ここは宝石類を売る店のようで、外見はとても細やかな彫刻を施された柱と大きな窓が特徴の重厚な建物だ。


 そして店名は、彩花宝飾店というらしい。


 ここも正面玄関は閉じられているので建物を巡って他の入口を探していると、窓から覗ける建物内に女性が倒れているのが見えた。


 他に入口が見当たらなかったので、仕方なく窓を破る事にした。


 そして窓を破るとけたたましい警報音に一瞬動きを止めると、赤色の液体が飛んできてびしょ濡れになっていた。


 後ろからは不安顔のジゼルから「大丈夫?」と声を掛けられたが、どうやら唯の色を付けられた水のようだ。


 現代日本の金融機関にある、強盗にぶつけるカラーボールと同じ効果を狙ったようだ。


 衛兵が駆けつけたら、びしょ濡れでしかも赤色に染まっている者を探すのは簡単だろう。


 濡れた服を生活魔法で洗ってから乾かすと、まず先にこのけたたましい警報音を消す方法を見つけなければならなかった。


 TVドラマではカウンターの裏面にスイッチがあるのだが、この世界も同じなのかと調べていると突然警報音がぴたりと止んだ。


 周囲を見回していると何処かに行っていたジゼルが姿を現して俺と目が合うと、片目を閉じて可愛らしく舌を出していた。


「お母様が言っていたの。大事な物は支配人室か金庫室にあるってね」


 俺は親指を立ててサムズアップをしてみせた。


 そしてうつ伏せに倒れている女性を助け起こすと、声を掛けてみた。


 すると微かに瞼が動き、生きている事が分かった。


 そしてどうして倒れていたのかも、その女性の言葉で分かった。


「ご飯・・・」



 娼館の食堂でチェチーリアさんに救助してきた女性に食事を頼むと、ちょっと呆れられたが料理を作ってもらえた。


 食事の匂いに誘われて意識を取り戻した女性が目を開き、俺やジゼルを見て驚きの表情を現した。


「ひっ、獣人、こっちに来ないで。わ、私には小さな兄弟が3人も居て、私が稼がないと皆飢え死にしてしまうの。お願いだから、私を食べないで」


 俺はジゼルと顔を見合わせて、思わず吹き出していた。


 そのタイミングで、チェチーリアさんが食事を持って厨房から出て来てくれた。


「ちょっと、おかしな事を言ってないでご飯食べなさい」


 すると救助した女性は、食事を乗せたトレーとチェチーリアさんの顔を交互に見ていた。


「貴女、人間ね。どうして獣人と仲良くしているの?」

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