第53話 食料危機
早朝から消火活動と荷物運びをしていたので、娼館に戻って来た時は空腹で腹の虫が鳴いていた。
そのまま食堂に行こうと思ったところで、料理人のチェチーリアさんに初めて会った時の事を思い出していた。
あれはバンビーナ・ブルコから部屋を借りて住みだして直ぐの頃で、ジゼルが一緒にご飯を食べようと誘って来たのだ。
「初めまして。ここに住むことになったユニスと言います」
「私はチェチーリアと言います。ここで皆さんに食事を提供しています。その耳はエルフですか?」
「ええ、そうですよ」
俺がそう言うと、ちょっと困ったような顔をしていた。
「エルフは初めてで食の好みが分からないのですが、何を食べているのですか?」
俺はそう聞かれて逆に困っていた。
そう言えば、この世界に来てから食べた物と言えば霊木の実くらいだった。
「えっと、木の実?」
俺がそう言うと、チェチーリアさんとジゼルが俺の顔を可哀そうな人でも見るような眼で見ていたので、顔がカッと赤くなるのを感じた。
「ちょ、ちょっとその眼は止めて下さい。私は別に可哀そうな子じゃないですからね」
そしてチェチーリアさんが出してくれたのは、肉と野菜が入ったスープにパンだった。
俺が出された料理を食べているとチェチーリアさんがじっと見ていたので、何かおかしいのだろうかと不安になってきた。
俺が知っているのは日本での一般常識であり、この世界ではないからだ。
「あの、何か変ですか?」
「ああ、いえ、流石妖精種は美人だなあと。直ぐに指名1位になると思いますよ」
「指名?」
「ええ、新しく入った娼婦の子なのでしょう?」
「ち、違いますよぉ」
俺がすごい勢いで否定したので、チェチーリアさんは自分がとても拙い事を言ってしまったのだと気が付いたようだ。
「も、申し訳ありません。てっきり辺境伯様が購入された、新しい娼婦だと」
そしてとても恐ろしい事が脳裏に過ったのか、目を大きく見開いていた。
「ま、まさか娼婦の皆さんが言っていた、広場に現れたという殺人鬼・・・」
そこまで言ったところで、ジゼルが話に割って入って来た。
「チェチーリアさん、それ違います。ユニスは私を助けてくれたんです」
「え? 貴女は誰? あ、その面影、もしかしてジゼルちゃん・・・なの?」
「はい、そうです」
その後、目を丸くしたチェチーリアさんに、事情を話してどうにか納得してもらったのだ。
そんな事を思い出して一人思い出し笑いをしていると、人間種の娼婦達の食事中の会話が聞えてきた。
「そう言えば最近、食事の量が減ったような気がするわね」
「仕方ないわ。だって私達全然仕事してないもの」
「そうね、仕事もしていないのに、毎日ご飯が食べさせてもらえるなんて信じられないわ」
「そうねえ、村での生活も辛かったし、少しご飯が減ったからって文句は言えないわね」
俺が食堂の扉を開けて中に入ると、ピタリと会話が止まっていた。
彼女達から仕事を奪ったのだから仕方がないと思っていだが、実際には仕事が無くなってここを追い出されるのを恐れているようだった。
彼女達の隷属の首輪も外そうかとブルコに相談したが、彼女達は首輪を外すと用済みと誤解して不安になってしまうというので、そのままにしていたのだ。
俺はちょっと気まずい思いをしたが、彼女達に軽く微笑みかけてから厨房を覗いた。
「あのー、何か食べ物を頂けませんか?」
すると厨房の中からチェチーリアさんが出てきた。
「あらユニスさん、お食事ですか?」
「ええ、何かあればお願いします」
カウンターに座り食事が出来上がるのを待っていると、チェチーリアさんが料理を出しながら話しかけてきた。
「ユニスさん朝から疲れている所申し訳ないのだけれど、ここの食糧庫の備蓄があと1ヶ月分しかないの」
「え? そうなんですか」
「ユニスさんが暴れた日にこの町に物資を運んでいた商人も逃げてしまったようで、その日以来食材や消耗品の補充が無いのです。それに貴女が何処からか獣人を連れてくるから、余計に食料の消費が早いのよ」
それはすみませんでした。
ジゼルを助けた日が「俺が暴れた日」と認定されているのか。
それにしても食料が無くなるのは大問題だ。
まさかこのタイミングで食糧倉庫が火災とか、出来過ぎじゃないのか?
「今朝、アディノルフィ商会の食糧倉庫で火事があって、使えそうな物を持って来たのです。見て貰えますか?」
「それはありがとうございます」
「ところで、この町には農民とか居ないのですか?」
「ここは辺境伯様がお客様を持て成すために造った町です。住民は居ませんよ」
この町は、外からの補給が無いと維持できない構造なのか。
チェチーリアさんが作ってくれた朝食の量が減ったという感じはないが、それはもしかして俺を怖がっているからなのか?
量を減らしたら危害を加えられるとでも思われていたら、ちょっと凹むなあ。
そんな事を考えながら料理を食べていると、食料を検分してきたチェチーリアさんが戻って来た。
「ユニスさんが運んできた食料は全部使えますよ。それでも1ヶ月分ってところですかねえ」
残り2ヶ月分の食糧か。それが無くなったらどうする?
「あ、そうそう、根菜類は植えれば増やせますよ」
「それは本当ですか?」
俺が期待を込めた目で見たのに驚いたようで、直ぐに言い直してきた。
「ああ、でも収穫までは3ヶ月かかるから、間に合いませんね。すみません」
チェチーリアさんにこの町で食料がありそうな場所を聞くと、食糧倉庫の隣に食材加工所があるのでそこに加工前の材料があるかもしれないという事だった。
早速行ってみようと席を立つと、後ろにはジゼルが立っていた。
「まさか、また一人で行くつもりじゃないでしょうね?」
「え、いや」
いかん、忘れていたなんて言ったらどうなる事やら。
保護外装に発汗機能はないが、気持ち的に背中を汗が流れ落ちるような感覚があった。
ここは誤魔化しておこう。
「今、呼びに行こうと思っていたのよ。一緒に行くでしょう?」
俺がそう言うと、それまで不機嫌だった顔がみるみる笑顔に変わってきた。
「うん」
食材加工所は、娼館を出て第二環状道路を時計回りに移動して東行きの放射道路の先にある。
その途中には闘技場があり、檻に入れられていた獣人達の事を思い出していた。
彼らも、あのまま放置されていたら餓死していただろう。
飽食と言われる現代日本でも偶に餓死者が出たとニュースになるが、それはとても悲しい出来事なのだ。
俺の目の届く範囲でそんな悲しい事が起こらないように、何とかしなければならないと気を引き締めた。
そして東に伸びる放射道路を越えて南側に行くと、目的地である食材加工所がある場所だ。
チェチーリアさんの話だと食材加工所は大きな工場といった感じで、中では小麦を粉にしてそれからパンを焼く行程や肉を解体する行程に使われる食材が置いてあるという事だった。
製粉行程等では自動で動く大きな石臼のような装置があり、上から小麦を入れるとそれを粉にしていた。
その動力源は、魔力結晶から得られる魔力のようだ。
そして製粉前の小麦が、麻袋の中に入って放置されていた。
ここは無人なので、小麦はそのまま娼館に持って行く事にした。
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